第34話 アラビア海海戦(5)

 「艦長、我が艦は出せる速力は20ノット、マストと艦橋が倒れた事で通信ができません。浸水は無し、火災も弱まりました。すぐに沈む事はないでしょう」

 副長が各所からの報告を聞いてノルトマンへ報告する。

 沈む危険が無いとはいえ、ノルトマンの顔は渋いものだった。

 「通信能力が無いか。弱ったな」

 副長の報告を聞いたマルシャルが困ったのは戦艦「フリードリヒ」が旗艦としての能力を失った事だった。


 艦艇の通信能力はマストがアンテナを兼ねる場合がある。また、マストと艦橋に空中線と呼ばれる電線を通してアンテナとしての機能を強化もしている。

 だからマストが倒れ、艦橋が壊された「フリードリヒ」は無線通信の電波を受信も発信も出来ない状態になっていた。これは全体の戦況を把握し、艦隊へ命令を下す旗艦の役目が果たせない。


 「旗艦を変更しますか?」

 マテウスはマルシャルに尋ねる。

 「移乗できる艦はあるか?」

 マルシャルの問いにマテウスは悩む。

インド洋第1艦隊は二つに分かれている。

 日本軍第一遊撃部隊と戦う艦隊主力と軽空母「ザイドリッツ」・「ヤーデ」・「エルベ」を中心とした集団である。

 軽空母を艦隊戦に巻き込まない為に「ザイドリッツ」・「ヤーデ」・「エルベ」は軽巡洋艦「トーリア」と駆逐艦4隻に守られている。

 「戦闘中の戦艦へ旗艦移乗は無理でしょう。軽空母の護衛に回っている巡洋艦<トーリア>を呼び寄せるのが良いかと」

 マテウスは提案する。


 「バルバロッサ」・「ヴィルヘルム」・「カール」は「大和」と「武蔵」との戦いに集中させたい。だから旗艦移乗の作業で戦闘を中断させられない。

 だから、戦闘とは離れている唯一の大型艦である軽巡洋艦「トーリア」に移るのが良いとマテウスは考えた。

 「それで良い。<フリードリヒ>は旗艦移乗で一時下がろう」

 マルシャルはマテウスの具申を採用し、旗艦移乗の為に「フリードリヒ」に乗ったまま「トーリア」との合流を始める。


 「敵一番艦が下がっています!」

 「大和」から「フリードリヒ」の後退が確認できた。

 「追い込みだ、敵一番艦を撃て!」

 宇垣は「大和」で「フリードリヒ」を撃沈しようと檄を飛ばす。

 だが、後進で下がる「フリードリヒ」に照準が合わず、命中する砲弾は無い。

 「敵二番艦が我が艦へ接近中」

 「フリードリヒ」を守ろうと「バルバロッサ」は「大和」に自らを見ろと言わんばかりの突進を始めた。

 「司令、敵一番艦は撃破できました。敵二番艦を攻撃するべきです」

 宇垣へ参謀が進言する。

 「くそ、仕方ない。<大和>は敵二番艦を攻撃せよ」

 迫る「バルバロッサ」へ宇垣は仕方なく「大和」に攻撃させる事を決めた。

 だが、命中弾は「バルバロッサ」が先だった。

 「バルバロッサ」の40センチ主砲の砲弾が「大和」の第二砲塔へ命中した。

 砲塔の天蓋部分に張られた装甲に命中した「バルバロッサ」の砲弾は貫通できず、砲塔の天蓋で炸裂した。

 「第二砲塔が損傷、砲塔の旋回や主砲の仰角の操作不能!」

 損害報告を聞いた宇垣は「なんだと」と思わず言った。第二砲塔は砲弾命中の衝撃で砲塔は回せず、主砲の仰角を変える上げ下げができなくなっていた。

 「大和」は三分の一の火力が使えなくなってしまった。


 「弾薬庫に異常無し、主砲が6門に減りましたが<大和>はまだ戦えます」

 江藤艦長がこう言うと宇垣は「よし」と安堵した顔になった。

 こうして「大和」は使える主砲が6門に減りながらも「バルバロッサ」へ向かう。

 一方で「武蔵」は「ヴィルヘルム」に砲撃を向けつつ、「ヴィルヘルム」と「カール」を相手にして同航戦になっていた。

 2隻からの砲撃を浴びる「武蔵」は3発の命中弾を受けていた。

 その3発は中央の両舷にある対空銃座群を潰し、後部の甲板に命中しカタパルトを吹き飛ばしてはいたが火災や機関など大きな損傷は受けてはいなかった。

 「こちらも命中弾が欲しいところだが」

 西野艦長は「ヴィルヘルム」と「カール」に打たれ続けていた。

 「武蔵」からの砲撃で命中弾は得られていなかった。


 現在こそ「武蔵」の損害は軽微だが、いつ火災を起こし、機関に打撃を与える被弾をするか分からない。だからこそ「武蔵」から「ヴィルヘルム」へ命中弾を与えたかった。

 その焦りは「武蔵」砲術長も同じだ。

 この日の為に鍛えた能力を発揮せねば、世界最大級の主砲を委ねられた意味がないと。

 「当てるぞ!当てるぞ!」

 砲術長をはじめ射手などの射撃指揮所の要員は心中で念じる。

 探照灯で照らされた「ヴィルヘルム」の艦影を元に、移動速度も併せて計算した位置へ届く様に、主砲の向きを修正する。

 「撃てー!」

 砲術長は当たれと念じながら射撃を命じる。

 執念と言える思念により放たれた「武蔵」からの砲弾は「ヴィルヘルム」へ1発だけ命中した。


 1発が「ヴィルヘルム」の後部に貫通した。斜めに貫く九一式徹甲弾はC砲塔の直下へ突き進み、弾薬庫で炸裂した。

 C砲塔を吹き飛ばす程の大爆発が「ヴィルヘルム」の後部で起きた。

 暗い夜を照らす爆発の火球はどの艦からも確認できた程のものだった。

 この大爆発は内側から「ヴィルヘルム」に穴を開け、海水を引き込んだ。

 「後部で爆発!C砲塔と連絡できず!」

 「機関室、弾薬庫からの爆発により損壊、浸水中なり!」

 「ヴィルヘルム」では悲鳴のような損害報告が艦長へ届く。

 弾薬庫の爆発が起きた事に「ヴィルヘルム」の行き足が止まったのは分かった。

 「応急修理の見込みは?」

 「ありません、後部の爆発で空いた穴で機関室が水没しました。排水もできません」

 C砲塔弾薬庫の爆発は周囲の乗員の多くが死傷した事で、応急修理にかかる人数は少なく、浸水を止められなかった。

 「武蔵」からは止めとばかりに砲弾が再度襲う。

 今度は3発が命中し、「ヴィルヘルム」に火災を生じさせた。

 「もはや動かぬ的だ。総員退艦を命じる」

 動かぬ浸水が続く「ヴィルヘルム」に総員退艦の命令が出た。

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