第5話 デリー夜戦

 「果たしてやれますかね」

 池上曹長が戦車中隊長である日野中尉へ尋ねる。

 ここは一式中戦車の車内だ。池上は愛車であるこの一式中戦車でドイツ軍戦車とやり合えるかと日野に尋ねた。

 「やり方次第さ。もうすぐ夜だ。暗くなればドイツの重戦車も真っ暗闇で戦うはめになる」

 一式中戦車はお世辞にも強い戦車とは言えない。

 単純に火力と防御力で言えば九七式中戦車改と変わらない。普通に戦えば47ミリ砲の一式はパンターやティーガーの巨砲かつ重装甲にはかなわない。

 だが地形や気象を生かせば性能が劣っていても勝機はあると日野は常に

部下へ言い続けていた。

 そう言い続けないと時代遅れで軽戦車と同等である一式でドイツ軍の戦車に立ち向かえない。

 デリー支隊の戦車大隊は3個中隊のうち2個中隊が75ミリ砲の三式中戦車だが1個中隊は一式のままであった。

 戦車第一師団は四式中戦車や五式中戦車が配備されているが来るドイツ装甲師団との決戦に備えて温存しデリーには派遣していない。

 

 デリーは夕陽に照り暗いとばりが濃くなる。

 そんな時にデリーの西や南のインド軍の陣地からドイツ軍らしい斥候や偵察の姿が報告される。

 「さあ首相、お早く」

 インド政府の庁舎では秘書に促されボースが容易されたダットサンの車に乗り込もうとしていた。ボースや最後まで残る政府職員も同行する。

 峰地も連絡将校として同行する。

 「待って、出発を待って」

 そこへ一人のインド軍将校が駆けて来る。

 「ドイツ軍の装甲車がデリーの東にも現れました。出発しては危険です」

 「もうそこまで来ているのか」

 ボースもさすがに焦りを見せた。

 「首相、我が軍の戦車を送り道路を確保します。それまで出発は待っていただけないか?」

 峰地はボースと見送りで来ているデリー防衛軍司令官のマジャール中将へ提案する。

 「首相、私はミネジ大佐に同意します」

 マジャールがそう言うとボースも「分かった。任せよう」と賛同する。


 「第三中隊はこれより機動歩兵一個小隊と共にデリー東方の道路を確保する」

 日野はこの命令を受け中隊を率いて出撃する。

 14両の一式中戦車が歩兵小隊の装甲兵車を連れて進む。インド軍の陣地を通り過ぎ敵味方どちらの支配地域か分からぬ地に出る。

 日野は第1小隊を先行させ警戒しながら進む。

 「こちらタキ1、敵らしきモノを見ゆ!」

 第1小隊が何かを見つけた。

 「そこに友軍はいない!撃って構わん!」

 日野は即座に言った。

 夜間戦闘は出会い頭の遭遇戦だ。先手を打たねばならない。

 幸いにも日野の部隊以外に友軍はいない。先頭の第1小隊が遭うのは敵意外いない。

 「目標、敵車輛!」

 第1小隊は戦闘に入る。4両の一式中戦車は迫る敵らしき車輛の影と向き合う方向に旋回する。

 「装填でき次第射撃開始!」

 第1小隊長はとくかく先手を打ちたいので撃てる戦車から撃たせる。

 徹甲弾を装填し狙いを定めた1両が撃つと残る3両も次々に撃つ。

 47ミリ砲から放たれた砲弾は敵らしき車輛に命中し炎上した。

 「敵車輛を撃破!敵は装甲車です」

 第1小隊が撃破したのはドイツ軍の偵察車輛であるsdKfz231だった。8輪車の軽装甲車であるので一式中戦車でも容易く撃破できたのだ。

 「敵の斥候か。本隊が近くにいる筈だ」

 日野は敵の撃破により警戒心を高める。

 偵察車輛を送り出した敵の本隊が居るはずだと。

 「敵との会敵に警戒せよ」

 日野は無線で促す。

 どこかに敵部隊は居る。それを示すように戦車の音が遠く響いている。

 「タキ1よりタキ11へ。敵戦車と思われる影と音が近づいています」

 どうやら敵は燃える装甲車の明かりを頼りに集まっているらしい。

 「これより中隊全力で敵戦車部隊と戦う」

 日野は決心する。敵はどんな戦車なのか不明だが非力な一式では部隊全力で立ち向かう必要があるだろう。

 小隊ごとに分散していた第3中隊は第1小隊のところへ集結する。

 「歩兵小隊は道路に展開して警戒せよ」

 機動歩兵は装甲兵車から降りて分隊ごとに散らばり警戒にあたる。

 第3中隊は戦車だけで迫る敵に挑む。

 性能では負ける一式中戦車が性能に勝るドイツ戦車と戦うには地形を生かした待ち伏せが良いのだが生憎と隠れる場所のない平地である。

 だが夜の闇が姿を隠す幕になっている。

 「あれはⅣ号だな」

 敵戦車は燃える装甲車の近くに来た。

 炎の明かりで戦車の形が見えた。Ⅳ壕戦車だ。

 ドイツ軍が第二次世界大戦で使用した主力戦車だ。1948年の今ではもはや古い戦車だが長砲身75ミリ砲は強力な火力だ。

 一式中戦車が正面から立ち向かうには苦しい相手である。

 「これより敵戦車部隊を襲撃する」

 日野が命じると闇夜で敵を伺っていた一式中戦車が動き出す。

 「敵はまだ気づいていないぞ。突撃!」

 敵のⅣ号戦車は見えるだけでも5両は見える。

 だが日野達の襲撃に気がついて砲塔の向きを変える様子はない。

 「よし、停車!撃て!」

 Ⅳ号の真横で急停車させると日野は自分の乗る戦車に射撃を命じる。

 3mほどしか離れていない至近距離で放たれた47ミリ砲弾はⅣ号の車体側面のエンジンまで届き炸裂した。

 「よし!撃破!」

 燃えるⅣ号を確認して次の目標を日野は探す。

 部下達の戦車は同じようにぶつかるように敵戦車へ突進して急停車し、至近距離から射撃してⅣ号を撃破していた。

 他国の戦車と比べて火力が非力な一式だからこその戦法だった。

 弱点射撃と呼ばれる戦法は敵戦車の脆い箇所を狙って撃つと同時に砲の威力が弱い為に至近距離での射撃も行うようになっていた。

 その訓練を幾度も積んだ日野達の成果がこうしてⅣ号戦車の撃破という形で成果を挙げていた。

 「次だ!急げ!」

 敵戦車を撃破した事を喜ぶ暇はない。

 日野はすぐに次の敵へ向かう。

 他の一式中戦車もすぐに撃破したⅣ号から離れて手近なⅣ号へと向かう。

 対するⅣ号は味方が燃える炎で一式の姿を視認した。その方向へ砲を向け撃ち始めているが命中しない。

 まだⅣ号の乗員は急な襲撃に慌てているようだ。

 「奇襲をされたらドイツ軍でもこんなものか」

 日野はまた1両のⅣ号を撃破すると動きが鈍い様子をそう感じた。目の前の戦車部隊は日野による襲撃を受けて部隊としての動きが止まった。

 個々の戦車で動いてはいるがまとまりがない。

 「もう少しやれそうだ」

 敵の混乱に乗じてもう一撃与えられると日野は考えた。

 「新たな発砲炎が見える!」

 池上が無線で報せる。

 日野はその方向へ目を向けると6つか8つの閃光が瞬いては消えるのを見た。その閃光が消えると同時に砲弾が着弾する土煙が上がる。

 「ここまでか。後退する」

 新たな敵が現れ形勢が崩されると見えた日野は部隊を下げる。

 しかし戦場から立ち去る訳ではない。

 インドの指導者ボースを撤退させる道路を確保しなければならない。日野は敵と少し離れてまた攻撃を行うつもりであった。

 「インド軍の砲撃か。ありがたい」

 燃える敵戦車の辺りへインド軍砲兵が砲撃を始めた。

 燃えるⅣ号戦車の周りを砲撃の着弾による炸裂が幾つも連続する。日野にとっては敵の動きを少しでも鈍らせる助けになる。

 「砲撃が終わり次第敵戦車へ突撃する」

 だが砲撃が終わると事態は変わっていた。

 「敵が撤収しています」

 しかし日野の予想に反して敵は撤収する。

 撃破されて炎上するⅣ号戦車から上がる炎が来た方向から戻るⅣ号のシルエットを照らしていた。

 「敵戦車部隊と交戦し敵戦車部隊を撃退せり」

 日野は峰地へ連絡する。

 「敵戦力は不明である。今しかこの道は通れない」

 すぐにでもボースを撤収させるべきだと日野は強く訴える。どんな戦力があの暗闇の向こうに居るのか日野には分からない。

 部隊を再編成または増援を受けた敵がまた進撃を再開する可能性もある。敵が退いたばかりの今しか日野が守る道路は通れないだろうと予感していた。

 「了解したすぐに向かう」

 峰地からの返事はシンプルだった。ボースが動くとは無線で口にはできないからだ。


 「アラブ義勇軍の先鋒が撃退されたそうです」

 デリーより西方へ80kmにあるドイツ武装親衛隊の第6SS装甲軍司令官であるヘルマン・フェーゲラインSS大将が仮眠をしようとした時に報告を受けた。

 「それでアラブ義勇軍はどうしている?」

 「退却して部隊を再編成中であります。朝には偵察を出してから進撃を再開すると報告しています」

 「そうか賢明な判断だ」

 フェーゲラインの受け止め方はどこか淡泊である。

 戦略的に見て些細な損害と言うのもあるが、日野達の日本軍戦車隊と交戦したのはドイツ軍ではなくアラブ義勇軍だからだろう。

 アラブ義勇軍は第二次世界大戦でドイツが攻略し今もドイツの勢力圏にある親ドイツのアラブ諸国から集まった連合軍である。

 サウジアラビアやイラク・イラン・イエメンなどからドイツ軍に協力すべく集まったこの軍団をアラビア軍と称していた。

 フェーゲラインはそのアラブ義勇軍を2個旅団指揮下に置いていた。その2個旅団を指揮するハリーファ・ビン・マタル少将はフェーゲラインにデリー東部へ早急に進出しての包囲を提案した。

 だがフェーゲラインは部隊がまだ整わないまま急いで敵の後方へ回り込む事に難色を示したがマタルの熱心さに折れた。

 成功を期待しておらず失敗しても「まあそんなものだろうと」としか思わなかった。

 マタルが性急な行動をしたのはデリーの補給を断つ意味もあるし後の展開でドイツ軍の攻撃に呼応してデリー一番乗りを果たす為の橋頭堡を自ら確保する意味があった。

 そこまでマタルを駆り立てるのはアラブ義勇軍が担う作戦がインドのイスラム化であった。

 インドで主に信仰されている宗教はヒンドゥー教だがイスラム教徒もインドに住んでいる。

 インド西部と東部が分裂してパキスタンを名乗って独立したのは宗教の違いによる棲み分けだった。そして今の日独開戦の理由がインドとパキスタンの対立が要因の一つである。

 日独の覇権争いでもあり宗教対立による戦争がこの日独によるインドでの戦争の特色であった。

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