第32話 アラビア海海戦(3)

 「近い!いきなりこんな近くに!?」

 「大和」と「武蔵」の砲撃が「フリードリヒ」と「バルバロッサ」の近くに着弾した。

 夜の砲撃である事も加味しても「大和」と「武蔵」の砲員の技量は高いとマルシャルは認めざる得ない。

 「こっちも撃ち返せ!」

 お互いの距離が二万になったであろうと見たマルシャルは反撃を命じる。その時に「大和」と「武蔵」による第二射が届く。

 まだ被弾はしていないが、「フリードリヒ」と「バルバロッサ」は「大和」と「武蔵」の手に捕まれているように思えてならない。


 「このまま押せ!」

 宇垣はあと少しで「フリードリヒ」と「バルバロッサ」に命中弾を与えられると高揚を隠せなかった。

 砲術の将校である鉄砲屋として世界最大の戦艦で艦隊戦をやれる。これほど得難たい機会は無いからだ。

 「敵一番艦と二番艦をすぐに潰さねばならん。押しに押すのだ」

 とはいえ、置かれた戦況は良いとは言えないと宇垣は自覚もしている。

 世界最大の戦艦「大和」と「武蔵」があるとはいえ、相手は「フリードリヒ」級戦艦四隻だ。四〇センチ砲戦艦四隻を相手取るには少しでも早く「フリードリヒ」級を一隻でも戦闘不能にせねばならない。

 ましてや、もう二隻の敵戦艦が別働隊の如く動くているらしい。正面の「フリードリヒ」だけに集中はできない。

 (この困難、大和型で打破してやるぞ。それに第二遊撃部隊の「阿蘇」と「羅臼」が来れば心配は無い)

 戦いの中にある不安要因に焦れつつ、それを「大和」型で乗り越えようとする宇垣の心境は危機にあって心を躍らせていた。


 「敵戦艦は二隻のようだな。こちらは四隻、こちらから押し包んでやろう」

 マルシャルはレーダーの探知や見張りからの情報を合わせて目の前にある敵戦艦が「大和」と「武蔵」の二隻だけだと分かった。

 ならば、数で押し返そうとマルシャルは決める。

 「敵はこの<フリードリヒ>と<バルバロッサ>で引き受ける。<ヴィルヘルム>と<カール>は前進し、敵戦艦を撃て!」

 マルシャルの命令を受けて戦艦「ヴィルヘルム」と「カール」は艦隊より前に出て、「大和」と「武蔵」へ近づく動きを見せた。

 「敵戦艦二隻が近づいています!」

 日本艦艇の見張りは「ヴィルヘルム」と「カール」の影が近づくのを発見した。

 「この<武蔵>で接近する敵戦艦を照らせ!」

 「武蔵」艦長の西野大佐は「ヴィルヘルム」と「カール」に探照灯を向け、照らした。

 「<武蔵>艦長より意見具申!我、接近中ノ敵戦艦ヲ攻撃シタシ」

 宇垣へ西野艦長からの意見具申が届く。

 「まさか、一隻で敵戦艦を二隻相手取ると言うのか?」

 「大和」艦長である江藤大佐は思わずそう言った。これは西野艦長の意見具申が「大和」と「武蔵」が敵戦艦を二隻づつ相手にする状況になるのが分かったからだ。

 「火力の集中を欠くな…」

 宇垣は思わしくない、好ましくないと心中に感じた。

 「だが、敵が分離しては致し方あるまい…<武蔵>艦長の意見を採用しよう」

 宇垣の決心に江藤は何かを言いたい顔をしたが、抑えた。

 「作戦を変更する。<大和>は敵一番艦と二番艦、<武蔵>で敵三番艦と四番艦だ。水雷戦隊はどうだ?」

 さすがの宇垣も戦艦「大和」と「武蔵」の火力のみで勝負をつけるのが無理だと悟り、水雷戦隊の様子を参謀に尋ねた。

 「敵巡洋艦ならびに敵水雷戦隊と交戦中です」

 「敵戦艦へ突撃はできんな」

 インド洋第1艦隊の主力には重巡六隻、軽巡三隻が健在だった。宇垣の第一遊撃部隊の重巡四隻と軽巡一隻では形勢は不利であり、戦艦へ向かう余裕は無かった。

 「命中!命中!敵一番艦に命中!」

 「大和」の第四斉射が「フリードリヒ」に二発命中した。

 砲弾は艦中央部に二発命中した。砲弾は「フリードリヒ」のマストを折り、煙突の側面に大穴を開けて貫通する。

 「大和」の砲弾は艦中央部に張られた水平装甲を突き破り、缶室の手前で炸裂した。

 「缶室で爆発!被弾した模様!火災発生!」

 「フリードリヒ」の艦橋に被害報告が上がる。

 「日本の戦艦、やるではないか・・・」 

 マルシャルは冷や汗を背中に流しながら呟いた。

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