第7話ムンバイ撤収作戦決定

 インド首相チャンドラ・ボースが市民を含むムンバイから全員の撤収を希望したからだ。

 日本側は難色を示した。

 何万もの市民を収容する船団の確保は当然としてインド軍が市民の避難完了まで持ちこたえられるかだった。

 インド軍を見くびる過小評価している訳ではないが日本陸軍よりも火力が乏しい部隊がどこまで厳しい条件下で戦えるか不安だった。

 東京の参謀本部も同様で印度総軍司令部や外務省へボースを翻意できないか打診していた。

 だがデリーより移動の途上であるボースとの連絡は一時不可能だったがチェンナイに着くや日本側の打診に対して「どうか市民を助けていただきたい!」と意志を変えなかった。

 大本営政府連絡会議でも討議された。

 ムンバイでの案件は軍事の問題でもあり外交問題でもあるからだ。

 日独開戦時の日本政府は寺内寿一元帥が総理の内閣だった。

 寺内は本心としてはムンバイのインド軍も市民も放っておけばいいと思っていたが外務大臣の重光葵は違った。

 「皇軍がムンバイの軍民を助ければインド国民の感情をより親日に高まる。今時戦争においてインド国民は皇軍へより協力になり勝利に寄与するだろう」

 この意見に陸軍大臣の畑俊六大将は同意する返事をした。

 「しかし言うは易しです。実際の撤収が成功するか。海軍はどうですか?」

 陸軍参謀総長の阿南推幾大将は軍民全ての撤収作戦の実現性を危惧する。

 「連合艦隊司令部と協議した結果ではインド軍だけの撤収なら高い成功率はあるが市民も全てとなれば犠牲は大きいと判断している」

 海軍軍令部総長の塚原二四三大将が答えた。

 「撤収作戦を実施するのか?」

 阿南は続けて問う。

 「研究と準備はしている。ムンバイへの補給物資を届けている輸送艦が帰路にムンバイからの避難民を乗せてコロンボまで運ぶような現場での独自の動きはある」

 海軍総隊司令長官の栗田健男大将が答える。

 日本海軍はムンバイが撤収なのか固守なのか方針が定まらない中でも比較的高速な第一号型輸送艦により補給がムンバイへ届けられた。

 インド軍からのムンバイ市民を乗せて欲しいと言う要望を輸送艦の艦長や輸送部隊司令が受け入れ実行した。

 とはいえ1隻または2隻ごとで1度に運べるのは200人や300人ぐらいだ。これまで1000人ほどを運んだに過ぎない。

 「私は海軍がムンバイへの撤収作戦をやる意志があるのかが知りたい。正直に答えて頂きたい」

 塚原にしろ栗田にしろ曖昧な返事だったからだ。

 阿南は苛立っていた。

 「海軍としては」と答えたのは海軍大臣の井上成美大将だ。

 「ムンバイからの軍民撤収作戦を実行する意志がある。ただし無事で全員を運べる自信は無い」

 塚原にしても栗田にしてもはっきり言わなかった事を井上は言った。

 「井上大臣それは海軍に自信は無いと言う事ですか?」

 畑陸相が井上に問う。

 「遺憾ながらインド西部海域の制海権を我が軍が確保できていない。何千何万規模を何度も運ぶ船団を仕立てて運ぶとなれば無事に済むとは限らない。運べるが全員とは限らない」

 畑のストレートな質問に井上は元来の陸軍への嫌悪感から来る不快感を抑えながら答えた。

 「幾らか運べるなら実行するべきだと思います。総理」

 畑は寺内に同意を求める。

 陸軍元帥の総理とはいえ陸海軍の作戦について可否を決める権限は無い。

 だが陸海軍の討議は行き詰まりそうになっていた。総理の寺内に方向性を決めて欲しいと畑は思ったからだ。

 「私も陸軍大臣と同感です。これは同盟の真義の問題です。作戦をやる事に意味がある」

 重光が後押しする。

 「海軍は実行はできるのだな?」

 寺内は井上に問う。

 「実行はできる。ただし犠牲や長期化は覚悟して頂く」

 井上はぶっきら棒に答えた。

 「ではやろう。軍民撤退でムンバイからの撤収作戦を陛下に裁可して頂く。軍民撤退でのムンバイ撤収作戦に賛成か反対かそれぞれ述べて貰いたい」

 寺内の求めに誰もが賛成の意思表明をした。


「ムンバイの灯火確認!」

 「砲撃用意!」

 日本海軍の挺身部隊はインド東部の都市ムンバイの位置を挺身部隊に伝える灯台の灯火を確認した。

ムンバイを守備するインド軍を支援すべく戦艦「金剛」と「榛名」による艦砲射撃を行おうとしていた。撤収作戦実行前に日本軍はアラブ軍に打撃を与えようとしていた。

 「敵はどうか?」

 「電探と見張りは敵艦を発見しておりません」

 「予定通り開始せよ」

 挺身隊の「金剛」と「榛名」は8門の主砲を放つ。

 暗闇を突如照らす砲撃の閃光にアラブ軍は驚き、支援が来ると知っていたインド軍は喜んだ。

 ムンバイに派遣されている海軍の観測員が砲撃する目標を示し砲弾はアラブ軍の頭上に降り注ぐ。

 「ムンバイの派遣隊より連絡が来ました。印度軍ムンバイ守備隊司令官からです。艦砲射撃の大いなる助けに感謝する。です」

 ムンバイ守備隊が「金剛」と「榛名」の砲撃に驚喜してムンバイへ艦砲射撃の観測と連絡の為に派遣されている海軍派遣部隊へ感謝を伝えて来たのだ。

 この無邪気な感謝のされ方に挺身隊司令や参謀達は微笑む。

 「周囲に異常は無いか?」

 「ありません」

 「よし。反転して再度砲撃を続行する」

 艦砲射撃は航行しながら縦陣を組んで行われていた。

 ムンバイ沖は制海権が不確定な海域だからだ。

 艇身隊は縦陣のまま反転して砲撃をしていた海域に戻り砲撃を再開した。

 「駆逐艦「浜風」が潜水艦らしき音を探知しました」

 「予定より早いが砲撃を止め撤収する」

 ムンバイ沖に展開するUボートの1隻が挺身隊へと迫っていた。

 地上への砲撃以外の交戦は回避せよと連合艦隊司令部から命じられていた挺身隊は艦砲射撃を止め撤収に入る。

 速度を上げて海域を離脱する挺身隊にUボートは追いつけず挺身隊の成すがままにこの夜の戦闘は終わった。

 ディエゴガルシアでの敗北の後での損失のない作戦成功に連合艦隊司令部は溜飲が下がる思いになった。

 ムンバイ守備隊は再度の艦砲射撃による支援を望んだ。

 同時にアラブ軍はドイツ軍に日本軍の艦隊を撃退して欲しいと望んだ。

 撤収作戦開始を前に戦火は拡大しようとしていた。

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