第35話 アラビア海海戦(6)

 「ヴィルヘルム」はC砲塔が重いと言う様に後ろから沈んで行く。

 その様子は夜の暗さでも「武蔵」から確認できた。

 「やったぞ、敵戦艦撃沈!」

 「武蔵」の乗員は自分達が「ヴィルヘルム」を撃沈できた事に沸いた。最大級の戦艦でありながら、その能力をようやく発揮できた喜びであった。

 「くそ、あの戦艦を撃て!」

 目の前で「ヴィルヘルム」の撃沈を目の当たりにした「カール」であったが、「武蔵」へ挑む。

 「一対一なら勝てる、やるぞ」

 西野艦長をはじめ「武蔵」乗員は意気揚々と「カール」との対決をはじめる。

 対して「大和」は「バルバロッサ」との撃ち合いを続け、「大和」は砲弾二発を「バルバロッサ」に命中させていた。

 「敵二番艦、思ったよりも傷が浅いな」

 「大和」艦橋から「バルバロッサ」を見る宇垣は首を捻る。

 命中弾は「バルバロッサ」の対空銃座や高角砲を破壊し、艦内へ突入した。

 だが、真上から垂直に落下した「大和」の砲弾は斜めに張った「バルバロッサ」の主要防御区画の装甲によって滑り、起爆して爆発したのは上甲板を隔てた区画だった。

 真上から「バルバロッサ」を見ると二カ所の大穴が開き、対空兵装を吹き飛ばされた無残な姿に見えるが、機関室や缶室を守る主要防御区画が維持できている事から見た目よりも損害は軽かった。

 「そう見えるだけで艦内は損傷があるやもしれません」

 参謀が宇垣に気を遣い、希望的観測を述べる。

 「まあいい、今は一対一だ。ゆっくり相手をしてやろうじゃないか。それに長引けばこっちが有利だ」

 宇垣は戦闘が長引いても「阿蘇」と「羅臼」の第二遊撃部隊が来る。

 援軍のアテがあると言うのは精神的な余裕を生み、宇垣が「ゆっくり相手をしてやろう」などと言えるのだ。


 「これで我が方の健在な戦艦は二隻、敵は二隻と同等か」

 ようやく合流した「トーリア」が発光信号で「ヴィルヘルム」の沈没を「フリードリヒ」へ伝えた。

 マルシャルはまだ戦力差は同等だと思えていた。

 「いえ、こちらが不利です」

 マテウスは断定する。

 「何故か?」

 マルシャルは素直にマテウスから意見を聴こうとする。

 「敵のもう一個の艦隊が迫っています。そうなればこちらが不利です」

 マテウスが言うのはUボートが発見していた第二遊撃部隊である。

 「戦える時間はそう無いか」

 マルシャルは納得した。

 時間が経つにつれてこちらは不利になるのだ。しかもこちらは損傷した「フリードリヒ」をディエゴ・スアレスへ連れ帰らねばならない。

 「私としては艦隊を撤収させるべきかと」

 マテウスは続けて進言した。

 そこへ「トーリア」へ移乗する準備が整ったと報告が来る。

 「まずは移乗だ。そこで艦隊行動を命じる」

 マルシャルはマテウスをはじめ艦隊司令部の要員に移乗を命じた。

 (ここに<ティルピッツ>と<グナイゼナウ>があれば有利であっただろうか)

 「ティルピッツ」と「グナイゼナウ」をムンバイへ向かわせなければ勝てただろうかとマテウスは自問する。

 ここまで有利を崩されるとは思ってもいなかった。

 単純な戦力比で勝てるとマテウスは思い「ティルピッツ」と「グナイゼナウ」を分離して、戦果拡張を狙ったのだ。

 それが裏目に出た。

 さすがにマテウスは自責を感じ始め、艦隊保全主義の思想を持つだけに余計に重く感じていた。

 

 その「ティルピッツ」と「グナイゼナウ」からなるタウベルト部隊はムンバイまであと十kmの海域に迫っていた。

 二十五ノットの速度で走った事もあり、夜明けになる前にタウベル部隊はムンバイへ到達しようとしていた。そんなタウベル部隊を探知した日本軍艦隊があった。

 橋本信太郎中将の警戒部隊である。

 重巡洋艦「鈴谷」と「熊野」と軽巡「那珂」に駆逐艦六隻からなる小さな艦隊であるが、急速に迫るタウベル部隊を電探で発見しては見過ごす訳にはいかない。

 「敵艦隊と思われる不明艦隊へ向かう」

 橋本は警戒部隊をタウベル部隊へ向けて進ませた。

 タウベル部隊はレーダーで警戒部隊を探知していたが、ムンバイへの直行を優先して放置していた。だが、迫るとなると別だ。

 「近づく敵艦隊へ砲撃する」

 タウベルは戦闘を下令したが、艦隊の速力は落とさない。

 あくまで砲撃で牽制して追い払うつもりだった。

 「目標、敵艦隊の先頭艦!撃て!」

 「ティルピッツ」と「グナイゼナウ」は砲撃する。

 その砲撃は警戒部隊の先頭に立つ「鈴谷」と、これに続く「熊野」に降り注ぐ。

 「全て遠弾じゃ、大した事は無い」

 橋本は余裕の顔である。先を急ぐ「ティルピッツ」と「グナイゼナウ」からの砲撃は大味だったからだ。

 「最大戦速!敵艦隊へ水雷戦を挑むぞ」

 精度を欠く砲撃、これを好機と橋本は水雷戦を仕掛ける突進を命じた。

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