第19話 第十五方面軍

 「何故ここへフェーゲラインを連れて来た!」

 総統官邸へフェーゲラインを連れて現れたヒムラーに対してヒトラーは激昂した。

 そのフェーゲラインは委縮してヒムラーの影に隠れるような位置に立っている。

 「色欲にまみれ!酒に溺れる!こんな奴を義理とは言え私の弟だとは思いたくはない!すぐに叩き出せ!」

 ヘルマン・フェーゲラインは義理の姉であるエヴァ・ブラウンがヒトラーと結婚した事でヒトラーの義弟と言う特異な地位を得る事ができた。

 SS長官ヒムラーに気に入られ、総統ヒトラーの義弟になったフェーゲラインは武装SSでSS中将に昇進していた。

 そんなフェーゲラインはヒトラーから不孝を買ってしまっていた。

 煙草は吸わない、酒を飲まない、菜食主義者であるヒトラーはフェーゲラインの過度な飲酒を嫌っていた。

 ヒムラーを介してヒトラーは飲酒について注意をしたがフェーゲラインは改める気が無く、妻がありながら妻以外との関係を重ねる事もヒトラーの心証を悪くした。

 そうした事が重なった時にエヴァの親族の結婚式にフェーゲラインが無断欠席する。

理由は愛人宅で泥酔して動けなかったせいだった。

情けないこの理由にとうとうヒトラーの堪忍袋の緒が切れて縁を切ると宣告した。

狼狽するフェーゲラインはヒムラーに相談した。部下でもあるがヒトラーの妻の義弟からの相談にヒムラーは自らヒトラーを説得すると約束した。

そしてフェーゲラインはSS中将の階級章をつけた軍服を着てヒムラーと共にヒトラーの前に来たのだ。

「総統閣下のお怒りは御もっともです。SS中将と言う高位の立場にありながら公の場に自らの生活の乱れのせいで出席できないなど、ありえない失態です」

ヒムラーは怒れるヒトラーに同調するように言った。

フェーゲラインの顔が青くなり俯く。

「ですが、このフェーゲラインは総統の怒りをようやく身に染みたのです」

「何度も注意をしたのだがな」

ヒトラーは気が収まらない。だがヒムラーは動じず話し続ける。

「総統閣下のお気遣いを無下にしていたフェーゲラインは愚かなのは確かです。ですが、愚か者でも挽回する機会は与えても良いかと存じます」

ヒムラーの提案にヒトラーは「どう機会を与える?」と尋ねる。

「遠くない時期に開始する対日戦でフェーゲラインを指揮官として前線に出すのです。戦果を挙げ総統への忠誠を示すのです」

「なるほど」とヒトラーは興味を示す。

「再び戦場で軍務に就けば乱れた生活を改めるきっかけになりますでしょう。ですので御一考を願います」

「良かろう。ヒムラーに任せる」

これを聞いたフェーゲラインは「ハイル、ヒトラー!総統への期待に応えます!」と敬礼をしながら大声で宣言した。

「貴官には第6SS装甲軍の司令官をやって貰う」

ヒトラーとの面会を終えるとヒムラーはフェーゲラインに役割を伝える。

「最精鋭の装甲軍に私を!ありがとうございます!」

第6SS装甲軍は武装SSが持つ装甲軍として最初に編成された事もあり車輌と人員が充実した装甲軍だ。第二次世界大戦の東部戦線では騎兵師団の師団長を務め、現在は2個師団からなる武装SSの軍団長であった。

そんなフェーゲラインにとって武装SSを代表する戦車軍団である第6SS装甲軍の司令官就任は望外と言える事だった。

「第6SS装甲軍の司令官になるにあたりSS大将に昇進させる。後は貴官次第だ」

「ここまでの御高配、なんとお返しして良いか分かりません」

「なあに、長年の部下の窮地だ。助け船を出してやるのも上官の務めだよ。戦果を期待しておるぞ」

ヒムラーが優し気な笑みでフェーゲラインへ言う。フェーゲラインは「総統の為にも、長官の為にも奮闘します」と誓った。

なんとも感動的な場面だが、ヒムラーはヒトラーの身内に助け舟を出し借りを作ると言う計算でフェーゲラインにここまでしたのだった。


ヒトラーへの勘気を取り除く為、ヒムラーからの恩を返す為にフェーゲラインは第6SS装甲軍を指揮する。首都のデリーを陥落させたがチャンドラ・ボースを逃がし、チェンナイにインド政府が移ってしまった事からフェーゲラインはより進撃せよと命じる。

そんな第6SS装甲軍を日本軍は一〇〇式司令部偵察機などの偵察機を出して位置を常に把握していた。

 「情報によればインド北部を進む戦車軍団はSS第6装甲軍と言うそうです」

 インド東部のコルタカにある第十五方面軍司令部では航空隊のもたらした偵察の情報と共に進撃しているのが第6SS装甲軍と言う名前だと言う情報も舞い込んでいた。

 「武装親衛隊の戦車軍団か。強そうだな」

 第十五方面軍の作戦参謀である多田肇大佐は対峙する相手の正体が分かると地図を眺めながら腕を組む。

 「勝てそうかね?」

 参謀長の中川敏生少将は闘犬や競馬の予想でも尋ねるような気軽さで訊く。

 第十五方面軍司令部はどこか空気が幾分柔らかいものがあった。

 「全軍の先鋒として進むこの装甲軍にまともにぶつかると負けます」

 「だろうな」

 第十五方面軍は仙台第二師団と熊本第二十三師団に独立混成第三十五旅団からなる第十二軍がある。また友軍であるインド軍第五軍団・第七軍団を指揮下に置いている。

 どれも歩兵部隊が主体で装甲軍を相手取るには心許ない。

 戦車部隊は方面軍直轄で置いている戦車第十一連隊や日本軍の各師団に置かれた自走砲中隊ぐらいしかない。

 これでは多田の言う通りにまともにぶつかっては負ける。

 「日本軍の主力が側面から第6SS装甲軍を攻めてくれれば良いのだが」

 方面軍司令部に連絡将校で来ているインド陸軍のシカール・セン中佐が要望を述べる。

 「総軍主力はまだ戦力温存の方針です。我々だけでやるしかありません」

 中川がセンへ答える。その声はどこか宥めるようだった。

 インドに展開する日本陸軍部隊を統括する印度総軍司令部はインドの中部と南部に日本軍部隊を結集して未だほとんどがドイツ軍との戦闘を始めず戦力を温存している。

 これはドイツ軍との戦力差を意識しての事だが、代わりに戦い犠牲となっているインド軍としては複雑な思いだろう。

 その思いを汲んで中川のセンへ向ける口調は尖らない。

 「セン中佐、まだ第6SS装甲軍をこちらへ進ませます。パトナーにまで来た所で作戦を開始します」

 「どのような作戦を?」

 多田の言にセンは尋ねる。

 パトナーはこのコルタカから467km先にある。距離はあるがパトナーで作戦を始める根拠をセンは知りたかった。

 「パトナーの周囲はガンジス川と合流するソン川とカンダック川が流れている。パトナーを起点にコルタカを攻めるにしても補給が難しくなるだろう」

 「確かに河川は部隊の移動や補給の障害になるでしょう。しかし鉄道がありますよ」

 センは指摘する。

 インドはイギリスの植民地であった時代に鉄道が敷かれた。

それはアジアで最初の鉄道と言うほどに早くからの導入で1940年には世界第4位と言える鉄道網をインド全土に広げていた。

その鉄道を使いドイツ軍は補給をするのではとセンは指摘しているのだ。

「ドイツ軍が列車を仕立てるとは考えられます。しかし、補給物資は列車から降ろさなければ部隊へ届きません」

「確かにそうだが」

多田の意見にセンは要領を得ない。

「補給物資が降ろされて集まっている時、補給部隊が輸送中の時、それを狙い攻撃するのです。パトナーまで前進して補給物資を失えばドイツ軍でも足が鈍ります。そこをより叩くのです」

「なるほど分かりました。その補給物資を攻撃するのはどの部隊が?」

センは連絡将校として多田の作戦構想で誰が担うのか知る必要があった。

「我が軍が担う。インド軍にはパトナー撤収後には以前の計画通りにサーヒブガンジとデーオーガルの線で新たな防衛線を張って貰いたい」

「分かりました」

多田の答えにセンは納得した。

「それと、サーヒブガンジの防衛に我が軍の船舶部隊を送ると伝えてくれ」

中川はセンへ付け加える。

だがセンにとってはそれはどの程度有力な戦力なのか知らない。その為に「分かりました」と簡潔な返事をする。

だが、真に危険な役目を多田も中川も担おうとしているのは理解できた。

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