第30話 日野中隊、小野田支隊の殿となる

 「突撃!日本軍を蹴散らせ!」

 第21装甲師団のパンター大隊を率いるエルトル少佐は小野田支隊へ正面から突入する。

 エルトルは日本軍戦車と自らが乗るパンターの違いを知っている。

 目の前にある三式中戦車がパンターの砲よりも射程が短く、威力も劣るし装甲はパンターの砲でどこでも射抜ける。

 一挙に突き崩してしまえとエルトルは大隊を前進させる。

 「さすがに分が悪い。下がろう」

 小野田は迫るパンター大隊を前に支隊を後退させる。

 至近距離に持ち込めば勝機はあるが、それまでに戦車の多くを失う。

 「あれは・・・」

 小野田はパンターの群れへ駆ける戦車隊を見た。夕暮れの影を背負うその戦車を小野田は目を凝らして見る。一式中戦車だ。

 「まさか、日野!」

 そう、日野が指揮する第三中隊だ。

 「少しでも奴らの足並みを乱すぞ」

 日野は交代する小野田支隊の為にパンターの大隊へ突撃する。この突撃は日野の中隊がエルトルの大隊に対して斜め右から行われた。

 正面に下がり続ける小野田支隊の主力、右から日野中隊の突撃

 エルトルは「小癪な」と苦虫を噛む。

 「ブリッツ1よりブリッツ5へ、突っ込んで来る敵戦車を迎え撃て」

 エルトルはブリッツ5こと第1中隊に日野中隊の突撃を迎え撃つように命じた。

 「ブリッツ5了解、中隊を右へ向ける」

 第1中隊の隊長であるインメル中尉は日野中隊と正面から向かい合う為に右へ進路を向ける。

 「中隊!右へ!」

 日野はインメルの中隊がこちらへ向いたと見るや右へ更に向きを変える。

 「なんて事を、危ないぞ…」

 あたかもインメル中隊の前を横切るような動きをする日野中隊に小野田は危うさを感じずにいられない。

 「敵は撃ちやすいように横っ腹を見せたぞ!撃て!」

 インメルは目の前で側面を晒す日野中隊を嘲笑しながら部下へ攻撃を促す。

 戦車は側面が一番姿を晒す事になる。つまり被弾面積、敵弾に当たる面積が広くなるのだ。

 それを証明するように日野中隊の戦車がたちまち三両も撃破され、炎上する屍と化した。

 「このまま突っ込む!」

 日野は直進を続けるエルトル大隊の右側面へ好き進む。

 「くそ、鬱陶しい奴め!」

 エルトルは迫る日野中隊へ苛立つ。どんなに手で払おうとしても付いて回る蠅の様に思えた。

 「ブリッツ1から各中隊へ、我が大隊を攻撃する敵戦車を撃滅する!」

 エルトルは方針を変えた。

 この鬱陶しい日野中隊を大隊の全力で即座に叩き潰すと。

 各中隊長から「了解」と答えが返ると同時に、エルトルの大隊は日野中隊を包囲するような動きを始める。

 「これは…」

 日野はエルトル大隊の動きが変わったのを感じた。

 「中隊、これより後退する!支隊へ合流せよ!」

 すぐに陥る窮地を脱する命令を日野は下した。

 だが、遅かった。

 その指示が下った直後にエルトル大隊が全力で日野中隊を攻めたからだ。

 パンターの長砲身の砲から放たれる75ミリ砲弾を一式中戦車はどの方向からでも弾く事はできない。正面でも側面でも貫かれた。

 「止まるな!走れ!走れ!」

 そんな脆弱さを知る一式中戦車の車長と操縦手は砲弾に当たらないように動き回る、回避が最良の行動だからだ。

 とにかく、エルトル大隊の懐から出て抜け出す。

 日野達はその一心で戦車を走らせる。

 しかし、第二次世界大戦での経験を持つパンターの砲手は速度から未来位置を予測して砲弾を撃ち込む。

 様相は日野中隊を嬲り殺しにするような状況になりつつあった。

 「日野…すまん…」

 小野田は日野中隊を助けられないのを悔やむ。

 ここで支隊主力でエルトル大隊へ反攻に出ても挟み撃ちとはならない。戦車の性能差が違うからだ。一時的な混乱は出来ても衝撃を与え続けるほどの火力が三式中戦車にはない。

 小野田はただ悔やむなかりだ。

 「支隊長、これより海軍による支援を始めます」

 加藤がそう言う。

 「うむ」

 小野田は短く答えた。

 「くそ、やはり敵わんか」

 一方で日野は次々と僚車が撃破され、進むべき進路を見失いつつあった。

 一式中戦車の47ミリ砲で最大110ミリになるパンターの装甲を貫ける訳が無い。牽制にしても威力が弱い。

 弱点射撃で履帯を狙おうにも、止まって狙撃する余裕が無い。

 「もはや、これまでか…」

 パンターの大隊に囲まれて、さすがに日野は死を覚悟した。

 このまま中隊と共に玉砕するのだと。

 その代わりに小野田支隊の主力を逃がす事ができる。散るにしても意義がある。

 日野はそう自らの死の意味を見出す。

 (すまん。お前達を道連れにしてしまった)

 この玉砕に部下達を付き合わせた事が日野にとっての後悔だった。

 日野中隊が玉砕へ向かおうとしたその時、パンターの砲撃とは比べものにならない爆発音と衝撃が日野中隊とエルトル大隊を襲った。

 「敵の砲兵か?にしては威力がデカイぞ」

 エルトルは日本軍が砲撃をして来たと分かったが、その威力がいささか大きい事も分かり困惑する。

 第二次世界大戦の東部戦線でソ連軍の猛烈な砲撃を浴びた経験もあるエルトル、そんな彼が違和感を感じる砲撃が自らの大隊を襲っていた。

 「もしや軍艦か?」

 エルトルの導き出した考えに答えるように、その砲撃は再び着弾する。

 「ブリッツ1より全車!後退せよ!繰り返す、後退せよ!」

 砲撃を受けながらエルトルの大隊は日野中隊への攻撃を止め、進んで来た道を戻り始める。

 「おお、敵が下がった。海軍は戦艦でも出してくれたかな?」

 小野田は海軍の支援によりエルトルの大隊が下がるのを見てそう言った。

 そう思えるほどに、着弾した爆炎は大きかった。

 「その通りです。戦艦<信濃>が砲撃をしてくれました」

 「やはり戦艦か、戦艦の威力は凄い。重砲とは比べ物にならんな」

 戦艦の威力に感動する小野田に加藤は目を細め、海軍である誇りを静かに感じた。

 ムンバイ沖にあった第二艦隊の旗艦である戦艦「信濃」は小野田支隊からの支援要請を受けて、自ら支援砲撃を行った。

 加藤が電信で打つ座標へ世界最大の四十六センチ主砲の砲弾を、砲塔の三門ごとに放つ。

 合わせて十八発の砲撃を行い、エルトル大隊に後退を強いる事ができたのだ。

 「今の内に日野中隊の生存者を収容する」

 陽は没して暗くなっていた。「信濃」からの砲撃が着弾した事によって生じた土煙が周囲に視界の壁を作っていた。

 そんな好機を利用して、小野田は機動歩兵一個中隊と三式中戦車の一個中隊を前進させる。

 「生き残れたか・・・・」

 自分達を探しに来た歩兵と出会って、日野は呆けるような思いになる。

 死ぬかと思ったが、生き残れた。

 だが、その実感が伴わない。「信濃」の砲撃による衝撃を浴びた事やエルトル大隊に囲まれた窮地から今に至る急転に頭が追い付かないのかもしれない。

 だが、日野はぼんやりとする訳にはいかない。

 「日野だ!生きている者は答えろ!」

 他の兵と共に生きている部下を日野は探した。

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