第23話 佐川参謀陸軍から提案を受ける

 市川支隊の夜襲に対して第6SS装甲軍はSS第2装甲師団「ダス・ライヒ」とSS第3装甲師団「トーテン・コップ」から1個づつの戦闘団を編成する。

 偵察中隊に戦車中隊・装甲擲弾兵中隊からなる戦闘団は補給拠点の近くに展開してから斥候を放ち市川支隊を探す事から始める事になる。

 これは第6SS装甲軍全体でそうであった。いつ何処から攻めてくるか分からない敵が大事な補給物資を燃やそうと狙っているのだから。

 空軍も偵察機を出し、ドイツ軍は市川支隊を血眼で探し始めた。

 その市川支隊は襲撃した位置から二〇km移動した地点で休んでいた。

 茶色の偽装網や幕を張り戦車や車輛を隠しながら将兵達は見張りを交代しながら休んでいる。

 一眠りしたダワンは正午過ぎに起きて市川の元を訪れる。

 市川は天幕の下で缶詰のソーセージを箸でつまみながら食べているところだった。

 「中尉、朝食にどうかね?」

 市川は木箱の上に積み上げられた缶詰をダワンに勧める。

 「中身は?」

 「ソーセージや豆にキャベツの塩漬けがある。どれも昨夜ドイツ軍から取って来た物だ」

 「そこまでよくやったな」

 「戦車兵の一人が食料をトラックごと奪ったんだ。俺も驚いた」

 「本当に夜襲は成功したんだな」

 ダワンはレンズ豆の缶詰を取った。

 「成功だった、戦車も将兵も損失ゼロの大成功だ。しかし次はそうは行くまい」

 市川は空を指さす。

 音が響いていた。明らかにエンジン音が空に響いていた。

 「偵察機らしき敵機が接近しています」

 ほどなく増山が報告に来た。

 「通過させろ。撃ってはならん、誰も動くな」

 偵察機をやり過ごそうと市川支隊の誰もがじっと息を潜める。

 「ああやって何機も偵察機を出しているに違いない。地上でも捜索しているだろう」

 市川は戦車の陰に隠れながら言う。

 「まだ見つかった様には思えないが」

 ダワンは市川の隣に居る。

 「ああ、見つからないように気をつけねばならん。貴官も見張りを頼むぞ」

 そう言うと市川は立ち上がる。

 「何処へ行く?」

 ダワンは尋ねる。

 「少し寝る。だから見張りを頼むぞ」

 「ああ、分かった」

 市川が仮眠をする為に天幕に入ると、ダワンは缶詰の豆を食い終わると見張りの役目をしようと立ち上がる。

 他の見張りの兵士の姿も見える。

 居眠りする事無く敵が来ていないか周囲を見ている。

 青い空と褐色の荒野

 砲声も銃声もエンジン音一つも聞こえない光景がダワンに戦争をしている事をしばし忘れさせるようだった。

 (戦争が終わればなあ)

 戦火が静まっている光景に自分の故郷を思い出し、ふとそう思う。

 「スニール中尉、貴官も仮眠をしてください」

 増山が来て仮眠を促す。

 ダワンは素直に応じてトラックの陰に寝転がり仮眠を取る。


  連合艦隊の佐川参謀長は東京の水交社で寝泊まりをしながらムンバイ撤収作戦の中止を関係者に訴えていた。

 海軍省や軍令部に居る同期や先輩を中心に連合艦隊の総意としてのムンバイ撤収作戦の中止を説いた。

 誰もが佐川の苦労を労い、作戦中止に同意した。

 だが佐川には手応えが無かった。

 作戦中止に向けて動いていると言う情報が聞こえないからだ。

 しかし佐川はこれ以上説得に動ける時間はない。

 コロンボに戻り職務に戻らねばならない。佐川はこの日の朝、泊まった水交社を出て木更津へ向かい、印度へ向かう陸攻に便乗する事になっていた。

 「連合艦隊の佐川少将閣下ですか?」

 水交社を出た所で佐川は誰かに呼ばれた。

 佐川は声の方を見ると陸軍将校が立っていた。

 「そうだが、貴官は?」

 陸軍と会う予定も、会うつもりも無かった佐川にとっては目の前の陸軍将校が何で自分を呼ぶのか分からない。少し身構える。

 「自分は参謀本部作戦課の松井中佐です。閣下とムンバイの件について話したいと思い参上しました」

 松井と名乗った陸軍将校は敬礼しながら名乗った。

 その姿勢と表情はお堅い陸軍と言うイメージそのものだった。

 「自分はこれからインドへ戻りますので、手短にでしたら」

 便乗する陸攻が出発する時間を佐川は案じた。

 「それなら車でお送りしますよ」

 松井は提案に佐川は「ではお言葉に甘えさせて貰います」と応じた。

 松井が乗って来たくろがね四起に乗り、佐川は松井と共に木更津へ向かう。乗っているのは運転する少尉と松井に佐川の三人だ。

 佐川にとっては陸軍と会い仕事をする事はあったが、こうして車に同乗する、ましてや車中での密談をする事は初めてだった。

 少将である佐川は何を陸軍が言うのかと警戒心を高めていた。

 「海軍さんは今後も海路での撤収作戦を続けるのですか?」

 佐川の隣に座る松井は腰を低く尋ねる。松井が中佐で佐川が少将と言う階級差がある。陸海軍の間でも階級の上下は絶対だ。

 少し佐川は逡巡する。この部外者に言うべきかどうか。

 「実は撤収作戦の中止をするべきではないかと意見が出ている」

 佐川は言うことを決心する。

 松井が自分を探して来たと言う事は海軍内での動きを知っているからだろう。隠すのは意味が無い。

 「そうでしたか。自分が聞いた話では佐川少将が撤収作戦中止の運動を海軍の中央でやっていると聞きましたが」

 やはり松井は知っていた。佐川は納得する。

 「その通りです。連合艦隊の意思は作戦中止です」

 「海軍は中止で固まりましたか?」

 「皆は中止にしたいが、政治では中止とは決心していないと言うところだ」

 「そうでしたか」

 「中佐、陸軍はどうなのだ?」

 今度は佐川が松井に尋ねる。

 「陸軍はムンバイへ攻勢をかけようと考えています」

 佐川にとっては思いがけない事だった。

 「攻勢とは、ムンバイの救援ですか?」

 「ムンバイの軍民を陸路で撤収させるのを目的としています。最終的にはムンバイは放棄します」

 「陸からの撤収作戦か。成算は?」

 「ドイツ軍がインドの北部や中部に戦車戦力など主力を配置している。南部はアラブ義勇軍やイタリアなどの同盟軍が多い、これなら我が軍でも成算はある。とはいえムンバイの守備隊こそ収容できるが住民は半分も連れては行けないだろうと言う推定であるが」

 「そうですか」

 佐川は陸軍の構想を噛み砕き呑むように少し間を開けてから質問に入る。

 「しかし、何故陸軍の構想を話してくれるのだ?」

 「それは海軍の協力が必要だからです」

 「どんな協力を?」

 「艦砲射撃などの支援をして欲しいのです」

 「なるほど。小官としては賛同だが長官に諮らねばならぬ」

 「承知しております」

 思わぬ形でムンバイ撤収作戦が大きく動く動く事になりそうだった。

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