第21話 市川支隊の珍客

 「航空隊の偵察によれば敵の先鋒はルッキサライの西方を進んでいます。別働隊と思われる集団はパトナーからガンジス川を渡り、ガンジス川北岸からの進撃を準備しているようです」

 情報参謀からの報告を中川と多田は司令部で聞く。

 インド北部を担当する陸軍第二航空軍は第6SS装甲軍へは偵察を重視して行っている。これは制空権を確実に取れていないからだが、偵察機に使用する機体によっては爆弾や機関砲を装備させて攻撃はさせている。

 とはいえゲリラ的、嫌がらせ以上の効果しかない。

 「敵は順調に進撃しているな」

 中川は偵察の報告を聞きそう言う。防衛線を敷いていないのだから止まる事は無い。

 「まだ敵は補給が機能しているようだな」

 「いや、限界が始まっているかもしれませんよ」

 中川の見立てに多田は異論を挟む。

 「パトナーからガンジス川を渡る集団も主力と同じように動けば補給はしっかり届いています。しかし、動きが鈍ければ補給は主力に優先されている事を示します」

 「推測はそうだが、裏付けが欲しいな」

 中川は多田の言い分は納得できたが、裏付けが欲しかった。

 「我が軍ではスパイを各地に置いていますが、まだドイツ軍に補給の問題が起きているとは聞きません」

 センが言う。

 インド軍はドイツ軍の占領下となる地域に、動向を監視するスパイまたは監視員を配置している。センにはそこから挙げられる情報が届く。

 「待つしかないか」

 中川はそう結ぶ。

 進撃するドイツ軍の補給が不足する時を待つ。それしかないと。

 多田も待つしかないと思うが、それは市川支隊の作戦開始も含めてだ。

 その市川支隊は作戦開始の地点に向けて行軍の最中だ。

 「当面は、航空隊による遊撃戦的な攻撃を続けるしかないですね」

 多田も現状維持で結ぶ。


 インドに展開する日本軍の航空隊は第二航空軍と第三航空軍を束ねる日本陸軍印度航空派遣軍と第一航空艦隊と第二航空艦隊・第三航空艦隊を束ねる日本海軍印度方面航空総隊がある。

 陸海軍それぞれの航空隊が別個に日々作戦を展開していた。

 時には両者で調整を図る事はあったが、共同で作戦を行う事は稀だった。

 それでもインド上空の制空権を確保する事は両者の共通認識であり、あたかも調整をしたかのように陸海軍の戦闘機は日々、制空権を少しでも得ようと出撃していた。

 一方で爆撃機や陸上攻撃機のような対地攻撃を行う機体は単機から数機ごとの出撃ぐらいしか出来ない。

 現状では大編隊を組んでの出撃は無理だ。

 ムンバイの木村艦隊の援護で海軍は久々に戦爆編隊の出撃をしたぐらいである。

 もはや対地攻撃はドイツ軍戦闘機パイロットの目を盗むように行われている。だからこれを空のゲリラ戦と称して、航空遊撃戦と日本軍内で言うようになった。

 そんな航空遊撃戦を行っているのは日本軍だけではない。

 インド軍の航空戦力であるインド空軍である。

 イギリス統治時代の1932年にインド空軍は設立された。第二次世界大戦ではイギリス軍の一員として日本を含む枢軸軍と戦う事になった。

 日本がイギリスをインドから追い出し、インドを独立させるとインド空軍は日本陸軍により再建された。

 かつての装備機であるイギリス製のスピットファイアや、ハリケーンを装備しつつも、日本陸軍の航空機を主力として装備している。

 その日本陸軍と同じ機体である、四式戦闘機「疾風」を操縦するのはスニール・ダワン中尉だ。

 「疾風」ではあるが、標識は日の丸ではなく緑色の丸を中心に白とオレンジの円が連なるインド空軍の標識だ。

 またこの「疾風」にしてもインドで作られた機体だ。

 1940年に当時のインド空軍へ機体を供給する目的で航空機製造会社ヒンドスタン航空機が設立した。インドからイギリスが去った後でも、日本機の製造を行うとして存続し続ける事が出来た会社だ。

 そんな会社が作ったインド製「疾風」をダワンは操縦している。

 「居たぞ、攻撃する!」

 ダワンは共に飛ぶレイ少尉に告げる。

 ダワンとレイの2機の「疾風」は進軍中の第6SS装甲軍の車列を目指して駆ける。

 低空で飛ぶ「疾風」の主翼には対地攻撃用のタ弾なる爆弾が2発装備されている。この爆弾は内部に成形炸薬弾の小型爆弾が内蔵されたものだ。

 「攻撃開始!」

 ダワンとレイの「疾風」はSS装甲軍の車列の上空を飛ぶ。この2機を見た武装SSの将兵は「疾風」を避けるように、右へまたは左へ逃げる。

 低空飛行でダワンは、逃げ回る武装SS将兵の姿を見る事ができた。その様子に不敵な笑みを浮かべた。

 祖国を攻める敵が、自分の姿を見て逃げている。嗜虐的な愉悦をダワンは感じずにはおれない。

 「インドに来た事を後悔させてやる!」

 ダワンは「疾風」の4門ある機銃を放つ。

 装甲の無いトラックやキューベルワーゲンが穴を空けられ、中には炎上する車輌もある。逃げ回る親衛隊将兵の中にはダワンが放つ銃撃に倒れる者もあった。

 「これで止めだ!」

 ダワンは主翼に吊り下げた爆弾を投下する。

 投下された爆弾は中に詰まっている、成形炸薬弾の子爆弾をばら撒いた。

 「疾風」から放り出された勢いもあり、子爆弾は広く散らばる。ダワンが投下し放つ子爆弾の雨はパンターやダワンの「疾風」へ対空砲火を打ち上げるヴィルベルヴィントにも注がれた。

 パンターは後部に子爆弾が命中し、エンジンを壊され停車した。

 ヴィルベルヴィントはオープントップの天井が無い戦闘車輌だ。機銃の射手は飛び込んだ爆弾の炸裂を受けて倒れた。

 「攻撃は成功ですね」

 レイも爆弾を投下し、戦車か装甲車を炎上させていた。

 「そうだ。成功だ」

 祖国を攻める敵に打撃を与えた手ごたえを感じた。

 「敵機だ!敵機!」

 地上の敵に打撃を与えた余韻に浸る時間は無い。空にも敵が居る。

 ダワンは頭上から降る敵機の影をレイに伝える。

 2機は敵機の矛先を避けようと動く、ダワンは左へ、レイは右へ。しかし、敵機の射撃はレイの乗る「疾風」を貫いた。

 「レイ!」

 たちまち火と煙を吹くレイの「疾風」は高度を落とす。ダワンにレイが脱出したのか確認は出来ない。今度はダワンが狙われる番だからだ。

 レイを落とした敵機は2機だと分かった。

 その2機はレイを落として一旦上昇していた。その位置はダワンより上の高度だ。

 「仕方ない、逃げるか」

 レイの仇を討ちたいが、不利な状況を察してダワンはこの空域から脱出する事に決めた。ダワンは高度は上げず低空のまま進む。高度を上げても敵機に近づくだけだ。

 高度を変えずに直進する方が敵機と離れられるからだ。

 「くそ、来るか」

 だが、ダワンへ敵機2機が降下して近づく。機影からしてFw190だろう。

 Fw190がダワンの頭上から銃撃を浴びせる。

 ダワンは「疾風」を低空で左右に逸らして射線から逃れようとするが、それを見てFw190の1機が「疾風」と同じ高度に降りて背後から撃ち込む。

 「畜生、挟み撃ちか!」

 ダワンは高度上げて逃げようとしても、もう1機のFw190がダワンの頭を押さえるような位置を飛行している。

 それでもダワンは右へ旋回して逃げようとするが、背後からの射撃がダワンの「疾風」を貫いた。

 ダワンはもはや「疾風」は持たないと分かった。

 だが、コクピットを降りてパラシュート降下するには高度が低い。ダワンは「疾風」を不時着させる事にした。

 そこで気になるのは、Fw190が不時着した所にも銃撃しないかだ。

 だが迷う暇は無い。ダワンは動力が無くなりかけている「疾風」を操縦し、不時着に集中した。

 ダワンの「疾風」は砂埃や掘り起こした土を巻き上げ不時着した。

 地上を滑り止まった「疾風」からダワンは急いで出る。空を見上げると2機のFw190は撃墜を確認して去って行った。

 助かったと思う一方で、敵の撃墜数の一つにされた事の不快感も抱いたダワン

 そこへ呼びかける声が聞こえた。

 「そこの搭乗員、こっちだ」

 ダワンの目の前には日本兵が居た。

 「早く、早く」

 ダワンは日本語をそこまで分かる方では無いが、手招きする味方の兵士の呼びかけに応じて向かう。

 「怪我は無いかね?」

 日本兵の下へ来たダワンに英語で話しかける士官が居た。元は英連邦軍の一員だったダワンは英語も話せる。

 「大丈夫だ。それより部隊へ戻りたい、トラックか何か乗れるものは無いか?」

 「すまない。後方へ向かう車輌は無いのだ」

 「それはどう言う事だ?」

 ダワンは補給部隊が後方へ向かう車輌に便乗して部隊へ戻るつもりだった。

 「我々はドイツ軍部隊の後方へ向けて進んでいるからだ」

 日本軍士官はすまなそうに答えた。

 「それは興味深い。部隊に戻れないなら、貴官の作戦に参加させてくれ」

 ダワンはこの日本軍部隊の作戦に意欲を見せた。

 「良いのか?部隊に戻らなくても」

 「どうせ戻っても乗る戦闘機は無い。戦えるなら貴官と共に戦いたい」

 「分かった、同行を認める。俺は市川祐基大尉だ、宜しく頼む」

 「俺はスニール・ダワン中尉、宜しく」

 こうしてダワンは市川支隊と共に行動する事になった。

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