第28話 アラビア海海戦(1)

 インド洋第1艦隊は出撃して一晩が過ぎた。

 あれから三度、艦隊は敵潜水艦の接触があった。マテウスは警報が出る度に起き、艦橋で敵潜水艦と戦う艦隊の様子を見る。

 誰もが臆する事無く動き回るのだが、見えない敵と戦うせいか手応えが見えないものだ。

 「イギリス人も対潜戦闘はこんなものなのか?」

 マテウスはUボートの攻撃を受ける時のイギリス艦艇の乗員について思いを巡らすぐらいに余裕を持っていた。

 そもそもマテウスの役割はインド洋第1艦隊司令部で艦隊の戦いを見る事である。観戦なのだから何かを報告したり部下を指揮する必要がない。

 「ホレス大佐、敵潜水艦との接触をどう見る」

 マルシャルは三度目となる敵潜水艦の襲撃をやり過ごした後でマテウスに尋ねる。

 「敵は潜水艦により、我が艦隊の動きを正確に把握しています」

 「その通りだ」

 マルシャルはマテウスの回答に納得する。

 「それは何故か?」

 マルシャルはあたかも教官のように問う。

 「我が艦隊の進路上に敵潜水艦がありました。おそらく、扇状に配置された潜水艦の警戒網の中を通っているからです。その警戒網に点在する潜水艦のから発する報告が三度も挙がっている筈だからです」

 「うむ、そうだ」

 マルシャルは再度納得する。それはマルシャルの周りに立つ参謀達も同じだ。どうやらマテウスは試されているらしい。

 「これで敵艦隊を奇襲する事は不可能ですね」

 艦隊参謀長のダウド大佐はこういう。半ば冗談である。

 「敵が間抜けでなけれなばな。むしろ敵艦隊がこっちへ来るだろう」

 ダウドの冗談を受け止めながら、マルシャルは自らの考えを述べる。

 「同感です。敵は我が艦隊の針路上に来るでしょう」

 ダウドはマルシャルの考えに同意する。潜水艦から得た情報で日本艦隊は針路上に現れると。

 「意見を宜しいでしょうか?」

 「言いたまえ」

 マテウスがマルシャルに求め、マルシャルは許した。

 「今回、日本艦隊が出撃したのはムンバイでの作戦の為です。日本軍は我が艦隊がムンバイに来るのを防ぐ為の行動をすると思います」

 「それならば、敵は打って出て我が艦隊を撃退させたい筈だ」

 マテウスの論にダウドが口を挟む。

 「日本軍はムンバイで守るモノがあります。それを無くしてしまえば日本軍は退くであろうと考えます」

 マテウスの言にダウドもマルシャルも何を指すか分からない。

 「日本軍が守るモノとは?」

 マルシャルが尋ねる。

 「輸送船団です。Uボートからの情報や空軍の偵察によれば日本軍はムンバイに輸送船を大規模に送り込んでいます。これが日本軍の作戦の核となる部分です」

 マテウスの答えに「そうか」と理解はするが作戦をどうするかに繋がっていない。

 「その輸送船を叩きたいと?」

 ダウドが尋ねる。

 「はい。増援部隊か補給物資か分かりませんがこれを輸送船ごと沈めれば作戦は成功でしょう」

 マテウスにしろ、ドイツ軍は日本軍がムンバイから友軍であるインド軍を撤収させる事を知らない。

 「それは分かる。だが、有力な日本艦隊を前にどうやって?」

 ダウドは続けて尋ねる。

 「艦隊の主力で日本艦隊と戦い、引き付けます。その間に足の速い<ティルピッツ><グナイゼナウ>を先行させ、ムンバイに突入させます」

 「良い案ではある」

 マテウスの暗にダウドは賛意を見せる。

 「いや、いかん」

 しかしマルシャルは反対を示した。

 「その二隻が離れれば戦艦は四隻しか残らない。日本軍は確認しているだけでも戦艦四隻を出撃させている。今なら六隻と四隻で優位に立てる、この優位は崩せない」

 インド洋第1艦隊は合計六隻の戦艦を有している。

 その中から戦艦の二隻の別働隊を出すと戦力の優位が生かせないとマルシャルは反対しているのだ。

 「その懸念は分かります。しかし、損害を最小限に作戦を成功させるべきかと」

 マテウスは自分の案を推す。

 「ホレス大佐、そこまでにしたまえ。貴官の役目は作戦指導ではあるまい」

 ダウドがマテウスに釘を刺す。

 マテウスは反論を喉元で押さえ込んだ。

 「はい。出過ぎた事を言いました」

 マテウスは素直に引き下がる。

 「艦隊は針路はそのまま、敵艦隊を発見すれば積極的に攻撃する」

 マルシャルは艦隊としての方針を定めた。

 マテウスは観戦すると言う立場を越えた事は後悔してはいなかった。


 「潜水艦からの情報から敵艦隊はムンバイへ向けて進んでいます」

 第二艦隊の旗艦である戦艦「信濃」で司令長官の三川は昨晩から届いた敵情について報告を受けていた。

 「そうか。来るか」

 従兵が持って来たコーヒーを啜りながら三川は敵情を頭に吸収する。

 「敵艦隊の詳しい戦力は不明ですが、敵艦隊の規模から戦艦四隻以上は推測されます」

 艦隊の参謀長である矢野志加三少将が詳細を述べる。

 潜水艦からの報告では三〇隻以上の艦艇からなると報告があった。

 潜望鏡での目視と聴音(ソナー)によるスクリュー音のを聞いての推測からインド洋第1艦隊の規模は計れていた。

 「だが、空母機動部隊の可能性もある。航空隊の索敵情報が欲しいな」

 三川は慎重だった。発見した敵艦隊の中身や周囲の状況が不明だからだ。

 その三川の望みは午前十時に叶う事になる。

 空母「千代田」から発艦した「彩雲」艦上偵察機がインド洋第1艦隊を発見した。

 「敵艦隊は戦艦六隻です!」

 「六隻か」

 第二艦隊は戦艦五隻だ。一隻の違いがある。

 「しかし、我が方は三隻が<大和>型です。ドイツの四〇センチ砲戦艦に後れを取る事はないでしょう」

 矢野は三川の憂いを取ろうと進言する。

 「<大和>型は三隻だが、それはこの<信濃>も含めてではないか。<信濃>はムンバイを守る為に動かせん」

 三川は第二艦隊全ての戦艦を動かす訳では無いと言う。

 「では、第一と第二の遊撃部隊だけを向かわせるのですか?」

 「そうだ。<大和>型二隻でも立ち向かえるだろう」

 第二艦隊の第一遊撃部隊には「大和」と「武蔵」が、第二遊撃部隊には「阿蘇」と「羅臼」がそれぞれある。

 四十六センチ主砲の「大和」と「武蔵」、四十センチ砲の「阿蘇」と「羅臼」

 竣工してからまだ数年の新鋭艦であるし不足は無いと思うが数的に劣勢は否めない。果たして比類なき四十六センチ主砲は数の差を補えるのだろうか?

 「敵艦隊は撃退すればいいんだ。決戦をしろとは言わん」

 三川はそう、作戦意図を矢野へ語る。あくまで第二艦隊はムンバイ撤収作戦をやるのだと。

 だが、三川から敵艦隊を攻撃せよと伝えられた第一遊撃部隊司令の宇垣纏中将は違った。

 「この<大和>と<武蔵>でようやく敵艦隊を討てるのだ。敵戦艦は全て叩かねばならん」

 大砲屋宇垣は世界最大の戦艦を動かして撃退だけに留めるつもりは無かった。

 「ここでやらねば次の機会を逸する」

 宇垣の言はその通りと言えた。かつての対米戦争でも戦艦同士の戦いは少なく、戦艦「大和」と「武蔵」の出番は無かった。

 だからこそ、機械を逸する事が大砲屋として逃せないのである。

 「第一遊撃部隊は前進!敵艦隊へ向かう!」

 こうして第二艦隊の第一遊撃部隊と第二遊撃部隊がインド洋第一艦隊へ向けて前進する。

 だが戦艦同士の海戦を前に空母同士の戦いが始まっていた。

 「敵艦隊発見!空母を含む!東進中なり!」

 空母「天城」から出撃した「彩雲」がドイツ軍機動部隊である第1空母艦隊をを発見した。

 午前八時の事である。

 「先制だ。攻撃隊出撃!」

 機動部隊司令の大林中将は「天城」と「飛龍」から攻撃隊を出撃させると即断する。

 三川と敵空母を叩くなら良しと言う承諾もある。迷う事は無い。

 「天城」と「飛龍」の飛行甲板では並べられた「烈風」・「彗星」・「天山」が整備兵により暖気運転が行われ、搭乗員が艦橋前に整列し隊長から訓示を受けていた。

 いざ出撃と言う時だった。

 「発艦中止!発艦中止!」

 急な中止に誰もが拍子抜けする。

 「発艦中止とは、どうしたのですか?」

 攻撃隊の隊長である坂下大佐が「天城」の艦橋へ上がり大林へ尋ねる。

 「索敵の情報が入った。敵機動部隊が変針して南下を始めた。我が機動部隊はこれを追う」

 大林の答えに坂下の出撃を寸前で止められた憤懣は治まらない。

 「司令、すぐに攻撃隊を出して頂きたい!空母が後から追いかけて貰えばいいのです!」

 坂下の意見に「天城」艦長が少し眉をひそめる。

 「大佐の熱意は分かる。だが、ここで無茶はできない。母艦航空隊は再建の途上なのだ」

 大林の言う通り、日本海軍の母艦航空隊は今だ再建中である。航続距離の限界を試すような行動はできない。

 大林から「今少し待て」と言われて坂下は下がった。

 こうして、午前中に第一遊撃部隊と第二遊撃部隊はインド洋第1艦隊へ向かい、機動部隊は第1空母艦隊を追うと言う動きを見せた。

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