第38話 ティルピッツとグナイゼナウの襲来

 「電探が敵艦隊を発見しました」

 軽巡「神通」が「ティルピッツ」と「グナイゼナウ」の姿を捉えた。

 「もう来たか」

 第十五水雷戦隊の司令である横溝少将は略帽の被り方を直しながら敵を迎える。

 「水雷戦用意!この<神通>と第二十一駆逐隊は突撃する。第二十二駆逐隊は引き続き船団の後衛を守れ!」

 横溝は率いている駆逐艦6隻の内、3隻を船団に残して「ティルピッツ」と「グナイゼナウ」に立ち向かう。

 「神通」を先頭に駆逐艦「漣」・「潮」・「曙」が単縦陣で続く。

 暗夜のムンバイ沖のインド洋

 ムンバイ市街の灯りは戦火に巻き込まれまいと灯らず、陸地も海も暗い。ムンバイ港も船団が出港すると灯りを消している。

 艦隊は電波が捉えた方向へひたすらに進む。

 「とにかく敵をこっちに引きつける。こっちが全滅しても船団を守る」

 横溝は身を挺して守ると決めた。

 だが、戦艦に対してどこまでやれるかは分からない。


 「敵艦隊です。4隻が向かってきます」

 「ティルピッツ」でタウベルトは横溝の部隊をレーダーの探知で知った。

 「敵船団は?」

 タウベルトが問うと参謀は「敵艦隊より南を航行中です」

と答える。

 タウベルトは考える。こちらへ攻撃を仕掛けようとする敵艦隊、ムンバイから離れて南へ向かう輸送船団をどう叩くか。

 「よし、<グナイゼナウ>を先行させよ。敵艦隊はこの<ティルピッツ>で引き受ける」

 タウベルトは決断を伝える。

 その決め手は速力だ。

 「ティルピッツ」は最大速度が30ノット程で、「グナイゼナウ」は31ノットだ。1ノット差だが「グナイゼナウ」が足が速い。

 だから先行させて敵輸送船団へ向かわせるのだ。

 「グナイゼナウ」は速力を上げて「ティルピッツ」と分かれる。

 「では敵艦隊を相手にしようではないか」

 タウベルの意を受けて「ティルピッツ」は横溝の艦隊へ向かう。


 「敵艦隊が分かれました。戦艦らしき1隻が船団へ向かっています」

 電探による情報で「グナイゼナウ」の先行を横溝は知った。

 「まずいな」

 1隻でも戦艦が襲いかかれば輸送船団はひとたまりもない。

 「針路を変える!反転せよ!」

 横溝の艦隊は「グナイゼナウ」を追おうと「ティルピッツ」を眼前に反転する。

 「行かせるな、主砲撃て」

 タウベルはレーダーで横溝艦隊の動きを知る。

 主砲の射程に入った横溝艦隊へ「ティルピッツ」の38センチ主砲が放たれる。

 「あ!<神通>が!」

 「ティルピッツ」から四度目の射撃で「神通」は被弾した。

 二発の命中弾は「神通」を炎上させ、行き足を止めた。

 「指揮不能、指揮不能、<漣>指揮セヨ」

 発光信号で「神通」は駆逐隊旗艦の「漣」に指揮権を移した。燃えて動かない「神通」では戦うどころか率いて指揮はできないからだ。

 「間に合えば良いが・・・」

 横溝は「漣」からの「先行スル、武運ヲ祈ル」を受けたが不安は募る。駆逐艦三隻で戦艦を足止めできるか。

 「敵艦発砲!」

 「ティルピッツ」から五度目の射撃となる閃光を「神通」の見張りが確認する。

 「まだ動けないか?」

 横溝は艦長に尋ねるが「まだです」と苦しい答えが来た。その直後に「神通」は被弾した。

 この被弾は主砲弾薬庫で炸裂し、魚雷の誘爆もあって「神通」は爆発を起こし船体が裂け沈む。

 横溝をはじめ、多くの乗員が「神通」と運命を共にした。


 「神通」と分かれた駆逐艦「漣」・「潮」・「曙」は速力を三十ノットに上げ、一時間後に「グナイゼナウ」に追いついた。

 「魚雷で止めるぞ」

 第二十一駆逐隊司令である中根大佐は「グナイゼナウ」に水雷戦を挑む。だが、「グナイゼナウ」はそんな中根の意図を察し主砲を撃ち牽制する。

 「同航で魚雷戦をやる。このまま突っ込め」

 中根は駆逐隊を「グナイゼナウ」と並ぶようにして戦う同航戦で魚雷での攻撃すると決めた。

 「グナイゼナウ」からの砲撃が海面を叩く水柱が立つ中で「漣」・「潮」・「曙」は「グナイゼナウ」の左舷後方から距離を縮める。

 「被弾!<曙>被弾!」

 「<曙>より航行不能!」

 互いの距離が近くなり、主砲だけではなく、副砲も放つ「グナイゼナウ」の砲撃が「曙」に命中した。

 「前進、止まるな」

 動けない「曙」を置いて「漣」と「潮」は突撃を続ける。

 「右魚雷戦よーい!」

 「グナイゼナウ」と並ぶ直前に中根は魚雷戦を命じる。お互いの距離は一万二千mだ。

 「発射はじめー!」

 「漣」と「潮」は一隻あたり三連装の発射管三基から九本の魚雷、二隻合わせて十八本の魚雷が放たれた。

 「あの敵は魚雷を撃つぞ、右舷へ回頭

 「グナイゼナウ」の艦長は「漣」と「潮」の動きから魚雷で攻撃すると読めた。だから「グナイゼナウ」は右へ艦首を振り右へと針路を変える。

 魚雷が追いつくか、かわされるか。

 海面下の競争は「グナイゼナウ」に軍配が上がる。

 十八本の魚雷の中で一本は「グナイゼナウ」の船体中央に迫ったが、かすめる様に通り過ぎる。


 「当たらなかったか、もう一度だ」

 中根は再度の魚雷戦を挑むと決めた。「漣」と「潮」は航行しながら魚雷を発射管に装填する。

 「また来るのか、厄介な奴め」

 反転して戻って来る「漣」と「潮」に「グナイゼナウ」艦長は苛立つ。

 こんな小さな敵に邪魔されて敵輸送船団を取り逃がしそうだからだ。

 「あまり時間が無いと言うのに」

 戦艦だけでここまで進んだ大胆さは夜だから出来た事だ。

 日の出が刻々と近づいている。夜が明ければ日本軍は航空機で襲いかかるだろう。

 マレー半島の沖でのイギリス戦艦と同じ苦難を味わうはめになる。

 「あの敵に構っている暇は無い、砲撃で牽制しながら距離を開けよ」

 艦長は「漣」と「潮」との戦いではなく、目的である輸送船団攻撃に向かう事を決めた。

 「グナイゼナウ」は南南西へ針路を変え、最大速力で引き離そうとする。

 「追うんだ!足ならこっちが早い!」

 中根は「グナイゼナウ」を追う、しかしここで悪い報せが入る。

 「司令、このままの速力で走りますと燃料が無くなります」

 駆逐艦が搭載できる燃料はあまり多くない。

 ましてやマリアナ沖など日本本土から近い海域を戦場に考えていた時代の駆逐艦だ。航続距離はそんなに長くない。

 セイロン島のコロンボからムンバイまで航行し、燃料補給は無い上で一時間もの高速航行と引き続く戦闘での高速機動は燃料を消費していた。

 「燃料か・・・」

 中根は地団駄を踏む。

 「グナイゼナウ」に追いついて魚雷を当てる事が出来ても、燃料が無くなり漂流するのは危険過ぎる。Uボートの餌食となるだろう。

 「追撃を止める。<曙>と<神通>の救援に向かおう」

 中根は「グナイゼナウ」への攻撃を諦めた。


 「電探が航空機を探知しました。東からです」

 無念の退却をする駆逐隊の近くへ航空機が飛んで来ていると言う。

 「東か、セイロン島からだろう。友軍機だ」

 中根はそう判断して、乗員に対空戦闘の配置に就かせなかった。

 「何機も来るぞ」

 「こんな夜中に飛ぶのか」

 真上を通り過ぎる友軍機の機影に乗員は頼もしげに見上げる。

 その飛んでいるのはセイロン島の飛行場から出撃した一式陸上攻撃機である。

 もはや旧式であるこの陸攻、哨戒飛行を主にしていたが「ティルピッツ」と「グナイゼナウ」がムンバイ沖に現れると知った連合艦隊司令部から出撃命令を受けた。

 哨戒任務から本来の任務である夜間雷撃部隊としての出撃だ。

 インドでは銀河と連山が海軍の爆撃機として出撃する一方で、残る一式陸攻は夜間雷撃部隊としてインド洋への出撃を待っていたのだ。

 「神通」や「漣」から発信される「ティルピッツ」と「グナイゼナウ」の位置を基に陸攻は夜のインド洋を飛行していた。

 星と月の位置から割り出す天測と、機首に装備した電探の反応を頼りに飛行する陸攻はまず「漣」と「潮」を発見した。

 交戦した味方艦隊の近くに敵艦があるだろうと確信した攻撃隊の隊長は八機の編隊で周辺海域を探索する。

 「漣」と「潮」の上空を通り過ぎてから十五分後に電探に反応があった。その反応した先へ進み、より反応が大きくなり「グナイゼナウ」を捉える。

 「グナイゼナウ」は自ら露見されまいと対空射撃を打ち上げない。

 「この敵機は我が艦を見つけているぞ。対空戦闘、撃て!」

 明らかにこちらへ向かっていると分かる動きをする陸攻へ「グナイゼナウ」は対空射撃を打ち上げる。


 陸攻は曳光弾の雨を浴びながら海面に近い低空から「グナイゼナウ」へ迫る。

 二機が撃墜されたが、六機の陸攻は魚雷を投下した。

 「回避!取舵いっぱい!」

 「グナイゼナウ」は左へ魚雷を避けようとする。

 しかし、間近で投下された魚雷は三本が「グナイゼナウ」に命中した。

 艦の中央と後部に命中した魚雷は「グナイゼナウ」の船体に穴を穿った。

 第一次大戦の戦艦の設計を基に作られた巡洋戦艦である「グナイゼナウ」の防御力はあまり高くない、特に喫水線より下の防御は低い。

 「もう傾くか、浸水はかなり酷いな」

 「グナイゼナウ」は右へ傾き続ける。乗員は艦内への浸水箇所を増やすまいと区画閉鎖の奔走したが、喫水線下の半分が水没した重みが「グナイゼナウ」を傾かせる。

 「これまでだな。総員退艦を命じる」

 艦長は復旧できないと判断して総員退艦を命じた。

 「グナイゼナウ」の乗員がカッターなどに乗り移り、退艦を完了した時にインド洋の水平線から陽が登る。

 「この海戦は勝ったのだろうか?」

 ゆっくりと沈みつつある「グナイゼナウ」を見つめながら艦長は思った。「グナイゼナウ」は沈んだが、艦隊の本隊は勝てたのだろうかと。

 だが艦長には考えばならぬ事がある。生き残った乗員をどう生還させるかだ。インド洋に放り出されどう生還するか。

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