第27話 日本軍第十三軍前進する

宮崎繁三郎中将の第十三軍は鉄鉱石やボーキサイトが採れる鉱山があるゴアの防衛に当たっていた。

 その第十三軍に戦車第三師団が配属されてムンバイへ向けての攻勢が開始されるのだが、ドイツ空軍を警戒して夜間だけの移動でやって来た戦車第三師団はゴア周辺の地勢を把握できないまま、第十三軍司令部と敵情と作戦計画について一度打ち合わせをしただけで出撃するような慌ただしい状況で行われた。

 「尖兵は歩兵で行こう」

 宮崎は戦車師団が到着したばかりと言う点から作戦計画を変更する。

 攻勢の最初は十三軍にあった三個師団の歩兵による夜襲で行うと決めた。

 「戦車師団は歩兵が開いた道から進撃する。これでどうか?」

 宮崎に問われて戦車第三師団の丸井典丈少将は「前線を越えるには戦車が必要ではありませんか?」と答えた。

 戦車が敵陣を突破するのだと意気込み、なんとしてでも第十三軍の攻勢開始予定日に間に合わせた丸井は無理でも師団の戦車が尖兵だと思っていた。

 「戦車師団は最初の突破ではなく、よりムンバイへ進撃する道を開いて欲しいのだ」

 「つまり、戦略的な超越ですか?」

 超越とは日本陸軍において戦車が歩兵を追い越して敵陣へ攻める意味として使われる用語である。

 「そういう事になる。ドイツ軍が装甲師団を出して反撃する前に、我が軍はムンバイに着かねばならない。だから戦車師団の出番は少し後になる」

 宮崎の考えに丸井は同意した。

 第十三軍はまず、左翼の第八師団と右翼の第十二師団で歩兵のみによる夜襲を敢行する。

 三ヶ月間もゴア近郊に展開していた両師団は何度も斥候を出して地形や敵陣地を把握していた。

 闇夜でも慣れたこの地を東北と九州の兵士達は静かに進む。

 「突撃!前へ!」

 敵陣と指呼と言える近くにまで寄せた日本軍歩兵は指揮官の号令を受けると歩兵は伏せていた身体を起こし、銃剣を付けた小銃を構えて駆け出す。

 ゴアの北部に陣取るアラブ義勇軍は沸いて出てきたような日本軍歩兵の群れに驚く。

 不意を突かれても勇猛さ見せて戦うアラブ人兵士も多くいたが、個人の敢闘はまとまらない部隊の連携不足を補えなかった。

 アラブ義勇軍の前線は流れ込む日本軍の奔流に崩れた。

 両翼を崩した第十三軍は砲兵による射撃を加えてから、第十四師団による敵中央を突破させた。

 アラブ義勇軍は戦線全体が崩されたと分かると掌握できる将兵で退却を始めた。

 第十三軍は追撃せず、三個師団を一時止めた。

 「戦車師団を前進させよ」

 宮崎の号令で戦車第三師団は前進を開始した。

 「進路開拓ご苦労!」

 丸井師団長は装甲兵車の上から敵陣突破を成した歩兵達を労う。歩兵の将校がそれに気づき敬礼で返すと兵達も敬礼で返した。

 丸川がそうしたのに倣い他の戦車将校も歩兵へ敬礼する。

 その仲には小野田の姿もあった。

 デリーでの任務を終えた小野田は原隊である戦車第一師団へ戻る途中であったが、戦車第三師団を増強する部隊として行く事になりこの場に居るのだ。

 その小野田はデリーで率いていた戦車大隊一個・機動歩兵一個中隊・捜索一個中隊をそのままこのゴアへ連れて来ていた。それは小野田が戦車第三師団の指揮下で独立部隊たる支隊を指揮する事を意味する。

 この小野田支隊が担うのは沿岸での進撃だった。戦車第三師団主力は内陸に進み、プネーを経て東からムンバイに向かう。

 これは第十三軍の動きに出て来るであろうドイツ軍装甲師団を戦車第三師団が相手取るからだ。

 小野田支隊はムンバイへ一直線に北上する第八師団と第十四師団を支援する事になっていた。支援とは言え、今は第八師団と第十四師団より先行して進んでいる。

 「どうですか?装甲車の乗り心地は?」

 小野田は支隊を指揮する事から無線機を置いた一式半装軌装甲兵車に乗っていた。そこには海軍士官が同乗している。

 「少し荒い海行く、駆逐艦のようですな」

 加藤中尉と言う海軍士官は余裕ある様子で答える。

 加藤中尉は海軍から来た連絡士官だ。今回のムンバイ撤退作戦において陸海軍は連絡要員を軍司令部や師団司令部、艦隊司令部などへ送っていた。

 これは作戦推移を現地部隊に報せ、作戦行動にズレが起きるのを防ぐ為だ。

 そんな連絡士官が小野田支隊に居るのは小野田支隊が重要視されているからだ。第八師団と第十四師団を引っ張るのが小野田支隊と考えられていたからだ。

 小野田にとって重責があるが、海軍の連絡士官が居て良い事もある。それは海軍の支援が得られる点だろう。加藤が言うには海軍の状況によるが艦砲や航空隊による支援ができるそうだ。

 小野田は海軍の支援がアテになるか分からないが、使える手段が増えるのは悪くないと思えた。だから広くない装甲車の車内を余計に狭くした加藤中尉の存在を不快には感じなかった。


第十三軍が動いたと言う報せはインド南部を担当するドイツ軍第20軍司令部に届いた。

「ムンバイに向かっているのは間違いない。第18装甲軍団をムンバイへ向かわせろ」

 第20軍司令官のヴィルマー・トラレス上級大将は第十三軍の目的地を読む。この時点でもあえて前線に出ない日本軍が打って出てまで目指す先は友軍であるインド軍が包囲されているムンバイしかないのは誰の目にも明らかだ。

 トラレスは第十三軍の作戦を阻止すると共に、ようやく姿を見せた日本陸軍部隊に打撃を与える好機と考え第20軍唯一の装甲軍団を送る事にした。

 第18装甲軍団は第19装甲師団・第21装甲師団・第7装甲擲弾兵師団で編成されている。この軍団はムンバイ包囲戦には参加せず第20軍の予備戦力として待機させていた。

 インド侵攻におけるドイツ軍の戦略がインド北部と中部で攻めて、南部は日本海軍の脅威やセイロン島からの空襲を考えてあえて攻めない方針であった為だ。

 トラレスは今回の第十三軍のように打って出る日本軍に対処する為に第18装甲軍団を温存していたのであった。

 日本陸海軍ムンバイ撤収作戦はこうして陸と海で両軍ぶつかり合うのが決定的になった。

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