第4話 デリーにて
「もうデリーを離れなければならんか?」
インド首相であるチャンドラ・ボースは日本陸軍将校へ尋ねた。
「はい。敵はすぐそこですので」
ボースに答えるのは峰地貞蔵大佐である。彼は日本軍からインド政府へ派遣された連絡将校である。
「仕方ないか。だが私は最後に撤退するよ」
「首相それは困ります」
ボースはインドの首都であるデリーから軍民が退くなら皆の退去を見守りつつ最後に出ようと思っていた。
だがそれでは峰地は困る。
「ドイツ軍の機械化部隊はとても速いのです。首相がドイツ軍に殺されでもしたらこの国はどなります?」
ドイツ軍は戦車を中心とする機械化部隊を先陣に突き進んでいた。もはやインドの首都であるデリーまであと50Kmにまで迫っていた。ボースが残るとなればドイツ軍と接触し捕らえられるか戦闘に巻き込まれて死んでしまうかもしれない。
一国の指導者をそんな危険に逢せてはならないと峰地は反対する。
何よりもボースはインド独立の英雄なのだ。その死はインド国民の士気に関わる。
「殿は我が軍が務めます。どうか首相は政府と共に早く御退去願います」
デリー市内は混乱状態にあった。
ドイツ軍が近づくにつれて市民が逃げ始めた。それはドイツ軍が怖いと言うよりもドイツ軍と共にインドへ攻めて来ているパキスタン軍やアラブ義勇軍が怖いのだ。
インドでの宗教信者はヒンドゥー教徒が多くインドが日本の力を借りイギリスより独立した後はイスラム教徒がヒンドゥー教徒との同居を拒みインド西部にパキスタンを建国した。
それほどに違う信仰の溝は深い。
デリーの市民やインド人のヒンドゥー教徒はイスラム教徒のパキスタン軍やアラブ義勇軍の兵士から何らかの抑圧や暴力を受けるものと思い逃げ出しているのだ。
その混乱状態に陥るデリーではインド政府の脱出が進んでいた。
職員や必要な物資の多くはインド南部のチェンナイへ移送が既に始まっていた。インド政府をデリーから移すのは開戦前から決まっていた事だった。
遺憾ながら日本陸軍はドイツ軍の攻勢を国境では押し返せない。よってデリーの固守は不可能である。
日本の陸軍参謀本部が下した判定を日独開戦前に聞いたボースはドイツ軍の実力を知っておりそこは納得したが首都を日本軍が守らないと言う部分が納得できなかった。
「デリーを要塞化する。資材や武器を供与して欲しい」
ボースは本気でそうインド駐留の日本軍司令部である印度総軍司令部へ要請した。印度総軍や東京の参謀本部は困った。
こちらがデリーを守れないと言ったのは悪いがデリーに残ると言うのは困る。ドイツ軍と日本軍の力を比べるとボースがインド軍と共にデリーに立て籠もるとデリーが陸の孤島と化すのは目に見えている。
峰地はデリー市内に駐屯する日本軍部隊のところへ向かう。
インドにある日本軍、印度総軍の主力はインド西部からすでに退き中部から南部にある。そのなかでデリーにある日本軍部隊、デリー支隊はボース首相の退去を援護する為に来ていた。
「ボースは決心したよ。いつでも動けるようにしておけ」
峰地はデリー支隊の隊長である小野田少将へ伝える。
「やはり殿ですか?」
「そうだ。苦労をかける」
小野田はデリーへ来てから自分が殿になるだろうとは思っていた。峰地から首都からなかなか離れないボースの人となりは聞いていたからだ。
「まだ確定では無いが夕方か今夜には出発する。だがドイツ軍の速さだとかなり近くへ来ているだろう」
日本軍やインド軍が集めているドイツ軍の位置情報は陸上部隊からのものばかりであり正確とは言い難い。
ドイツ軍の電撃戦と称する機動戦は敵が対応できない状況のまま進み司令部など後方の重要な部隊や橋などの交通の要所を押さえるのを目的としている。
前線部隊のインド軍はドイツ軍の猛攻に次々と突破され混乱状態にある。正確な位置情報は望むべくもない。
航空偵察も実施しているがドイツ空軍の制空権下では断片的なものしか情報を得ていない。
「分かりました。今から臨戦態勢に入ります」
小野田はすぐに傍に居た副官へ戦闘態勢を命じる。
小野田が指揮するデリー支隊は戦車第一師団から派遣された戦車1個大隊に機動歩兵1個中隊・捜索中隊からなる。
機動歩兵は一式半装軌車と呼ばれる兵員輸送の装甲車に乗り捜索中隊も二式軽戦車や装輪装甲車からなる。戦車師団らしい機械化部隊だ。
これはデリー撤退支援の為に素早く機動するためだ。
「敵機来襲!」
峰地がインド政府のところへ戻ろうとした時に空襲警報が鳴るり警告する叫び声がする。
「これで今日5回目だ」
小野田はやれやれと敵機らしい影を見つめる。
「これが無ければ今からでもボースを逃がしたいのだがね」
峰地はぼやく。
インド西部の制空権はドイツ軍が握っている。
爆撃機が自由にインド軍陣地へ爆撃や銃撃をしている。昼間はそうした空からの脅威がある。なので夕方か夜に出発となっている。
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