第12話 ゲーリングの焦燥

 インド各地で木村艦隊を援護する為に日本海軍航空隊が航空攻勢をした事でドイツ空軍は木村艦隊へ攻撃に向かう部隊の多くが出撃できずにいた。

 だが日本軍の空襲の影響を受けずにムンバイへ近づく編隊があった。

 パキスタンのクエッタから出撃した4機のHe277爆撃機だった。

 ドイツ空軍はJu87スーツカに代表されるような前線での作戦を重視した戦術空軍と言われているがウラル爆撃機計画でソ連への爆撃を行える戦略爆撃機について研究も第二次大戦前から研究していた。

 大戦中の爆撃機開発計画であるB計画によりHe177と言う戦略爆撃機または重爆撃機をドイツは持つ事はできた。

 だが2基のエンジンを1組にして繋げ、それを2つセットに主翼の左右に配置して双発のようで4発エンジンと言う妙な仕組みはエンジンの不調を招き使い勝手が悪いために次の新型機が求められた。

 それがHe277だった。

 無理矢理なエンジン配置をやめて普通の4発の重爆撃機として作られたHe277はドイツ空軍に採用され戦略爆撃機部隊の機体として装備された。

 そんなHe277は爆弾倉に500kg爆弾を6発搭載していた。

 対艦誘導弾のフリッツXやHs293などを搭載すべきかもしれないが対艦攻撃を想定していないHe277部隊である第1重爆撃機飛行隊には無い装備だ。

 だが前線の混乱を受けずに飛び立てる爆撃機部隊が第1重爆撃機飛行隊ぐらいしか無かった。

 だから無茶な命令が下ったのだ。

 「戦艦から見れば俺たちはカモだ。高高度からの水平爆撃を行う」

 飛行機とは言え高速性は無い重爆撃、飛行隊長は狙う精度が少しでも低くなる高高度からの攻撃を選んだ。

 「ようやく稼働状態になったかと思ったらこれだ。戦艦を沈めるのに必死過ぎるぜ」

 空母の航空団が「霧島」と「比叡」に打撃を与えた後でドイツ空軍内には前線の兵士にも伝わるぐらいに「空軍での戦艦撃沈」に熱を上げているのが分かった。

 前線部隊がと言うより遠くベルリンからのお達しがあったからだ。

 国家元帥にして空軍大臣のヘルマン・ゲーリングが「止めも空軍でやれ!海軍に横取りされるなよ!」と命じたからだ。

 開戦からインド上空の制空権を掴みつつはあったが日本軍の航空戦力に大打撃を与えた感触を得られずゲーリングにとっての「誇る戦果」が無かった。

 そこへ海軍が「大鳳」・「翔鶴」・「雲龍」をUボートによって一度に沈める戦果を挙げた。直後に「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」が撃沈されたが目立った戦果にゲーリングは地団駄を踏んだ。

 そこへ空母航空団による「霧島」と「比叡」へ打撃を与えたという報告はゲーリングを2隻を撃沈する事への執着を生んだ。

 それがHe277の出撃にも及んだのだ。

 「敵機接近!高度7000!」

 「霧島」の電探がHe277の編隊を捉える。

 「高高度で爆撃するつもりか」

 木村はHe277の意図を図りかねていた。

 「ドイツ軍には対艦誘導弾があるそうです。もしかしたら誘導弾を使う為に高度を高く飛んでいるのでは?」

 航海長が危険を示唆する。

 「誘導弾だと厄介だな。主砲で弾幕を張るしかないが」

 木村は「霧島」と「比叡」に主砲による射撃を命じた。

 三式弾による炸裂がHe277を囲う。

 「戦艦でもこの高度じゃ小さいな。しかも動いているとなる当てられるか・・・」

 H℮277の爆撃手は照準器を覗きながらぼやく。

 「いいさ。訓練もしれいない事をやれと言うんだ。このまま爆弾を投下しながら突っ切る」

 「霧島」と「比叡」に撃たれながらHe277は爆弾を投下する。

 だが回避運動をする戦艦には当たらず海面を叩き水柱を上げるだけだ。 でも飛行隊長は「これで義務は果たした」と思っていた。

 訓練もしていない対艦攻撃を一応はやったのだ。義務は果たしただろう。

 「水平爆撃か。あんな高度では当たるまいに」

 高度7000mからの爆撃に木村は意図をまたしてもは図りかねた。

 ドイツ空軍内での上下の隔たりを木村は知りようも無かった。


 ドイツ空軍による空襲は基地航空隊による航空攻勢もあってその後は散発的なものになった。

 ゲーリングの意地で無理矢理出された爆撃機が飛来するものの2機や3機ではあまり大きな損害を「霧島」と「比叡」には与えられなかった。

 「くそ、不甲斐ない!空母を呼び戻して再度攻撃させろ!」

 ベルリンでムンバイでの戦果報告を聞いた空軍省大臣室のゲーリングはそう怒鳴り散らす。

 「しかし空母は海軍の管轄でして・・・」

 報告に来た連絡将校である少佐は恐る恐る意見する。

 「そうだったな・・・くそ!」

 ゲーリングは悪態をつきながらどうしようもない事実を受け入れる。

 空母に乗る航空隊は空軍だが空母は海軍の所属だ。いくらゲーリングが国家元帥の地位があるとはいえ海軍を指揮できる訳ではない。

 「攻撃続行はできるか?」

 ゲーリングは少佐に尋ねる。

 「現地は夜になります。夜間攻撃が可能な部隊はありますが少数ですので・・・」

 ゲーリングは空を蹴り「くそ!」と怒りを吹き出す。

 少佐は自分にその怒りが向けられないか不安になりながら様子を見守る。

 「もうよい、戻りたまえ!」

 ゲーリングは苛立つ声で少佐を大臣室より追い出す。少佐は敬礼をしてドアへ向くときに胸をなで下ろした。

 「このままではインドで空軍は単なる脇役ではないか」

 ゲーリングは一人思う。

 空軍による制空権確保や対地支援の役目は果たしているが政治的には目に見える戦果が必要だと言う考えがゲーリングに「霧島」と「比叡」を撃沈したいという執着になっていた。

 「野戦師団を前線へ送るか。それで戦果を挙げるしかあるまい」

 ゲーリングの言う野戦師団は空軍野戦師団の事だ。

 これは空挺部隊である降下猟兵師団とは別のものだ。

 前の大戦における東部戦線で陸軍の損耗を補充するために空軍からも将兵を差し出す事になった際にゲーリングが空軍将兵を陸軍へ送るぐらいならと言って作られたのが空軍野戦師団だった。

 とはいえ兵は警備兵から整備兵と雑多であり空軍に野戦指揮官は多く無く陸軍からの将校を置いて部隊としての組織を整える必要があった。

 だが今では訓練により空軍野戦師団は空軍将兵だけで精鋭と言えるものに仕上がっていた。

 更に空軍の機甲師団である2つのヘルマンゲーリング装甲師団も擁していた。

 歩兵師団と言える空軍野戦師団は8個に装甲師団が2つと降下猟兵師団8個と合わせると空軍にしては突出した地上戦力がゲーリングのドイツ空軍にはあった。

 この戦力を使いインドのどこかを攻略しようとゲーリングは思い始めた。

 「陸軍や武装親衛隊の手を借りることなく何処か要所を攻略できれば政治的には海軍に遅れは取るまい」

 ゲーリングにとっての戦争に勝つ相手は敵国では無く空軍以外の組織でありヒムラーやカイテル・デーニッツなどヒトラー政権の要人であった。

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