第33話 アラビア海海戦(4)
「敵一番艦に命中!」
「いいぞ、<大和>は敵一番艦へ撃ち続けろ!」
「フリードリヒ」に「大和」からの砲撃が命中して「大和」の艦橋は沸く。宇垣は光明を見たように命じた。
「旗艦を守るぞ!我が艦を前に出せ!」
「バルバロッサ」が「フリードリヒ」の左舷より前へ進み出る。
「消火急げ!<バルバロッサ>は我が艦の盾になっている!」
「フリードリヒ」艦長のノルトマン大佐が叱咤する。「大和」の命中弾で缶室で火災が発生していた。「大和」の砲弾が直撃した訳ではないが、至近で炸裂した衝撃によって缶室の一部が大きく揺さぶられ破損したのが原因だった。
だが、缶室が全損している訳では無い。「フリードリヒ」が航行不能に陥らない為にも火災を早く消火する必要があった。
「艦長、まだ<フリードリヒ>は戦えるか?」
マルシャルはノルトマンへ尋ねる。
「速力は22ノットまで、主砲もまだ健在。戦えます」
ノルトマンはそれでも苦笑するような顔だった。缶室の火災が消えていないからだ。
「よろしい、では<バルバロッサ>に続いて戦うのだ」
マルシャルは「フリードリヒ」はまだ沈まないのだと分かり、戦い続けると決めた。
(これが海戦なのか)
一方で、観戦者となっていたマテウスは被弾した「フリードリヒ」の喧騒から外れていた。そうして見る海戦、実のところマテウスにとっては初めて見る実戦だった。
先の二度目の世界大戦では、フィヨルドに身を潜める戦艦「ティルピッツ」に乗り組んでいただけで実戦を経験していない。
だからこそ、周囲の喧騒と外から響く砲声に包まれマテウスは震えていた。
これは恐れからではない。未知の現象に遭い、興奮状態に近い感情になっていた。
「これが戦場なのか」と感情を揺さぶられつつ、自分を抑える。抑えないと走り出して被弾した箇所へ見に行きそうであったからだ。
自分はかベルリンの海軍総司令部から来た参謀なのだ。落ち着きがないと見られては侮られる。マテウスは自尊心で興奮を抑えていた。
そうしながらも戦況をマテウスは見る。
耳に入る報告を聞く限り、敵もこちらもお互いに近寄っている。
遠距離砲戦が可能な戦艦同士があえて接近している。夜間で暗いとはいえ、こちらにはレーダーがある。探知も位置測定もレーダーで出来る。
だが、それでもマルシャルは「ヴィルヘルム」と「カール」を敵戦艦の二番艦(<武蔵>の事である)へ進ませている。
これは何故か、マテウスは考えてみる。
まずは敵艦を補足し続ける事であるが、レーダーがあるのだから見失う事は無い。
そういえば敵戦艦が存外に遠くから撃っていた。それで距離を詰めて砲戦距離の差を縮めたのだ。だが、それだけではないだろう。
次いで考えたのは敵戦艦の針路を塞ぎ敵戦艦の行動の自由を奪う事、それによって敵戦艦の離脱や突破を防いで確実に撃沈するつもりなのだ。
(だが、何よりの懸念は別の敵艦隊が現れて合流する事だな)
敵情は全て掴んでいると言い難い。
目の前にあるのは2隻だ。
日本海軍は10隻以上も戦艦がある。戦艦の別働隊も居ると考えるのは当然だろう。
そうなると、4対2の戦いから4対4、または4対6など状況が変わる可能性も大いにある。そう考えると目の前の2隻を早期に撃破してしまいたい、だからこそ接近して相手を掴むように戦うのだろうとマテウスは推測した。
マテウスの推測は当たっていた。
戦艦「阿蘇」と「羅臼」からなる第二遊撃部隊が宇垣の第一遊撃部隊と合流すべく急行していた。
マルシャルはその事を知ってはいないが、4隻の我に対して「大和」と「武蔵」は退かずむしろ踏み止まるように戦っている。
これは援軍が来るのだろうとマルシャルに思わせた。
それは宇垣の思惑でもあるが、宇垣が「大和」と「武蔵」の強さを強く信じて、数の不利を承知で戦っているとはマルシャルやマテウスは思いもよらなかったが。
「敵二番艦が前に出て来ました」
「む、敵一番艦を守るつもりか?」
「バルバロッサ」が「フリードリヒ」より前に出て来たのを「大和」で宇垣は視認した。
「フリードリヒ」を照らす探照灯の明かりを浴びて片舷だけ照らされた「バルバロッサ」が近づくのが見えたのだ。
「ただ損傷した味方を助けている訳では無いようだ。あれが旗艦か?」
宇垣は「バルバロッサ」の動きから「フリードリヒ」が旗艦ではないかと思うようになった。
「続けて敵一番艦を撃て!」
宇垣は迫る「バルバロッサ」の動きから、「フリードリヒ」が旗艦ではないかと見た。
これによって放たれた「大和」の第七斉射が「フリードリヒ」の上空に降り落ちる。
砲弾は2発が命中した。
後部のC砲塔に1発が命中してC砲塔の天蓋を叩き割り、砲塔の要員を全員死傷させた。幸いなのは「大和」の砲弾が炸裂した爆風と熱風がC砲塔にある砲弾に誘爆しなかった事だろう。
だが、深刻な被害はもう1発が「フリードリヒ」の艦橋に命中した事だろう。
あたかも「フリードリヒ」のレーダーを潰すように「大和」の砲弾は艦橋の真上に命中した。この被弾によって、「フリードリヒ」の艦橋は裂かれ、艦橋直下の羅針艦橋へ落下する。
羅針艦橋は夜戦において司令官や艦長などが配置に着く夜戦艦橋とも呼ばれる場所だ。だから艦橋の構造物が覆い被さるぐらいでは潰れない。
それでも、羅針艦橋に居た将兵は誰もが「もうダメか」と思えてならない衝撃を感じていた。それは艦橋の砕かれた鋼材は羅針艦橋の中に跳弾の如く飛び込んだ事でより最期を強く感じさせた。
「副長、状況確認!」
ノルトマンは制帽を被り直しながら副長に命じる。
誰もがよろけながら立ち上がる。
「参謀長!ダウド大佐!」
マテウスは目の前で倒れるダウドを見つけた。仰向けに倒れているダウドは腹を押さえていた。その部分は赤く染まっていた。
意識はあるものの、呻きながら痛みに耐えている。
飛び込んで来た鋼材が刺さったのだ。マテウスは衛生兵を呼び続ける。
「マテウス大佐!マテウス大佐!」
そこへマルシャルが大声で呼ぶ。
マテウスは近くの兵にダウドの面倒を代わって見させると、マルシャルの傍へ行く。
「参謀長は死んだのか?」
「いいえ、腹部を負傷し重傷です」
「ではマテウス大佐、貴官へ臨時にインド洋第1艦隊参謀長代理を命じる」
マルシャルの命令にマテウスは少し戸惑う。
「私がですが?」
「そうだ。すぐに参謀長代理ができる暇人はお前だけだ」
「分かりました。参謀長代理を務めます」
こうして「フリードリヒ」で半ば配置が無いような立場から、参謀長代理になったマテウスだったが嬉しい気分では無い。
まずはこの「フリードリヒ」がどうなっているのか知らねばならない。
この戦艦の痛手が大きいかどうかで進言すべき事は変わるからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます