第14話ムンバイ沖夜戦

 「敵艦発砲!」

 「始まったな。このまま進め」

 「アダーベルト」と「ロイター」による主砲の砲炎を見た木村は直進を命じた。

 「霧島」と「比叡」は35・6センチ主砲で「アダーベルト」と「ロイター」の40センチ主砲では「霧島」と「比叡」が射程が及ばず不利だ。

 主砲で戦うには距離を詰めるしかない。

 「水雷戦で露払いをすべきでは?」

 原村が進言する。

 巡洋艦と駆逐艦が魚雷を放つ水雷戦で敵を牽制しようと原村は提案しているのだ。

 「予定通りに行う。交戦はまだだ」

 木村はあくまで当初立てた作戦案の続行を示した。

 (戦力に余裕が無い。夜間の水雷戦を挑み一撃離脱するのが一番損害が少ないが敵を止めるには不確実だ)

 ムンバイから出港する船団を守る為に敵艦隊の針路を妨害するのが木村艦隊の役目であった。

 だから一時的なショックを与えるだけでは不十分だと考えていた。

 「敵艦発砲!」

 「着弾!右舷!近し!」

 「アーダベルト」の第三射が「霧島」の近くに着弾した。

 「敵戦艦との距離は?」

 「2万です」

 「よし!撃ち方はじめ!」

 木村は「アダーベルト」と「ロイター」の距離が2万mに近づいたと知るや「霧島」と「比叡」に射撃を命じた。

 「どうだ?近いか?」

 「遠いですね」

 「霧島」と「比叡」は日本海軍として初めての射撃レーダーいわゆる電探射撃を行った。

 日本海軍がようやく実用化にこぎ着けた射撃電探である六式三号射撃電探による射撃であったが「霧島」と「比叡」の砲術長はどうも良い手応えが良くないと感じた。

 電探射撃は電探が反応し示した位置を射撃盤と呼ばれる計算機が数値化して主砲を撃つ最終判断を行う射撃指揮所が数値を元に照準を合わせて敵へ撃つ号令をかける。

 電探は暗闇でも敵艦の位置を掴める目だと思っていただけに砲術長はアテが外れたように思えた。

 「電探の数値だけに頼ってはいかんな。射撃手、こっちで修正入れてから撃て」

 第三射になっても敵艦の位置を修正できないと分かるや人の手による修正を加える事を決めた。

 「三回の修正でようやく近に持ち込めたな」

 人の頭と手が入ってようやく「霧島」と「比叡」は「アーダベルト」と「ロイター」の近くに着弾させる事ができた。

 だがこの間に「アーダベルト」と「ロイター」は射撃レーダーによる射撃で確実に「霧島」と「比叡」へ伸ばした手を近づけていた。

 「くそ!先にやられた!」

 「比叡」が被弾するのを見るや原村は悔しさを素直に口にした。

 だがその瞬間に「霧島」も後部と前部に合わせて2発被弾し原村は衝撃に倒れる。

 「司令」

 「ああ無事だ」

 原村は同じく倒れた木村の無事を確かめる。

 「どうやら電探の技術は敵が上のようだな」

 ゆっくり立ち上がりながら木村は暗い中の夜戦における能力差を実感した。

 「では探照灯を点けますか?」

 「捕捉されたとはいえ開き直りたくはないな」

 原村は真面目に言ったが木村は原村がどこか冗談めいて言ったように聞こえたようだ。

 探照灯もといサーチライトを点けるのは敵艦を照らし出せるが同時に自艦の位置も照らし出してしまうからだ。

 「電探が壊れん限りはこのまま砲術長には頑張って貰おう」

 木村はこのままの状態で戦う事にした。

 「霧島」がようやく「アーダベルト」に命中弾を与えたのは「霧島」が二度目の被弾を受けた後だった。

 距離は1万5000mに近づいていた。

 「霧島」の砲弾は2発が命中した。だが炎上をしたり行き足が鈍くなっていると言う感触はない。

 一方で木村艦隊の巡洋艦と駆逐艦は戦闘を開始していた。

 日独双方が火蓋を切ったのは同時だった。

 だが「足柄」と「那智」による突進にドイツ巡洋艦「ハーメルン」と「ポツダム」は阻止しようと同航戦に持ち込む針路に向ける。

 日独の巡洋艦が同じ針路を並んで進みながら撃ち合う格好になる。

 それを待っていたかのように「足柄」と「那智」は魚雷を発射した。魚雷は「ハーメルン」の3本、「ポツダム」に1本が命中した。

 「ハーメルン」は炎上して止まり「ポツダム」は艦の中央から火災を起こして速度を25ノットに落としていたが主砲を撃ち続けていた。

 「敵巡洋艦は捨て置け!このまま突っ込む!」

 「足柄」と「那智」の第五戦隊を指揮する沢村少将は突進を命じた。「ハーメルン」にも「ポツダム」にも止めを刺さず前進をするのは「アーダベルト」と「ロイター」に魚雷を撃ち込む為だ。

 日本の艦艇は水雷戦を重視していて装填して2回は魚雷を発射できるようにはなっている。

(他国では発射管に装填してある分だけ)

 だが「アーダベルト」と「ロイター」へ魚雷を撃ち込むのは「足柄」と「那智」ではない。軽巡「球磨」と駆逐艦4隻だ。

 「足柄」と「那智」はあくまで露払いをしているに過ぎない。

 「球磨」と駆逐艦を「アーダーベルト」と「ロイター」の前へ連れて行くのが目的だ。

 この接近しての水雷戦に勝機を木村は掴もうとしていた。

 遠距離雷撃による牽制では与える打撃は少ない。敵を確実に止めるために。

 それが当初の作戦案である。

 木村は「霧島」の艦橋から第五戦隊と敵艦か放つ砲炎そして火災により戦闘が起きているのは分かった。

 だが作戦通りに動いているかは木村も「霧島」に居る誰もが分からない。

 しかし暗闇の中で戦闘が繰り広げられ次の展開へと向かっていた。

  

 「敵巡洋艦3隻が接近しています」

 クメッツは報告を聞きながら「霧島」と「比叡」の方向を見ていた。 

 前には正面から撃ち合う敵がいて、これから騎兵の如く横合いを突くように敵巡洋艦が近づいている。

 雷撃をするのだろう。

 そうなれば「アーダーベルト」と「ロイター」は挟み撃ちにより危機に立たされる。

 形成が不利になると悟ったクメッツは押し黙りながら額から冷や汗を流した。

 「敵戦艦へ前進だ。敵戦艦をまず仕取める!」

 クメッツは決断した。

 「駆逐隊は敵巡洋艦の突撃を抑えろ!」

 このクメッツの命令をドイツ駆逐隊は既に実行していた。

 「足柄」と「那智」の前に立ち塞がるようにドイツ軍駆逐艦2隻の一列縦隊が進み出た。もう2隻の縦隊は離れた後方を進む。残る4隻は「アーダーベルト」と「ロイター」の護衛をしている。

 「突破だ!突き進め!」

 沢村はドイツ駆逐隊のささやかな壁を小癪に感じながら突進を命じる。

 「足柄」と「那智」は主砲により敵駆逐艦を追い払おうとする。

 「左舷!魚雷接近!」

 見張りが「足柄」と「那智」へ向かう雷跡を発見した。

 離れた位置にあった2隻のドイツ駆逐艦が放った魚雷だった。

 「取り舵!いっぱい!」

 「足柄」と「那智」は右舷へ回頭する。

 幸いにして魚雷を受けずに済んだ。しかし今度は「足柄」と「那智」の前進を防ごうとした2隻が雷撃をするような動きが電探により見えた。

 「ここまでか」

 沢村は前進の頓挫を悟る。

 重巡洋艦2隻が駆逐艦4隻に翻弄されるのは癪だが雷撃をまともに受ける訳にもいかない。

 「球磨へ伝えろ。ここの敵は我が抑える。敵戦艦へ向かえ」

 沢村は「球磨」と駆逐艦4隻にバトンを渡したのだ。

 「球磨」は「了解我ラ期待ニ応エン」と返信してから「足柄」と「那智」と分かれて「アーダベルト」と「ロイター」へ向かう。

 「敵が分離して接近しています」

 クメッツはそれを聞くと「残る駆逐隊で防げ」と命じた。

 「敵の騎兵突撃が来るか」

 海の上にありながらクメッツは陸で戦っている気分になる。主力または本陣を助ける為に側面または後方から突こうとする「球磨」と駆逐艦4隻は快速を生かして突撃する騎兵にクメッツには見えた。

 本陣を突くスパイク(長槍)ならぬ魚雷がいつ刺さるかクメッツはこれから起きる現実と見えてきた。

 「おお!敵戦艦が火災を起こしましたぞ」

 被弾の閃光が瞬いた直後に敵戦艦のどれかから大きく火の手が上がるのが見え幕僚がクメッツへ吉報だと伝える。

 「敵は沈黙しておらん。まだだ」

 クメッツは迫る危機により慎重な物言いになっていた。

 だが火災を起こした「比叡」はクメッツが見ているよりも酷い状況にあった。

 「比叡より報告、缶室被弾により火災発生、航行不能」

 木村は中央部から吹き上がるように燃える「比叡」を見ていた。報告を聞くと「いかんな」とだけ言った。

 「艦長代理、霧島の損傷は?」

 木村は「霧島」の艦長代理へ振り向き尋ねる。

 ムンバイの空襲で負傷した艦長に代わり副長である長野中佐が艦長代理をしていた。

 「主砲に異常はありませんが、被弾により速度は18ノットに低下しております」

 長野の報告を聞いた木村は腕時計を見る。

 ムンバイ沖で輸送船団と分かれてから3時間が経過していた。

 輸送船団は12ノットだがドイツ艦隊が24ノットで追いかけても追いつく頃には朝になりセイロン島からの海軍航空隊が攻撃できる行動範囲に入っている。

 「撤収する。輸送船団が離れられる時間は稼げた」

 木村の決心に誰も異論は無かった。

 「ですが敵戦艦が気になります。あの様子だと損傷は軽いでしょう。追撃をして来るやもしれません」

 原村が懸念を述べる。

 敵の巡洋艦と駆逐艦に打撃は与えたが敵戦艦「アーダベルト」と「ロイター」へは大きな打撃は与えた感触は無い。

 逆にこちらは動けない「比叡」と傷が大きい「霧島」である。

 木村は覚悟を決める時だなと思えた。

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