第6話帝国陸軍印度総軍

 日本陸軍は日独開戦前に印度派遣軍を印度総軍に改変して大規模な戦闘集団に変えた。

 地上部隊が5個軍25個師団を中心に80万人があり、航空戦力は3個航空軍3000機を擁する戦力を一元指揮するのは山下奉文元帥である。

 対米英戦争では英領マレーを攻略した事から「マレーの虎」と言われた将軍である。

 英軍に勝った将軍としてインド軍との共同作戦では協調できると期待されての人事である。実際にインド軍の高級軍人からは好意的に受け入れられている。

 そのインド軍は22個師団と12個旅団の90万人を擁する戦力がある。だが師団は全て歩兵師団であり銃火器でさえ前の戦争で滷獲した英軍や米軍のものを装備して不足を補っている。砲兵戦力も満足にあるとは言えず戦線の隙間を埋めたり要地の守備や警備に期待される戦力だった。

 その為に80万人の日本軍がドイツとの戦いの中心を担う事になる。

 とはいえ日本軍も十分とは言い難い。

 戦車の戦力は5個戦車師団と5個戦車旅団を合わせて2000両以上がインドに展開している。日本陸軍史上では最も多くの戦車が集まってはいるが一式中戦車が100両以上もあり、なんとかドイツ戦車に打撃を与えられる三式中戦車が1000両でようやく正面から撃ち合いができる四式中戦車が220両となっている。

そして日本陸軍の切り札である国産の88ミリ砲を装備した五式中戦車が80両ある。

 他は二式軽戦車や九五式軽戦車が200両と五式対戦車自走砲が120両ある。

 数が多いように見えるがドイツ軍が中戦車のパンターだけでも1000両をパキスタンに持ち込んでいる事を考えると「なんとか打撃を与えられる」三式を主力とした日本軍戦車部隊には分が悪い。

 対戦車火力として日本版突撃砲と言える五式対戦車自走砲がある。

 四式中戦車の車体に固定の戦闘室を作り四式75ミリ砲を備えた自走砲だ。外見としてはドイツのⅣ号駆逐戦車に似た形だ。

 独立混成戦車旅団や一般師団へ配属される自走砲中隊または独立戦車部隊を中心配備されている。

 役割としては進撃するドイツ軍戦車部隊との防御戦闘を行う事だ。機甲科将校の中には四式中戦車や五式中戦車を作るよりも五式対戦車自走砲を優先して作るべきだとの主張があった。

 砲塔のない自走砲だから量産に向いている。だから長砲身75ミリ砲を装備した車輛がⅠ両でも多く配備できると。

 だが自走砲だけでは防御はできても反撃はできない。とする意見が同じく機甲科からもあり戦車の生産を中心に五式対戦車自走砲も優先して作ると言う玉虫色の結論となった。

 とはいえ未だ大量生産の能力が不足していて戦時態勢ではない日本にあって日独開戦前に120両の五式対戦車自走砲を作れたのは僥倖と言えた。これは陸軍が欧米の戦車に対抗できる戦闘車輛を欲していたのもあったからだ。

 対米英戦争休戦後の日本陸軍は対米戦が再開した場合に島嶼部の防衛に五式対戦車自走砲を置く構想を開発段階から持っていたのもある。

 だが120両だけでは不足である。

 陸軍は対戦車車輛の増強に急場をしのぐ方策を採る。

 装備が三式中戦車に代わって余った九七式中戦車チハを集めて一式自走砲に改造したのだ。

 砲塔を外して車体に九〇式75ミリ野砲を据え付けたオープントップの自走砲が一式自走砲ホニⅠである。

 試みに九九式八糎高射砲を装備したホニⅣが作られた。

 だが88ミリ砲の射撃にチハの車体では耐えるに難しいと判断されホニⅣは採用されなかった。

 そこで四式七糎半高射砲(75ミリ高射砲)を装備したホニⅤが作られた。今度は射撃の衝撃に耐え正式採用となり七式対戦車自走砲と名が付いた。

 外見こそはホニⅠと変わらない。戦闘室は防盾が前面だけの自走砲だ。

 本来ならホニⅢこと三式対戦車自走砲のように密閉した戦闘室で検討されたが日独の緊張が高まり作業工程を減らして少しでも部隊配備を急いだのだ。

  開戦前に大急ぎでこしらえた七式対戦車自走砲は280両になる。

 こうして整えられた日本陸軍の戦車戦力は多くがインド中部に結集して温存されていた。

 「遺憾ながら我が軍の戦車は正面からドイツ戦車には勝てん」

 温存の理由はこの具申された意見によってであった。

 意見を具申したのは戦車第一師団の師団長である池田末男少将だった。対米英戦争の休戦後にバクダッドで行われたドイツ主催の日独親善式典に池田は参加していた。

 式典の会場にはパンターやテイーガーなど重装甲で強力な火力を備えた戦車を見ることができた。ドイツ軍はそれらの戦車を池田ら日本軍将校達の前で動かし性能を披露した。

 チハに乗りマレー半島で英軍を破りながら縦断して日本版電撃戦をやり遂げた池田だったがドイツの戦車は日本の戦車とは次元が違った。

 まさに激しい弾雨に耐えながら機敏に進む鋼鉄の騎兵だ。日本の軽量で強力と言い難い砲を備えたチハとは戦車の設計も運用する思想が違うと実感した。

 「ドイツはソ連や米英との戦いにおいて戦車同士で何度も激戦を繰り返した。その繰り返す中で戦車を打たれ強く厚い装甲にして遠距離で敵戦車を撃破できる強力な砲を持つように開発した。この差は大きい」

 印度総軍司令部で師団長まで参加する会議の席上で池田は自ら発言してそう述べた。

 師団長の発言は検討はされるものの軍司令部の方針にそこまで影響は無いが日本陸軍で「戦車の神様」と称えられる池田の発言は無視できないものだった。

 ましてや池田の活躍した戦場を指揮した山下が総軍の司令官なのだから池田の意見具申は総軍司令部に浸透した。

 池田の存在もあったがドイツ戦車に対して日本戦車は力不足なのは陸軍将校でも共有されていた下地があった。

 だが「戦車戦力を結集し乾坤一擲の反撃を行えば・・・」と言う考えが総軍の参謀部にあり不安と不確実な希望が入り交じっていた。

 そんな総軍の戦車への考えを池田が定めたと言える。

 「我が軍の戦車はドイツ軍の戦車が全力を出す時に使うべきではない。補給線が延び燃料が不足したところを戦車で反撃するべきだ」

 池田の示した方針は温存策だった。

 ドイツ軍が補給を満足に受けられる範囲では戦車戦を仕掛けないと言う方針だ。

 だからドイツ軍のインド侵攻が始まっても日本軍戦車のほとんどがインド中部で待機していた。

 戦車だけではなく歩兵など他の兵科の日本軍もインド中部にあってドイツ軍の初手の一撃をかわしていた。

 だがその代わりにインド軍の幾つかの部隊が開戦直後からドイツ軍やアラブ義勇軍と交戦をしていた。

 しかしインド軍の第27軍団がインド西部の都市ムンバイに孤立してしまっていた。

 ムンバイの北にあるスラトからドイツ軍と戦い追い立てられた第27軍団はムンバイに追い込まれながらも防衛戦を続けていた。

 ムンバイがボンベイと呼ばれたポルトガル領の時代に城塞が築かれたとはいえムンバイのインド軍は包囲され補給が途絶えている。いつかは抵抗の力は尽きる。

 インド軍の総参謀部はドイツ軍を幾らか引きつけたらムンバイの軍団が降伏して戦列から離れるだろうと考えていた。

 だがムンバイの報告が諦めの心境を変えた。

 ムンバイを包囲するドイツ軍と共にパキスタン軍やアラブ義勇軍が加わっているのが確認された。

 しかもパキスタン軍やアラブ義勇軍は数を増やしてドイツ軍から包囲戦を引き継いでいるらしいと第27軍団は報告を挙げた。

 ドイツ軍は第27軍団の見る通りに包囲戦をパキスタン軍やアラブ義勇軍に任せていた。

 ドイツ軍としてはインド軍ではなくほとんど姿を見せない日本陸軍の地上部隊を探していた。

 立て籠もりをするインド軍は異教徒との闘いに熱心な同盟軍に任せたのだ。

 第27軍団はこの宗教戦争の様相にドイツ軍に対してとはまた違う覚悟を決めて戦うようになった。

 負ければどうなるか分からない。命ある限り戦うと言う徹底抗戦に変わっていた。

 インド軍総参謀部はチェンナイに移転してすぐに日本軍印度総軍司令部へムンバイの第27軍団を救援して欲しいと要請した。

 だがもはやムンバイと日印軍の前線は120kmも離れている。

 戦車戦力がドイツ軍に負ける日本軍にあって長駆の前線突破は不可能に近い。まして制空権が獲得できていないのでは尚更だ。

 そこで印度総軍はコロンボの連合艦隊司令部へ打診する。

 「ムンバイのインド軍を海上から救援できないか?」

 連合艦隊司令部はすぐに返事をした。

 「救援の内容による。増援を送り込むのか?撤収させるのか?」

 印度総軍は増援は可能かと尋ねた。

 「一度で幾らかの兵力を送るのは可能だが補給を続けるのは自信が無い」

 ディエゴスアレスへの第三艦隊による攻撃の前ではあったが制海権と制空権が無くなりつつあるインド西部近海に輸送船団を何度も出すのは危険だった。

 「では撤収はどうか?」

 「何度かに分けて主に夜間に行うなら可能だ」

 こうして海軍主導によるムンバイ撤収作戦が決まる。

 だがここからスンナリと事が進む訳でも無かった。

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