第29話 小野田支隊の進撃
「敵火点!十一時!」
「いや、あれは突撃砲だ!」
ムンバイを目指す小野田支隊はアラブ義勇軍との戦いを続けていた。
第十三軍の作戦開始から六時間後、正午になる前の時間だった。
アラブ義勇軍の装甲車輛が小野田支隊の前に現れた。
ココナッツの木々に隠れたⅢ号突撃砲である。ドイツから供与されたこの自走砲は強力な75ミリ砲を装備する。
低い車高からの射撃は対戦車砲ではと一瞬誤認させた。
「こいつは厄介だな」
装甲兵車の上から戦況を眺める小野田は舌打ちする。
Ⅲ号突撃砲の車体の低さはココナッツの木々が林立する中では見つける事も、狙いをつけるのも難しい。
それでも小野田支隊第二中隊の三式中戦車は突撃砲へ砲撃する。
削れた木々や葉に土が舞うが撃破した様子は見えない。
「第二中隊はこのまま正面で突撃砲と交戦、第三中隊は右翼側面を迂回し突撃砲を撃破せよ」
小野田は作戦を指示する。
ココナッツの森に隠れている突撃砲を側面か後ろから襲うのだ。
「第三中隊前へ!」
日野が率いる第三中隊は前進する。
一式中戦車12両は発砲を続けるココナッツの森を避けるような迂回機動をする。
そんな動きはアラブ義勇軍もすぐに察知する。
「敵火点!」
「一両やられた!」
突撃砲の側面を守る何者かが日野の中隊から1両を撃破した。撃たれた戦車は砲塔が吹き飛ぶ大爆発を起こす。
「敵は何だ?」
ココナッツの森に隠れているせいで敵の正体が分からない。別の突撃砲なのか、対戦車砲か。
「このまま、敵後方へ回り込む!」
小野田からの命令は側面または後方に出て突撃砲を撃破する事だ。
日野はその場で戦わず、前進を続ける。
正面で戦う第二中隊に大きな犠牲が出てしまう前に、突撃砲を撃破しなければならないからだ。
アラブ義勇軍は駆ける日野の中隊へ砲撃を伸ばすが、対戦車砲であるので方向転換が素早く出来ずに追いつけない。
「榴弾を森の中へ撃て!」
敵の背後に回ったものの、突撃砲の姿は見えない。
日野は榴弾でココナッツの森を砲撃する事にした。
森丸ごとを吹き飛ばすのは無理だが、嫌でも背後に来ていると突撃砲の乗員に分からせる為だ。それで突撃砲に大きな行動をさせる。
「見えた!敵突撃砲!」
着弾の煙と木々の陰の間を動く何かが見えた。目を凝らすと突撃砲らしいシルエットだ。
「突撃砲を撃て!」
陣地を移るのか、その場からの離脱か分からないが側面や後ろを晒して動く突撃砲には、力不足な一式中戦車の47ミリ砲でも撃破ができる。
まさに陣形を崩された形のアラブ義勇軍の突撃砲は前後から射撃する小野田支隊の戦車によって撃破された。
「これが戦車の戦いなんですね」
小野田の後ろで戦況を眺めていた海軍の加藤中尉が感心していた。
「どう見えました?」
小野田は尋ねる。
「海の艦隊戦になぞらえて、迂回して攻撃する戦車が魚雷を放つ為に敵艦へ向かう駆逐艦と同じように見えましたね」
「なるほど。海軍の軍艦も敵に近づいて撃つのですか」
互いに知らない領域の話はどこか話が弾む。
「砲にしても魚雷も遠い距離で撃てますが、敵艦は動いています。命中させる為に距離を詰める事があるのです」
「なるほど、近づけば当たるのはどこも同じか」
小野田は陸軍も海軍も戦い方に共通する部分があると知った。
陸海軍の認識確認をしている間に小野田支隊は再進撃に移る。
突撃砲を撃破されて降伏したアラブ義勇軍の兵士達は歩兵小隊に任せて支隊は進む。
「敵機!敵機来襲!」
だが、その道中は空からの脅威があった。
ドイツ空軍のJu490急降下爆撃機が4機、小野田支隊へ向けて切っ先を向けて迫る。
Ju87スツーカの後継機であるJu490は空母で運用する艦上爆撃機を作るにあたり、当時同盟国であった日本から「彗星」艦上爆撃機の設計図を入手して作られた。
この艦上爆撃機開発が停滞していたJu87の後継機開発の再開に繋がった。
空軍もユンカース社もJu490を艦上機としても、陸上機としても開発してJu87の後継機を完成させた。
「こっちに来るか・・・」
あたかも小野田が乗る装甲兵車にJu490が機首を向けているように見えた。
装甲兵車は全速でJu490から逃れようと走る。周囲の他の戦車も同じで少しでも爆撃をかわそうと躍起だ。
「伏せろ!」
小野田は加藤や隣にある通信兵へ言う。
装甲兵車の車内で伏せる一同、操縦席で運転する兵士はひたすらに走らせる。
だが、地上を走る戦車は鷹や鷲がウサギやネズミを捕獲する如くJu490が放つ爆弾が命中する。
小野田はその様に戦慄する。次は自分が燃える戦車の乗員と同じになるのではないかと。
まだ投弾していない2機が急降下に入る。
小野田は装甲兵車の中で姿勢を低くしながらJu490が降り来る空を睨む。加藤は何処か諦めた顔で小野田と同じように空を見ていた。
「ん?あれは?」
小野田は空に新たな影を見た。
その小さな影は二つあって、すぐに大きく形を成した。
飛行機の形だ。その飛行機の影はJu490目がけて突き進む。
「友軍だ!助かったぞ」
その飛行機の影はJu490へ銃撃し、たちまち撃墜させた。
「あれは紫電改、本当に友軍だ」
加藤が上空を飛び去る機影を見て助けた戦闘機が何かが分かった。
日本海軍が陸上戦闘機として開発したのが紫電改である。
水上戦闘機強風の陸上機型である紫電がまず開発されたが、評価は芳しくなかった。開発した川西航空機はせっかく掴んだ新規事業である陸上戦闘機の開発を継続する為に、紫電を再設計して作り上げたのが紫電改である。
日独開戦までに2個の紫電改を装備する航空隊が編成されている。
「航空隊も頑張っていますな」
小野田は加藤の様子から助けてくれたのが海軍航空隊だと分かったからだ。
第十三軍のムンバイ前進に合わせて陸海軍航空隊はゴアやムンバイの上空での制空権確保や対地支援に戦力を向けていた。
とはいえ、ドイツ空軍との戦いは相変わらず楽では無いものだった。
「アラブ軍の前線が突破されました」
ドイツ第18装甲軍団の軍団司令部に小野田支隊による前線突破の報が伝わる。
「そうか」
軍団司令官のリーヌス・アショフ中将はアラブ義勇軍の前線が破られても冷静であった。
「このまま進めるなら、第21装甲師団を敵の鼻先にぶつけられる。問題無い」
第18装甲軍団は戦車師団である2個装甲師団と機械化歩兵の装甲擲弾兵師団1個で日本軍第十三軍を食い止めるつもりであった。
第21装甲師団の先遣隊であるトラレス戦闘団が小野田支隊と遭遇したのは午後の事だった。
トラレス戦闘団は偵察大隊を基幹に工兵小隊・対空小隊で編成されている。
「敵装甲部隊と遭遇、大隊規模の模様」
偵察部隊であるトラレス戦闘団は50ミリ砲を装備した8輪の装甲車であるSd Kfz 234が小野田支隊の一式中戦車や三式中戦車と撃ち合いながら小野田支隊の戦力を報告する。
「敵部隊が引き上げます」
まとわりつく様であったトラレス戦闘団が小野田支隊の前から撤収した。
小野田は嫌な予感がした。
「あの敵部隊は前座だ。次に二ツ目や真打が現れるだろう」
小野田はそう加藤へ言った。
「戦車の二ツ目や真打とは?」
戦車に関しては知らない加藤が尋ねる。
「二ツ目は四号や五号と言う戦車です。特に五号は火力、装甲、機動力が揃った強力な戦車です」
ここで言う五号戦車はⅤ号戦車パンターである。
「そうなると真打は・・・」
「機動力は低いものの、火力と装甲が桁違いの六号重戦車です」
この六号戦車はⅥ号戦車のティーガーだ。
加藤は小野田の雰囲気からドイツ戦車の二ツ目と真打がかなり強力だと理解できた。
「支隊長、必要なら海軍の支援が要請できます」
小野田の雰囲気から加藤は海軍の支援と言う選択肢があるとあえて進言した。
「必要であれば要請する」
「要請は早めに出しましょう。海軍も準備がありますので」
「そうか。ならば支援を要請する」
小野田の要請を受けて加藤は無線機で連絡する。
「支隊長、どうやら海軍の真打で支援が出来そうです」
返信の無電を受け取った加藤が自信満々に言った。
「海軍の真打?」
逆に小野田はそれが何を意味するか分からない。
「敵襲!敵戦車部隊が前進中!」
そこへ急報が来る。
時に夕方になりつつつある時間、第21装甲師団の主力が小野田支隊の前に現れた。
小野田の見立て通りに現れた戦車は二ツ目であるパンターだった。
パンター戦車が傾きつつある陽によって描かれた影がパンターを不気味に彩っていた。
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