第13話 木村艦隊出港

 ドイツ空軍によるムンバイへの攻撃が散発的になりほぼ止むと避難民や負傷兵の乗船が再開された。

 「乗船完了は午後2時の見込みです」

 木村へ避難民の乗船状況が伝わったのは正午の事だった。

 「出港は夕方か」

 どこか憂いのある言い方を木村はした。

 「敵潜ですか?」

 医務室から左腕に包帯を巻いて艦橋へ戻って来た作戦参謀である原村少佐が木村の思うところを推察する。

 「そうだ。敵潜はムンバイの出口で待ちかまえているだろう。暗くなればなるほど敵潜が優位になる」

 「しかし航空戦力は我が艦隊もムンバイ守備隊にもありません。明るいからと言っても潜水艦の脅威は変わりません」

 「それがな。あるのだよ」

 木村の言う事に原村は首を傾げる。

 ムンバイにあった水上戦闘機「強風」は全滅し、空母「龍鳳」は機体はあるが飛行甲板に穴を開けられ発艦ができなくなっている。

 ムンバイの守備隊にしても航空戦力は元々ない。

 どこから飛行機が出てくるのかと原村は思った。

 「司令、三七一空から連絡です。<水偵ノ発進準備完了セリ>以上です」

 通信科の士官が報告をすると木村は微笑む。

 三七一空は強風こそ失ったが地上の要員はまだ残っている。

 「三七一空にまだ機体があったのか」

 「こっちの機体を預けたのだよ。空襲で潰されるよりはと霧島と比叡にあった水偵を降ろしたのだ」

 それは原村が医務室で治療を受けている間の事だった。

 原村は「さすが司令」と木村の手際の良さを素直に称えた。

 木村は機体が勿体ないと言う事とまだ整備能力は残っている三七一空を活用して自前の航空戦力を生かす方法を編み出したのだった。

 「三七一空へ1330時より哨戒飛行開始を要請すると伝えろ」

 木村の要請を受けて三七一空は「霧島」と「比叡」から預けられた零式三座水上偵察機を2機発進させた。

 搭乗員はどれも「霧島」と「比叡」から来た者達ばかりだ。

 どの機体も60kg爆弾を4発づつ機体中央に装着している。どの爆弾も敵潜水艦への武器だ。

 「いたぞ敵潜だ」

 すぐにムンバイ港の目の前で水偵は海面下に灰色の異物となって見えるUボートを発見する。

 それらのUボートへ爆弾を投下し撃沈させようとするが爆撃の訓練をそんなにしていない水偵の搭乗員では至近弾を浴びせるのがやっとであった。

 この頃に戦艦に乗っている水上機は以前の零式水上観測機から零式三座水上偵察機に変わっていた。

 レーダーの発達と戦闘機の高速化が低速で飛びながら戦艦が放つ主砲の弾着を見守り観測する余地を無くしていた。

 こうして水上観測機は退役となり連絡機や哨戒機として三座水偵が載る事となったのだ。

 爆撃の腕が低いのは仕方ない事だったが水偵の搭乗員は自らの腕の低さを悔しがった。

 だが攻撃を受けたUボートは空の脅威に戦慄する。

 艦艇からとは違い空の上からでは浅い深度では姿を露出させているも同然だからだ。

 「これは浅深度では危険だ」とUボートの艦長に思わせ深度を深く潜らせる事を強いる。

 撃沈できなくともすぐに雷撃ができないように頭を押さえ込む事には成功していた。

 2機の水偵が爆弾を全て投下するともう2機の水偵が爆弾を装着して飛び立つ。

 もはやドイツ軍機が接近しないムンバイ沖の上空は零式水偵が制する空間となっていた。

 「避難民の乗船完了しました」

 「出港する。駆逐隊先行せよ」

 木村は午後2時30分に出港を命じた。

 駆逐艦が先行しUボートをへの警戒を行い次に巡洋艦が出て次いで輸送船と空母、最後に戦艦が殿の如く出港した。

 「潜水艦を押さえてありがとうよ」

 「ゲタ履きがこんなに頼もしいとは思わなかったぜ」

 「霧島」と「比叡」の乗員は上空を旋回してUボートを警戒する水偵へ帽子を振り自分達を守ってくれている事に感謝を表す。

 「我が艦の真上を戦艦らしい大型艦が2隻通ります」

 「巡洋艦3隻に輸送船数隻もあるなかなかの規模ですな」

 潜行中のUボートは木村艦隊と避難民の輸送船団をソナーにより探知していた。

 「だが今浅深度に浮上すれば敵機の標的だ」

 Uボートの艦長は空の脅威によって攻撃を控えた。

 例え水偵の搭乗員が爆撃する腕が高くなくても水偵の存在が大きな武器となっていた。

 木村艦隊と輸送船団を合わせた第2次撤収船団はムンバイをUボートにも見送られながら出港する事ができたのであった。

 だがこのまま帰路へ就けると安堵はできなかった。

 「ムンバイ守備隊より連絡、敵艦隊発見!」

 「来たか敵艦隊」

 哨戒中の伊33潜水艦やセイロン島から長距離索敵を行っていた二式飛行大艇が戦艦「アーダベルト」と「ロイター」からなる第2インド洋部隊を4時間前に発見してからその存在は分かっていた。

 方向はどれも東進でムンバイへ向かっているのは確かだった。

 そしてとうとう近くにまで迫っていた。

 「伊33は敵艦隊の速力が24ノットと言っています。追いつかれます」

 原村は懸念を述べた。

 第2次撤収船団は輸送船に合わせて12ノットで航行している。

 まだ木村艦隊では肉眼で見えない敵艦隊

 ただ戦うだけなら良いが多くの民間人や負傷兵を乗せた輸送船を守らなければならない。

 「引き返そう」

 木村が決然と言った。

 「前衛部隊は反転し敵艦隊へ向かう。ただし第二十七駆逐隊は船団護衛

を行え」 

 8隻ある駆逐艦から4隻を船団護衛に回し戦艦2隻・重巡洋艦2隻・軽巡洋艦1隻に駆逐艦4隻で木村は敵艦隊へ向かう。

 「戦艦はどれも空襲で損傷を受けています。不利な戦いになりますね」

 原村は案じる。

 ムンバイに着く前の空襲で「霧島」と「比叡」は砲戦をする能力は無事だが速力が落ちる損害を受けている。

 魚雷の命中により浸水が起きた箇所もある。

 戦艦と撃ち合うには不安があった。

 「敵艦を沈めなくとも良いのだ。足止めし時間を稼げれば船団を逃がす事ができる。それが俺達の作戦の目的だ」

 木村はこれから始める戦いの意義について述べた。

 「敵艦隊を引きつけると言う事ですか」

 「そうだ。敵艦隊を交戦により撤退させられれば良いが簡単にはいかんだろうな」

 木村もこれからの戦いに一抹の不安を抱えているのを表すようにムンバイ沖のインド洋は日没の時を迎える。

 暗くなる海面がどこか不気味にさえ見えた。

 「電探に感あり!」

 陽が水平線に吸い込まれる直前だった。「霧島」の電探が第2インド洋部隊を探知した。

 木村は「砲雷撃戦用意!」の命令を下すと「我が艦隊はまず敵艦隊の進路を塞ぐ!」と作戦の意図を示した。

 「丁字戦法ですか?」

 原村は米軍ではT字戦法とも呼ばれる敵艦隊の前を横断して進路を塞ぐ戦法を使うのかと木村へ問いかける。

 木村は「そうだ」と答える。

 「だが敵を丁字で撃滅する訳ではないぞ。我が艦隊の姿を誇示してより敵艦隊を引きつけるのだ。丁字戦法が成功したならば追撃か同航戦を行う敵艦隊を南へ更に西へと誘引する」

 輸送船団を逃がすことを目的にした作戦内容に原村も「霧島」の艦長代理をしている副長も同意した。


 「我が艦隊の与えられた役目・使命を再度述べたい」

 第2インド洋部隊司令官であるクメッツ中将は戦闘前に全艦へ通達を始めた。

 「日本との戦争においてUボートは敵空母を幾つか撃沈し空軍は敵戦艦に打撃を与えている。だが我が水上艦隊、戦艦部隊はどうだ?何の戦果も無い!逆に「シャルンホスルト」と「グナイゼナウ」を失っている!」

 空母「大鳳」・「翔鶴」・「雲龍」をUボートが沈め、空軍は戦艦「長門」を大破させ「霧島」と「比叡」に損傷を与えている事を言い戦艦「阿蘇」と「羅臼」により「シャルンホスルト」と「グナイゼナウ」が撃沈された事をクメッツは言っている。

 「このままではドイツ海軍の戦艦または水上艦隊の価値は無きものと思われるだろう」

 この場合の「無きものと思われる」と思う誰かは総統であるヒトラーだと誰にでも理解できた。

 「戦果を挙げ艦隊の名誉を、価値を!上げようではないか!」

 クメッツはこう結ぶと艦隊の将兵の士気は上がった。

 戦果を挙げていない事に不満が水兵達にもあったのだ。

 「お見事です。これで士気は大いに上がりました」

 参謀長のワルター大佐が労う。

 「今回は何としてでも敵戦艦を撃沈せねばならん。戦果もなく手ぶらで帰る間抜けになってはいかんのだ。将兵には奮起して貰わねば」

 クメッツは自身と艦隊が被る汚名をここで払おうとしているのだ。

 木村が空母部隊からの空襲を受けて反転したのを損害の多さに引き返したと判断しディエゴスアレスに戻ろうとしてしまったのだから。

 あのままディエゴスアレスに戻れば敵を見逃した間抜けになってしまう。だからこそ奮起をクメッツは求めたのだ。

 「敵艦隊は尚も接近中です距離は1万8000」

 「これでいい。捕捉しやすい」

 クメッツは敵将の勇敢で良かったと思った。

 ムンバイから出た輸送船団と共に東へ退いて行かれたら捕捉するのに今少し時間がかかったであろう。

 「このまま敵艦隊と交戦に入る。砲戦用意」

 二列の縦陣で進む第2インド洋部隊は先頭にある「アーダーベルト」と「ロイター」に砲戦を命じる。

 「準備よし!」

 「砲撃開始!」

 クメッツが命じると二戦艦の艦橋前にある2基の主砲が放たれる。

 暗くなったインド洋に砲火が広がる

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