第22話 市川支隊動く
「スニール中尉に武器をやってくれ」
市川は同道するダワンに銃を与えるように部下へ命じる。
「拳銃ならある」
ダワンは腰のホルスターから、インド空軍が英連邦軍の頃だった時より持ち続けている回転式拳銃であるウェブリー・リボルバーを取り出して市川に見せた。
「では、小銃か短機関銃を持って来させよう」
ほどなくして、市川の部下は一丁の銃と弾薬を持って来た。
「騎兵銃か。中尉、これでいいか?」
その銃は四四式騎兵銃であった。
名前の通りに騎兵が使う為に作られた小銃で、二つに分解と結合できるのが特徴的な銃だ。
騎兵部隊が少なくなった帝国陸軍において四四式騎兵銃の余剰があり、この戦車第十一連隊にも回って来ていた。
「ああ、これでいい」
ダワンは騎兵銃を受け取る。
「ところで、いつ攻撃をするんだ?」
ダワンは尋ねる。
「まだ決めていない。敵の補給部隊または物資の集積場を探さねばならない」
市川支隊は十分な情報があって出発した訳では無かった。
支隊から斥候を放ち、第6SS装甲軍の補給部隊またはドイツ軍の物資の集積所がどこにあるのか見つけねばならない。
「そうか。だからこうして待機している訳だな」
「それもあるが、空から見つからない為に隠れている」
市川支隊は木々を被ったり、地面と同じ色をした幕を張り待機している。これは昼間に行軍すればドイツ軍機の空襲を受けるからだ。
それは制空権が日本側に無い事を示していた。とはいえ優勢のドイツ空軍も完全に制空権を取っている訳ではないが、鈍足なスツーカが飛んで来れるぐらいの航空優勢をドイツ軍は確保している。
「移動は夜か」
「そうだ。今は休んでおけ」
ダワンは市川がそう言うので休む事にした。
他の日本軍将兵に混じり、トラックの影で寝た。
「疾風」を操縦して戦い疲れがあったダワンはすぐに眠り落ちた。
「起きろ、起きろ」
ダワンは小さな声で起こされた。
ダワンが起きると夕陽が落ちる直前の薄暗い時間だった。
「出発の準備をします。起きて用意して下さい」
声からして市川では無い事は分かった。目の前の兵士は薄暗さの中で誰なのかよく分からない。
日本語で何かを伝えようとしている。起きてくれと言っているらしい事はダワンには理解できた。
ダワンは起き上がると兵士は日本語で「あの装甲車に乗ってください」と指さした。そこには一式半装軌装甲兵車が止まっていた。
「乗って、乗って」
装甲車の中から英語でダワンを招く者がいる。
ダワンはその声に従い装甲兵車に乗り込む。
「私は、増山少尉です。市川大尉の副官です」
増山はカタコトの慣れない英語で自己紹介する。
「少尉、これから攻撃に向かうのか?」
ダワンは増山に尋ねる。
「そうです。これから出発します」
増山がそう答えた時に支隊は出発した。
見つからない為に灯りは付けず、音もあまり立てないように速度はあまり出さずに進む。
「市川大尉から、スニール中尉にはこの車の中に居るようにと」
増田のたどたどしい説明にダワンは「了解した」と答えた。
市川支隊は移動に三時間をかけ、午前二時に攻撃を開始した。
攻撃に参加するのは市川が直に指揮する第一中隊だ。
第四中隊は補給・整備・通信の後方部隊と共に退路を確保している。
「さて、佐伯挺身隊のように行くかな」
市川は大東亜戦争におけるマレー半島での佐伯挺身による夜襲を思い出した。
市川はその場に居なかったが、夜間に戦車を主力に英軍の防衛線(ジットラライン)を突破する戦いはこれから市川が行う夜襲と重なる部分がある。
奇襲の為に夜間の暗さを生かし、発砲も控える。佐伯挺身隊と同様の指示を市川はしていた。
低速でにじり寄るように進む。
九八式軽戦車の砲塔から上半身を出す市川は、どこから撃って来るのではないかと周囲を警戒する。
神経を尖らせる市川の目には暗い夜の荒野しか見えない。
低速で小さく響く自身や近くの僚車のエンジン音だけが聞こえる。
「ぬ、見つかったか」
しかし見張りのドイツ兵は間抜けではなかった。
なるべく静かに進んでも、微かなエンジン音にキャタピラが地を踏む音は聞こえてしまったのだ。
見張りのドイツ兵は持っているMP-40短機関銃を連射する。
「突入!」
市川は無線で命じる。
十四両の九八式が速度を上げて迫るが発砲はしない。
発砲をすれば音と閃光が敵襲なのだと、他のドイツ兵達に分からせてしまう。
おそらく今の瞬間は何が起きているか多くは分かっていない。
この瞬間で一気に、ドイツ軍の物資集積場に侵入する。
第一中隊は敵襲を報せるドイツ兵を無視して、突入する。警報に飛び起きたドイツ兵達は目の前に現れた日本軍戦車に戸惑い驚く。
「射撃せよ!射撃せよ!」
市川は射撃の規制を解いた。
第一中隊の九八式は37ミリ砲や機銃を撃ち始める。
煉瓦のように積まれた弾薬や整備部品が入っている木箱、広く並べられた燃料が入っているドラム缶へ撃ち込まれる。
対空を意識してかけられた偽装網ごと吹き飛ばされたこれらの物資はたちまち炎上する。
この炎がドイツ兵達を混乱させた。
その混乱するドイツ兵へ容赦なく機銃の射撃を浴びせて倒した。
「いいぞ、燃えろ燃えろ」
ダワンは歩兵と衛生兵が乗る装甲兵車から市川の襲撃を眺めて気分が高ぶっていた。
開戦から戦闘機パイロットとして戦っていたダワンだったが、圧倒される事が多かった。
それだけに大打撃を与えているように見えるこの夜襲に、ダワンは思わず昂揚を感じた。
「俺達は戦わないのか?」
ダワンの乗った装甲兵車は遠くから市川ら第一中隊を眺めている様子だった。それが妙に思えダワンは増田に尋ねる。
「私の任務は撃破された戦車の乗員を助ける事です。市川大尉の呼び出しがあるまで待機です」
この装甲兵車の役目は撃破された戦車の乗員を収容する為にあった。
だから作戦に参加しても突入には参加しないのだ。
ダワンは増田の説明で自分が置かれた状況を理解できたが、待機するように命じられている事に地団駄を踏む思いになった。
ダワンはひとまず市川達の活躍を再び眺める事にした。
ドイツ軍の物資集積場は更に燃えて煙が照らされて分かるほどだ。
砲声と銃声が続いている。戦闘は続いているのが聞こえる。
「撤収する!撤収する!」
この無線が聞こえると装甲兵車は動き出した。
「お、行くのか?」
ダワンは期待したが燃える物資集積場に背を向けた。ダワンは自分も戦えると思っただけにがっかりした。
こうして市川支隊による最初の攻撃は終わった。
ドイツ軍が混乱から立ち直る前に撤収した市川支隊は戦車も将兵も失わずに終えた。
一方のSS第6装甲軍では衝撃が走った。
「敵はそう攻めてきたか」
フェーゲラインは市川支隊が物資集積場を襲い、燃料と弾薬を燃やした事に衝撃を受けた。
補給の状況が悪くなる中で、敵がそこを狙って来たのは痛い所を突かれた思いになった。
「補給部隊や物資集積場を守る必要があります」
参謀が助言する。
「敵との本格的な接触を前に戦力を割きたくはないな」
フェーゲラインはぼやく。
日本軍第十五方面軍との戦闘はまだだった。そんな時に戦力を自ら別へ引き裂くのは躊躇われた。
「しかし、現状でも燃料補給に支障が出ています。敵により失われるのは大きな問題です」
参謀は危機的だと強く訴える。
「う~む。分かった戦闘団を作り敵の襲撃部隊を潰すか、補給拠点や補給部隊を守れ」
フェーゲラインは参謀の意見に押されて対市川支隊の部隊を作る様に命じた。
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