第17話 第二次撤収船団の帰路

 第2インド洋部隊は「ロイター」が合流してからディエゴ・スアレスに針路を変えた。

 「敵戦艦1隻撃沈、1隻ニ損傷ヲ与エ敵艦隊を撃退セリ」

 クメッツはインド洋艦隊司令部へそう報告を挙げる。

 この報告をチクリアスが聞いたのは朝の6時に起床した直後に副官からの電話で知った。

 「おはようございます閣下、そしておめでとうございます」

 チクリアスが宿舎からインド洋艦隊司令部に入るやマテウスが挨拶をする。

 「何か良い事があったかね?」

 「第2インド洋部隊が敵戦艦1隻を撃沈しました。これでシャルンホルストの仇は取れましたね」

 チクリアスは戦艦「シャルンホルスト」の初代艦長を務めていた。その「シャルンホルスト」はマダガスカル沖海戦で戦艦「羅臼」と「阿蘇」により撃沈された。

 マテウスはその事から「比叡」を撃沈した事を吉報として述べたのだ。

 「<シャルンホルスト>には愛着はあるが執着はないぞ」

 チクリアスはマテウスへ諭すように言った。

 「これは失礼しました」

 マテウスは素直に謝る。

 「ですが水上艦艇の価値は保てましたよ。海軍では優勢な日本海軍を相手に」

 マテウスは「比叡」撃沈の価値について語る。

 「確かに、ようやくUボート以外で我が海軍の戦果を挙げる事ができたからな」

 海軍総司令官が元Uボート艦長でUボート艦隊司令官でもあったカール・デーニッツであるからUボートに対する総統を含めて評価は高い。

 水上艦艇の整備は米英日に対してかなりの差があるから資材と費用が投じられているが戦果を挙げねば今より拡充する事は難しいかもしれない。

 先の大戦でも水上艦による戦果はあまり無く、Uボートによる通商破壊作戦で英国を攻めた事がより注目されてしまっていた。

 だからこそ戦果が必要だった。

 「だが貴官は対日戦で戦力を消耗する事に反対なのだろう?」

 チクリアスはマテウスの理念を問う。

 「その通りです。しかし、存在感を示さなければなりません。戦力の出し惜しみは忌むべきところかと」

 マテウスは出る時は出るべきと答えた。

 「そうだな」

 チクリアスは答えに納得する。

 将来の備えも必要だが、目の前の敵と戦い組織としての存在感を示す必要がある。

 しかしそれは政治的な考えだ。

 やはり海軍本部の人間なのだ。マテウスの考えは揺るいで無いとチクリアスは確かめられた。

 ディエゴ・スアレスに戻った第2インド洋部隊は損傷艦をイタリアへ送る準備始めた。

ディエゴ・スアレスにもドックはあるが損傷が軽い艦だけが使用している。これは日本の空母部隊による空襲を警戒しての事だ。

 長期の修復工事を要する主力艦がドックの中で爆撃を受けて破壊される訳にはいかないと考えていた。これは先の大戦でドイツ軍占領下のフランスのブレスト港で英軍の爆撃により戦艦「グナイゼナウ」と巡洋艦「プリンツオイゲン」が損傷を受けた先例があるからだ。

 損傷が酷い巡洋艦「ポツダム」と艦首に魚雷が命中した「アーダーベルト」は本格的な修理の為にディエゴ・スアレスからイタリア南部にドイツが作ったドックへ向かう事になる。


 木村艦隊は第五戦隊と合流してコロンボに帰還したのは二日後だった。

 避難民を乗せた第二次撤収船団がチェンナイに到着したのは三日後だが何事も無かった訳では無い。

 第一次撤収船団が帰路でドイツ軍のUボートに襲撃された事から第二次撤収船団の上空にはセイロン島から飛び立った対潜哨戒機「東海」と二式飛行大艇が援護に飛来した。

 だが航空機が飛ばない夜間になるとUボートは襲い掛かった。

 船団を直に守る駆逐艦「梅」は接近する魚雷から輸送船「第三金剛丸」を守るべく魚雷をその身に受けて沈んだ。

 だがこれだけでは済まない。

 「日本海軍は輸送船を守るのに必死だな」

 「桃」が「第三金剛丸」を庇い撃沈されたのを見たU-1512の艦長であるクライバー大尉はその勇気に感嘆する。

 「あれほど守る輸送船には重要な物があるのでは?」

 副長が言うとクライバーはそうだなと納得する。

 「また護衛艦に邪魔されるのも癪だ。ミソサザイを使うぞ」

 クライバーが言うミソザザイとは音響追跡魚雷であるG7esの事だ。クライバーは「第三金剛丸」を確実に撃沈する為にミソサザイを使うと決めた。

 「今度こそあの輸送船を沈めるぞ。撃て!」

 クライバーの命令で2本のミソサザイが放たれた。

 「今度は我が艦が行くぞ!」

 海防艦「宇久」が「第三金剛丸」を庇おうとするがミソサザイは「第三金剛丸」の船尾へ向きを変える。

 「何だと!?」

 「宇久」の艦長は突如向きを変えた魚雷に驚く。

 このミソザザイの存在はかつてはドイツの同盟国であった日本にも隠されていたからだ。

 2本のミソサザイは「第三金剛丸」のスクリューからの響きに引かれるように突き進む。

 「第三金剛丸」の船長は全速力でミソサザイから逃げようとするが、逆に機関やスクリューの音が大きくなり余計にミソザザイを呼び寄せてしまっていた。

 「魚雷を撃て!」

 「宇久」の艦長は機銃や高角砲で海中を撃ち少しでもミソザザイを攪乱しようと試みる。

 高角砲の砲弾が海中で炸裂した衝撃でミソサザイの1本が音響追跡の機器が破損して迷走した。

 だが残る1本が「第三金剛丸」の船尾に命中した。

 後ろから何かがぶつかったような衝撃を受けた「第三金剛丸」では避難民であるインド人たちが悲鳴を上げる。

 「くそ、敵潜を抑えねば」

 駆逐艦「桑」に乗る船団直衛の護衛隊司令は更なるUボートの攻撃を抑え込まねばと焦燥にかられる。

 「駆逐艦<浜波>より通信、『<浜波>ト<沖波>ニ敵潜ノ掃討準備あり』です」

 木村艦隊から輸送船団に移されていた駆逐艦「浜風」など駆逐艦4隻から2隻がU-1512を抑えると少し遠回しに進んで申し出たのだ。

 「了解した。敵潜攻撃をせよと返信だ」

 護衛隊司令の了解を得た「浜波」と「沖波」がU-1512が潜むであろう海域へ向かう。

 無事である2隻の輸送船と空母「龍鳳」を守る為にU-1512から少しでも離れようと海防艦2隻と駆逐艦3隻は先行する。

 「宇久」と駆逐艦「清霜」は「第三金剛丸」を守る為に残っている。

 「持たんなあれでは…」

 しかし、「第三金剛丸」は沈みつつあった。

 魚雷が命中した船尾に大きな穴が開き、そこから浸水して「第三金剛丸」は後ろから沈みつつあった。

 乗っているインド人の中には海へ飛び込む者達が出ていた。

 「これはいかんぞ。我が艦はこれより救助作業に入る」

 「宇久」が短艇を降ろし救助作業に移るのを見た「清霜」も同じく救助作業を始めた。

 「浜波」と「沖波」がU-1512を海上から抑え込む中で「第三金剛丸」の救助作業が進められる。

 収容能力の問題から「沖波」も救助作業に加わる。

 「清霜」・「沖波」・「宇久」は甲板に溢れんばかりに「第三金剛丸」から乗員や避難民や撤収するインド軍将兵を乗せた。

 救助作業の中断が決まったのが日の出の時だった。

 「我が艦がこんなに人を乗せるのは初めてですな」

 「宇久」の副長は「宇久」の艦首から艦尾までの甲板に機銃の台座にまで乗る救助したインド人達を眺めながら言った。

 「だが、また船団を出すなら同じぐらい乗せるかもしれんぞ」

 艦長はUボートの脅威に今後また船団を出すのかと不安があった。

 今度は1隻だけでは済まないだろう。民間人の犠牲が大きくなると。

 日が昇る時に「第三金剛丸」は海中に引かれるように沈んだ。

 U-1512は「第三金剛丸」に魚雷を命中させた後により深く潜り「浜波」と 「沖波」をやり過ごした。

 「浜波」・「沖波」・「清霜」・「宇久」はUボートの再襲撃を警戒し、ジグザグ航行しながらチェンナイに入港したのは第二次撤収船団が入港して5時間後の夕刻であった。



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