第39話 アラビア海海戦(8)
マルシャルやマテウスラら第1インド洋艦隊司令部が巡洋艦「トーリア」に移乗したのはタウベル部隊が日本軍の警戒部隊と交戦を始めた頃であった。
「タウベルはムンバイに突入したか」
マルシャルは吉報だと噛みしめる。
「後はタウベル少将の戦果を待つのみです。艦隊を撤収させましょう」
マテウスは再度進言する。
「そうだな。全艦に撤収を命じる」
マルシャルの撤収命令は無線を通じて伝達された。
「大和」と「武蔵」と撃ち合う「バルバロッサ」と「カール」に届いた。
「ここで退くか・・・」
「カール」の艦長は「ヴィルヘルム」の仇を討てないと悔いたが
「よし、退くぞ」
「バルバロッサ」の艦長は「大和」によって被害が拡大しつつあったので撤収命令を素直に受け入れた。
「バルバロッサ」と「カール」は牽制の砲撃をしつつ、西へと退く。
「敵戦艦が離脱しようとしています」
その動きは「大和」の第一遊撃部隊司令部は察した。
「追撃だ。戦果を拡張せよ」
宇垣は命じる。その心中は意気揚々だ。
敵戦艦4隻と「大和」・「武蔵」は戦い、1隻を撃沈して1隻を退かせた。
「大和」型による勝利だ。
鉄仮面と言われるぐらいに感情を表に出さない宇垣であるが、鉄砲屋として最大の戦艦を指揮してこの戦果は心を躍らせた。
あと2隻を追撃して撃沈し完勝に持ち込みたいと宇垣は望んだ。
(できれば第二遊撃部隊が来る前に沈めたいものだ)
自らの手で完勝を、宇垣はすっかり欲で艦隊を動かしていた。
「敵艦隊追撃して来ます」
宇垣の第一遊撃部隊がインド洋第1艦隊を追う。
艦橋が倒れ損傷が激しい「フリードリヒ」を先行させ、次いで損傷している「バルバロッサ」が行き、「カール」が殿を務める。
敵艦と戦っていた巡洋艦と駆逐艦は艦隊に戻り、「カール」と共に殿に就くか、「フリードリヒ」と「バルバロッサ」を護衛する。
(マズイな)
マテウスはボロボロとなったインド洋第1艦隊の窮地を憂慮する。
残る3隻を何としてでも連れて帰らねば。
だが、助けに来る友軍艦隊は無い。
むしろ新手の敵艦隊が来る。
(追い込まれたか…)
マテウスは足の膝が崩れそうな思いになる。
だが、ダウドに代わって艦隊参謀長代理の役目を負っている。諦めるのは早い。
何か敵艦隊を止める策は無いか。
マテウスは頭を巡らす。
「参謀長代理、具合が悪いかね?」
頭を垂れ、深く思考するマテウスを見てマルシャルは尋ねる。
「いいえ大丈夫です。艦隊をどう離脱させるか考えていました」
マテウスは顔を上げ、マルシャルへ答えた。
「そうか。何か浮かんだかね?」
「いいえ良い案はまだ…」
「構想でも思いつきでも良い、言ってくれ」
マルシャルはこの窮地の打開策を求めているようだ。マテウスは頭の中から考えを口にする。
「無線で友軍艦隊を作ります」
「どう言う事かね?」
マルシャルは興味深そうだ。
「こちからから実在しない友軍艦隊に無線封止解除を命じ、我が艦隊の救援に来るようにも命じるのです」
「なるほど、偽情報で敵を惑わすのか」
「その通りです。上手く行けば敵艦隊の動きを乱すかもしれません」
他の参謀は「そんな子供騙しが通用するのか?」と怪しむ。
「その案、やってみたまえ。通信参謀、参謀長代理と共に実行せよ」
マルシャルはマテウスの案を承認した。
すぐにマテウスは通信参謀と話し合い、偽電文作りにかかる。
そこへ戦艦「ティルピッツ」からの緊急信が届く。
「戦艦<グナイゼナウ>ト連絡デキズ、敵輸送船団発見デキズ、コレヨリ艦隊ニ合流スベク撤収ス」
マテウスにとっては自分の立てた作戦が失敗した悲報だった。
「使えるぞ」
悲報に落ち込むよりも、マテウスの頭はこの状況が利用できると反応した。
「タウベル部隊が敵艦隊の背後を襲うように仕立てよう」
マテウスの発案に通信参謀は「タウベル部隊では心もとないですよ」と反論する。
「本当にやらせるのでは無い、架空の艦隊へ攻撃命令を出すのだ。この架空艦隊の動きがタウベル部隊の存在と重なれば現実味が出る」
マテウスの考えを聞くと「それは良い作戦です」と通信参謀は悪戯を楽しむような笑みを見せる。
「発インド洋第1艦隊 宛シュナイダー部隊
シュナイダー部隊ハ無線封止ヲ解除、急ギ我ガ艦隊ト交戦中ノ敵艦隊ヲ後方カラ攻撃セヨ」
暗号文ではなく平文で発信した。
「平文で大丈夫かね?」
マルシャルは尋ねる。偽物とはいえ、部隊行動を命じる通信が暗号で無い事に。
「この電文を敵が読んでくれないと意味がありません。敵に疑念を持たせれば良いのです」
マテウスの考えにマルシャルは納得する。
「新たな敵艦隊だと?」
宇垣はマテウスが発した偽電文を受け取っていた。
「シュナイダー部隊なる敵艦隊に我が艦隊の背後を撃つように命じています。しかし平文です」
「敵の欺瞞ではないか」
第一遊撃部隊司令部の参謀達は平文の命令電文は偽物ではないかと半ば思った。
「ですが、ムンバイ沖に敵艦隊が現れています。この敵艦隊がシュナイダー部隊ではないか?」
実在する敵の存在は怪しい命令電文に信憑性を持たせる。
「ムンバイ沖の敵艦隊はどうなっている?」
宇垣は情報を求める。しかし、警戒部隊と輸送船団の護衛部隊がタウベル部隊と接触し交戦した情報はあるものの、現在何処に居るかは不明だった。
そんな状況で宇垣は艦隊の方針を定めねばならない。
「後方の警戒を厳にしつつ、目の前の敵艦隊追撃は続行する」
宇垣はインド洋第1艦隊を追い続けた。
「三川長官が第二遊撃部隊へ、新たな敵艦隊を攻撃せよと命じました」
「やはりか」
「信濃」の三川は新たな敵艦隊であつシュナイダー部隊を第二遊撃部隊で攻撃すると決めたのだ。
「もはや<阿蘇>と<羅臼>が援軍に来なくても良いのだ。我々だけでやろう」
マテウスの策で戦艦「阿蘇」と「羅臼」の第二遊撃部隊をインド洋第1艦隊主力から離す事はできた。
だが、宇垣の第一遊撃部隊は引き続き追い続ける。
「大和」・「武蔵」の46センチ主砲が「カール」や「バルバロッサ」・「フリードリヒ」の背後を掴もうとしている。
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