第36話 アラビア海海戦(7)

 「突っ込んで来るか、勇敢だな」

 タウベルは突撃する橋本の警戒部隊の動きをそう評した。

 「だが、構ってはいられない。速力を上げてで引き離せんか?」

 目的はムンバイ沖の敵輸送船団を叩く事だ。敵艦隊と戦う事では無い。

 タウベルは速力を上げて先を急ぐ事にした。

 「しかし、こっちは戦艦としては足が速いとはいえ30ノットぐらいです。敵は巡洋艦と駆逐艦のみ、速力では負けます」

 参謀がタウベルに否定的な意見を述べる。


 戦艦「ティルピッツ」は最大速力が30ノットで「グナイゼナウ」が32ノットだ。対する重巡洋艦「鈴谷」と「熊野」は37ノットである。駆逐艦も同等であるし引き離すのは無理だろうと参謀は言っている。


 「そうか。ならば少し相手をしてやらねばならんか」

 タウベルは渋々と言う顔で警戒部隊との戦いを決心する。

 「砲撃で蹴散らせ」

 タウベルの命令で「ティルピッツ」と「グナイゼナウ」が主砲をレーダーで探知した方向へ向け、放った。

 「お、敵はやる気だな」

 着弾が近くなり、高橋はタウベルがこっちと戦う気になったと悟る。

 「あと少し、もう少しだ」

 警戒部隊の突撃は続く、艦隊として出せる最大速力34ノットでタウベルの艦隊を追う。

 タウベルの艦隊は30ノットを出しているかどうか。

 これなら追いつくと高橋はまだ余裕の面持ちだ。

 「あ!<熊野>被弾!」

 見張りが驚きの感情のまま報告した。

 高橋が乗る「鈴谷」に続行する「熊野」に「グナイゼナウ」の砲弾が命中した。

 被弾で眩い閃光に一瞬包まれた「熊野」はすぐに後部から炎を上げた。

 「いかんな。<熊野>は離脱せよ」

 高橋は燃え盛る「熊野」を隊形から外し、「熊野」には消火に務めよと命じた。

 「熊野」は「武運ヲ祈ル」と発光信号を出しながら針路を変えた時だった。

 「当たったか!」

 とうとう「鈴谷」が被弾した。

 「第1砲塔被弾、全員戦死!」

 「中央部被弾!煙突半壊、クレーン倒壊!」

 報告から「鈴谷」は二カ所が被弾したと分かった。

 第1砲塔は横から抉られたような形で壊され、砲塔の配置にあった将兵が全員戦死した。幸いなのは砲弾の命中による火災が怒らず弾薬庫へ被害が広がらなかった。

 艦中央に命中した砲弾は「鈴谷」の煙突の半分を食い千切るように壊し、航空機用のクレーンを倒してしまっていた。

 「我が艦の出せる速力は27ノットです」

 艦長の報告を聞いた高橋は「いかんな」と返事のように言った。

 「これは速さが大事だ。指揮を<那珂>の浅浦少将に代わって貰う」

 「鈴谷」の損傷から高橋はタウベル艦隊への突撃の指揮を軽巡洋艦「那珂」に居る浅浦少将へ託した。

 「炎上中の敵艦が遠ざかる」

 「レーダーでは何隻が離れている?」

 タウベルは確認を求める。両者ともに探照灯は使っていない。

 燃える「熊野」以外の光源は主砲の発砲炎しかない。だからタウベルにとって確かな目はレーダーとなる。

 「離れているのは2隻のみ、敵艦隊は前進を続けています」

 レーダーの情報からタウベルは警戒部隊がまだ諦めていないと分かった。


 日本艦に電探と呼ぶレーダーはあったが、まだ信頼を得るには少し足らず以前からの乗員による目視と併用して敵などの位置を確かめていた。

 「左舷、水雷戦よーい!目標は敵戦艦!」

 「那珂」と駆逐艦6隻はタウベルの艦隊に追いついた。

 同航戦のように並ぶ形になっていた二つの艦隊、距離は1万5000メートル

「あれは魚雷を撃つつもりだな。攻撃よりも回避だ。左舷へ回頭」

 レーダーで探知した警戒部隊の位置情報からタウベルは新たに判断を出した。

 「水雷長」

「よーい良し!」

 「撃てー!」

 「那珂」艦長の号令を受け、水雷長が命じて魚雷が放たれる。

 これに続いて駆逐艦も魚雷を放つ。

 48km/hの速さで進む魚雷は「ティルピッツ」と「グナイゼナウ」を狙う。

 だが、警戒部隊が水雷戦を挑むのを分かっていたタウベル、艦隊の隊列を少しづつ反らせる様に左舷への回頭を始めていた。

 もしも魚雷とタウベル艦隊の位置を俯瞰できる者が居たら魚雷の進み具合と、タウベル艦隊が徐々に向きを変える速さに焦れる思いをするであろう。

 そんなもどかしい時間を両者は共有する。

 当たるか、当たらないかの生死を分ける時間を。

 「命中!」

 「那珂」の見張りが喜色上げて言う。

 「くそ!外した!」

 「那珂」の水雷長は地団駄を踏む。

 魚雷が命中したのは軽巡洋艦「レムシャイト」だった。

 命中した魚雷は3本、「レムシャイト」は炎上しつつ右舷に傾き沈もうとしていた。

 だが、狙っていた得物である「ティルピッツ」と「グナイゼナウ」ではない。これは水雷長のみならず浅浦少将も苦虫を噛む思いになる。

 「このまま<ティルピッツ>と<グナイゼナウ>は前進、駆逐艦は<レムシャイト>の救援に当たれ」

 タウベルは警戒部隊を振り切り、戦艦だけでムンバイへの前進をする事にした。


 「司令、<那珂>の浅浦少将が追撃を求めています」

 「鈴谷」に「那珂」からの意見具申が届く。

 「いかん。追撃無用、全艦集結だ」

 高橋は浅浦からの要請を却下し、艦隊の集結を命じた。

 警戒部隊として新たな敵艦隊が来ないか見張る必要がある。だから高橋は集結を命じて警戒任務に復帰させたのだ。

 「司令、ムンバイは大丈夫でしょうか?」

 参謀は高橋に懸念を言う。ムンバイの輸送船団を守るのは三川大将が直に指揮する戦艦「信濃」と軽巡洋艦2隻・駆逐艦18隻の第二艦隊の主隊がある。

 「戦艦<信濃>があるんだ。我が艦隊よりはまともにやり合える筈だ」

 高橋はそう言って問題は無いと思っていた。

 だが、その「信濃」が陸軍支援にムンバイから離れている事を知らない。

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