第31話 アラビア海海戦(2)

  戦艦「信濃」は駆逐艦三隻を伴いムンバイ沖を南下して小野田支隊を支援していた。

 「小野田支隊長より連絡、<支援感謝スル敵戦車部隊は退却セリ>です」

 通信参謀が三川に伝える。

 小野田からの謝意に三川は「良し」と満足した。

 「長官、ムンバイへ戻りますか」

 参謀長が三川へ問う。参謀長は「信濃」を船団直衛に戻すべきではと思えたからだ。

 「もう少しここに居よう。陸軍が苦戦していては作戦は成功せんからな」

 三川は決心した。

 「それに敵艦隊は宇垣がやってくれるだろう」

 敵艦隊であるインド洋第1艦隊へ宇垣が率いる第一遊撃部隊が向かっているのを三川は知っていた。他にも鈴木の第二遊撃部隊もある。海戦の心配は無いだろうと三川は踏んで自分は陸軍の支援に回ろうと考えていた。


 同じ頃、宇垣の第一遊撃部隊はインド洋第1艦隊へ向かい、接触しようとしていた。

 戦艦「武蔵」と巡洋艦「愛宕」から発進した水偵「瑞雲」が日暮れ前にインド洋第1艦隊を発見し位置は掴んでいた。宇垣はその海域へ第一遊撃部隊を前進させる。

 「鈴木は来ているか?」

 宇垣はいかに「大和」と「武蔵」があっても敵戦艦六隻を相手にするのは厳しいと考えていた。鈴木中将率いる第二遊撃部隊の戦艦「阿蘇」と「羅臼」の二隻も必要なのだ。

 「連絡によれば我が部隊より南の位置にあり、我が部隊が敵艦隊と接触した後に到達します」

 航海参謀がそれぞれの位置と速度から計算して宇垣へ言う。

 「そうか。それならば良し」

 宇垣はそう言う。その真理は「大和」と「武蔵」で敵戦艦六隻を相手取る決意だった。「大和」と「武蔵」で敵を引きつけて「阿蘇」と「羅臼」が到着してから反撃だと宇垣は算段する。

 こうして第一遊撃部隊と第二遊撃部隊は夜のインド洋をドイツ軍インド洋第1艦隊をめがけて進む。

 その日本軍艦隊の間隙を突くようにドイツ艦隊が東へ向かっていた。

 インド洋第1艦隊から分離した戦艦「ティルピッツ」と「グナイゼナウ」に重巡洋艦「ヘルネ」、軽巡洋艦「レムシャイト」に駆逐艦四隻である。

 この艦隊は指揮するタウベルト少将にちなんでタウベルト部隊とインド洋第1艦隊内で呼称された。

 このタウベルト部隊の役目はムンバイへ突入し、日本の輸送船団を撃滅する事だった。つまり、マテウスの案をマルシャルが採用したのである。

 「Uボートによる索敵情報や情報部からの情報を合わせると二個の敵艦隊が迫っている。貴官が望んだ状況になりつつある」

 午後三時にマルシャルから呼び出されたマテウスはまずダウドから状況を聞いた。

 「このまま敵二個艦隊と夜間の海戦に?」

 皮肉が入るダウドの言に反応せず、マテウスは尋ねる。

 「そうなる。だが貴官の望むようになるぞ」

 またダウドは言う。さすがにマテウスはそれが何か気づく。

 「まさか、<ティルピッツ>と<グナイゼナウ>を?」

 「そうだ。司令官は貴官の案を採用したのだ」

 そう話しながらマテウスとダウドはマルシャルの前へ行く。

 「情報分析から貴官の提案を採用する事にした。敵空母もこちらの機動部隊が南へ引っ張っているし、敵の主戦力がこちらへ来るならムンバイの敵船団を叩く好機だと判断した」

 マルシャルは情報と状況を見てマテウスの案を採用したと述べた。

 「大佐、必要な事はあるかね?」

 マルシャルはマテウスに問う。

 「敵の索敵機を撃墜しない事です。この艦隊の位置を敵艦隊に示すのです。この海域ならばインドから敵爆撃機や攻撃機は飛んで来れないですから敵艦隊以外の脅威はないかと」

 「そうしよう。敵にこっちだと教えるのだな」

 こうして第一遊撃部隊から放たれた索敵機はその姿を探知されながらも、見逃されたのだ。


 「敵艦隊を探知!」

 「大和」の電探(レーダー)がインド洋第1艦隊を補足した。

 午後十一時二分の事である。

 「さあ、海戦だぞ」

 敵艦隊が近いと聞いた宇垣の顔は僅かに笑みがあった。

 黄金仮面と言われる固い面持ちが崩れるほどに彼は根から鉄砲屋であっった。

 「見えた!敵艦隊!」

 第一遊撃部隊より先行する「矢矧」から発進した「瑞雲」二機が照明弾を投下してインド洋第1艦隊を照らし出す。

 「位置を教えてやるのはここまでだ。対空撃て!」

 マルシャルは照明弾を落とした「瑞雲」に対して対空射撃を命じた。

 「いいぞ、対空射撃でより位置が分かる」

 宇垣はドイツ艦隊が曳光弾を交えて対空射撃をするのを見てより自軍が優位の状況になっていると思えた。

 「瑞雲」は射撃を受けてドイツ艦隊の上空を離れる。

 「このまま<大和>と<武蔵>の射程に入るまで前進、巡洋艦と駆逐艦は後続せよ」

 宇垣は旗艦「大和」と「武蔵」を先頭にした二列の単従陣が並列する復従陣でインド洋第1艦隊へ向かう。対してインド洋第1艦隊は四隻の戦艦を先に立てた単従陣である。

 双方ともに真っ正面から向き合うように進む。

 時折「瑞雲」が落とす照明弾がインド洋第1艦隊を照らした。

 「上空の水偵より報告です。敵艦隊は戦艦四隻とのこと」

 何度か照明弾に照らして見えたインド洋第1艦隊の陣容が明らかとなる。

 「戦艦が六隻ではなかったか?」

 宇垣は戸惑う。行つ間に敵艦隊は戦力を分割したのかと。

 日本軍はタウベルト部隊の存在に気づいてはいない。

 「水偵に周囲を索敵させろ。残る燃料で回れるだけでも探らせるんだ。もしかすると伏兵がおるやもしれん」

 宇垣は姿を消した敵戦艦二隻が別働隊として第一遊撃部隊を襲うのではないかと思えた。

 また、鈴木の第二遊撃部隊を迎え撃つ為に行動しているのでは?とも宇垣は考えた。だが、ムンバイに向かっているとまでは思考は及ばない。

 「探照灯を点けよ。この<大和>が敵を照らす」

 宇垣は照明弾を落とす「瑞雲」を索敵に出した為に「大和」が探照灯(サーチライト)により敵艦隊を指し示す事にした。

 「霧島」・「比叡」が「アーダベルト」と「ロイター」とムンバイ沖で夜戦をした際に「霧島」と「比叡」は電探射撃を行ったが、結局は目視と勘による手動に切り替えて主砲を撃った。

 この時の海戦の詳報には「射撃電探ハ扱イ難イナリ」と書かれた事から宇垣や「大和」と「武蔵」の砲術長は射撃電探に頼らないと決めてしまっていた。

 だから「瑞雲」から照明弾を落とし、「大和」が探照灯で照らすようになったのだ。

 「敵はまだサーチライトに頼っているのか」

 マルシャルは「大和」から照らされながら呆れていた。ドイツは射撃レーダーを開発し、先の「アーダベルト」と「ロイター」が射撃レーダーを使用し、「比叡」を撃沈した実績をドイツ海軍は評価し、使用を続けている。

 それ故にマルシャルは日本の技術は低いのかと呆れているのだ。

 「距離二万五〇〇〇で右へ回頭、距離二万で戦艦四隻による右砲戦を行う」

 マルシャルは方針を定める。

 その様子を見るマテウスは勝てると思っていた。

 四隻が主砲の全てを使い、敵艦隊を砲撃する。確実に打撃を与えられるであろう。

 だが、気になる所はある。

 今から戦う敵戦艦の「大和」級は日本海軍で最大の大きさがある戦艦だ。日本海軍がドイツ海軍へ伝えた諸元では基準排水量六万トンで全長二三〇メートルの四〇センチ砲戦艦だと言う。

 この大きさで四〇センチ砲の戦艦と言うのがドイツ海軍内でも疑問があった。四〇センチ以上の主砲を装備しているのではないかと。

 だが、一方で日本が四〇センチ以上の巨砲を作れるのかとも疑問が出た。ドイツは陸上で使う列車砲で八〇センチ砲を作った自負がある。日本が砲こう技術でドイツに並ぶとは思えないと。

 マテウスは日本の技術がドイツよりも低いとの認識はあったが、米英と並ぶ世界三位の海軍を作り上げた事実から過小評価をしてはならないとは考えていた。

 だが、確証が無い。その分どこか「大和」と「武蔵」が不気味に思えて来る。

 「敵艦発砲!」

 マテウスが思案に耽る時に「大和」と「武蔵」が主砲を放った。

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