第18話佐川GF参謀内地へ
「第二次撤収船団の損害は大きいな」
コロンボの連合艦隊司令部に第二次撤収船団の詳報が届いた。連合艦隊司令長官である古賀は届いた報告に苦い顔をする。
戦艦「比叡」と駆逐艦「浜風」が撃沈され
戦艦「霧島」は空襲と海戦で機関が損傷して対空火器のほとんどが「アーダーベルト」と「ロイター」の砲撃で叩き潰されていた。
数カ月はドック入りで修理する事になる。
軽空母「龍鳳」は飛行甲板に穴を空けられたがそれ以外の損傷は軽い。
この犠牲を出してインド軍将兵と避難民合わせて7000人をムンバイから運ぶ事ができた。
だが古賀にとっては見合う成果とは思えなかった。
「長官、撤収作戦が消耗戦になりつつあります」
連合艦隊参謀長の佐川は古賀へ意見を述べる。
「これ以上、艦艇を失うのは決戦の時に出せる戦力が無くなります」
佐川は更に古賀へ進言する。
「同感だ。しかし撤収作戦は政治だからなあ」
ムンバイ撤収作戦は政府で決定され軍令部からの命令で実施となった作戦だ。連合艦隊が続行も中止も決められない。
「では、私が東京へ行き撤収作戦中止を具申して参ります」
「よかろう。任せる」
「ありがとうございます」
佐川は古賀の許可を得ると翌日には東京へ飛んだ。
佐川は一式陸輸でシンガポール・台湾の高雄・九州の鹿屋を経て出発から三日後に神奈川県の追浜飛行場に到着した。
追浜飛行場には横須賀鎮守府から車と少尉と運転手の二等兵曹が待っていた。この二人は佐川が東京に居る間に補佐するように命じられている。
「日吉の海軍総隊司令部へ行ってくれ」
最初の行き先は東京では無く同じ神奈川県にある海軍総隊司令部だった。
海軍総隊は海軍の各部隊を指揮統括する組織だ。
インド洋方面は連合艦隊司令部が指揮しているが、日本近海から太平洋・東シナ海・南シナ海の広範囲に展開する海軍部隊を海軍総隊は直に指揮している。
連合艦隊は組織としては海軍総隊の指揮下にある。
だから佐川はまずは海軍総隊へ挨拶に向かったのである。
佐川はまず、海軍総隊司令部に居る同期を尋ねた。
その同期は海軍総隊司令部で参謀長をしている富沢少将だった。
「GF(連合艦隊)司令部壮行会以来、久々だな」
富沢も佐川も何カ月ぶりに面会に顔が綻ぶ。
「コロンボから飛んで来たのは撤収作戦についてか?」
さすが同期だ察しが良いと佐川は思う。
「そうだ。比叡が沈み長門も修理中だ。空母戦力を再建中に戦艦も減っては戦ができんよ」
「艦の消耗はいかんよな。俺もそういう意味では撤収作戦中止には同意だ」
「で、ここや軍令部はどうなんだ?」
佐川は海軍総隊と海軍省軍令部の意向を富沢に尋ねる。
「ここだと比叡が沈んでから止めるべきだと言うようになったな。軍令部も同じようだが海軍省は事情が複雑らしい」
「撤収作戦の目的が外交にあるからか?」
「それだよ。日印が共同して戦う心的な意義を向上させる為だからな。海軍の事情を言い出し難いようだ」
「その難しいのを何とかしに俺が来たんだ」
「ご愁傷さまだ」
二人は煙草を吸いながら話し、吸っている煙草を灰皿に押し付けた時に富沢が提案をして来た。
「うちの長官には挨拶するんだろう?」
「そうだ」
「長官は撤収作戦中止に傾いている。これを機会に長官と組んで中止に進められる筈だ」
「栗田長官と組めるなら嬉しいが正直なところ、頼れるか?」
「ウチの長官は動くさ。だが政府も交えた政治がそんなに早足に動かないだろう」
「政治か…面倒だな」
一時間後に佐川は栗田との面会ができた。
「遠い所からご苦労だ」
栗田はセイロンから飛んで来た佐川を労う。
「それで、撤収作戦についてだったな?」
栗田は佐川に本題を促す。
「はい。撤収作戦の続行は損害を増やし連合艦隊の今後の作戦に支障があります」
「うむ。それは古賀さんの意見なのか?」
「はい」
栗田は参謀達が独走している可能性が無いか確かめた。
「俺も作戦続行はいかんと思っている」
富沢の言う通りに栗田は撤収作戦の中断に傾いている。
「連合艦隊の総意として作戦中断を進言しに来たのだな?」
栗田は佐川に念を押す。
「そうです。作戦中断は連合艦隊の総意です」
「その総意を海軍総隊の総意として軍令部総長や海軍大臣へ伝えよう」
栗田は動いてくれるようだが佐川は不足に感じた。
「長官、小官で動ける事はありますか?」
栗田は佐川の申し出に少し困った顔をした。
「さすがに俺が貴官へ何かを命じるのは古賀さんに申し訳が無い」
「すみません出過ぎた事を言いました」
困った栗田の様子を見て佐川は謝る。
「いや、いいんだ。せっかく上京したのだ。戦果を挙げてセイロンに戻りたいだろう」
「はい。撤退作戦決定の確証があればいいのですが」
「それは明日や明後日では無理だ。決定には政治が絡む」
またしても政治である。佐川は内心で嘆息した。
「長官、その政治に関してですが。障害となっているのは何でしょう?」
「外務省だな。日印の友好関係の為に作戦は実行するべきだと。だからと言って外務省へ怒鳴り込んでくれるなよ」
「もちろんです。そんな事をすれば古賀長官に迷惑をかけます」
「だが、無為に過ごしても帰っても面白くはないだろう。軍令部や海軍省に同期でも居れば挨拶に回るのも良いのではないかな」
佐川は栗田の助言を受けて行動に移る。
富沢にも呼び掛けて軍令部や海軍省の要職にある同期と会う段取りをつける。
軍令部や海軍省内でムンバイ撤退作戦中止の機運を高めるのだ。
一方で印度全体の戦局ではデリーを陥落させた第6SS装甲軍が東進を再開し、アーグラを占領、次いでカンプールを目指してインド北部を進撃中だった。
4個の装甲師団に2個の装甲擲弾兵師団を中核に編成されたこの軍団がインド侵攻の主軸だった。
ドイツ軍のインド侵攻作戦「モンスーン」は第6SS装甲軍がインドを北部から攻め、打通し日印軍をインドの中部や南部へ追い詰める作戦だ。
インド洋の制海権を確立できない為にインド洋沿岸である南部の進撃に貴重な装甲師団を投入できないからだ。
そうした理由から内陸の北部から攻めるのが基本戦略となっている。
「日本軍は何処だ?」
第6SS装甲軍の司令官であるヘルマン・フェーゲラインSS大将はインド侵攻以来、日本軍と接触していない事に奇妙さを感じていた。
指揮下のアラブ軍がデリーで日本軍らしい戦車隊と交戦したらしいが、それ以外ではインド軍だけしか接触していない。
ここまで姿を見せない日本軍にフェーゲラインは不気味に思えて来た。
「日本軍はどこかで待ち伏せているでしょう。斥候を増やすべきです」
参謀長のエクムント・オッペルSS少将が提案する。
「そうだな。だが、斥候や偵察活動の為に進撃を止める訳にはいかんぞ」
「分かりました」
フェーゲラインは第6SS装甲軍を西ベンガルまで突き進ませ、戦略的な包囲をできる形にしなければならない使命を実現させようとしていた。
第6SS装甲軍の後ろには第11SS装甲軍が続き包囲の輪を形成する。包囲の輪を作る為には日本軍に時間を与えてはならない。
機械化部隊である装甲軍の速さを生かして突進するだけだ。
その使命に対する熱意は自分の為でもあった。
後の歴史家もフェーゲラインが第6SS装甲軍の司令官に就任したのはヒトラーの義弟であったからだと語る。
それは半分当たっているがもう少し事情がある。
ヒトラーが嫌う飲酒や女性関係の乱れをフェーゲラインは繰り返し、とうとうヒトラーから縁を切られる寸前にまで怒らせてしまった。
それをSS長官ヒムラーがフェーゲラインを前線の司令官にする事で心を改めさせると取り成した。
フェーゲラインは最高権力者の義理とは言え兄弟である地位を守る為に戦っていたのだ。
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