第2話 マダガスカル沖砲雷撃戦

 空母「大鳳」が爆発した。その大爆発は艦隊中の注目を浴びるものだった。

 「装甲空母がこんなに脆いとは…」

 山口多聞は空母「海鳳」から爆発後に傾き沈み始めたのを見て愕然とする。飛行甲板にも装甲を張った装甲空母として作られた「大鳳」が脆くも沈む様になったのは何故か?

 それは魚雷の命中によりガソリンタンクが破損してしまいガソリンが艦内に流出してとうとうガスに変化してしまい艦内に広がった。それがなんらかの原因で発火し爆発したのである。

 外からの攻撃に強く作られた「大鳳」であったが内部からの爆発によりその寿命を一気に縮めてしまったのである。

 「攻撃隊もやられて空母も失うか。こんな屈辱ははじめてだ」

 山口は燃える「大鳳」を見つめながら震える。屈辱と目の前の惨劇に心が打たれているのだ。

 「どうにかして敵に一撃を見舞いたいなあ」

 山口がぼやく。

 「第二次攻撃隊がやってくれますよ」

 参謀長が言う。

 「どうかな。どうも完全に敵に罠にはまったのだぞ」

 山口は空の彼方で繰り広げられているであろう苦闘を思う。

 

 その第二次攻撃隊もドイツ戦闘機の待伏せに合い苦闘を強いられていた。

 ディエゴス・アレスの上空は日本軍機が噴出した煙が行く筋も流血の痕の如く広がっていた。その様子をマテウスはインド洋艦隊司令部の庁舎内から眺めていた。

 「そろそろ追撃の頃合だな」

 チクリアスはマテウスへ言う。その口調は軍港が空襲される危険がなくなり安堵している様子だ。敵の攻撃を挫きこちらの反撃の番だと言っているのだ。

 「ですね。しかし深追いは禁物です」

 「うむ」

 マテウスは小言の如く注意する。マテウスからすれば日本海軍の母艦航空隊戦力に大打撃を与えただけでも目標は達成されてた。追撃により損害を受けるのは得策ではないと考えていた。

 もしもUボートが「大鳳」と「翔鶴」・「雲龍」を撃沈したと知っていればチクリアスへ追撃の必要なしと言い切る事はできた。だがUボートは日本軍駆逐艦の爆雷攻撃をやり過ごそうと深く潜り電波の発信ができす戦果の報告がまだ行われていなかった。

 だからマテウスもチクリアスも日本軍空母は手付かずで無傷だと思っていた。

 「さてバイ中将はどうしているか」

 マテウスはエーリッヒ・バイ中将が指揮する艦隊を思う。その艦隊は日本軍に悟らせないように行動していた艦隊だった。

 インド洋方面艦隊に編入された時に一度だけディエゴス・アレスに寄ったが補給と乗員の休養が終わると陸上作戦支援に行くと見せるようにアラビア海へ向かった。

 今はバイの艦隊に送った暗号電文による命令でマダガスカル近海にあるはずだった。無線封鎖をして日本海軍に悟られまいと行動しているのでマテウスもチクリアスなど艦隊司令部はその正確な位置を知らない。

 だがマテウスはバイ艦隊にそこまで期待をしていなかった。マテウスは日本海軍の母艦航空隊の戦力を削るのが目的であり日本の空母艦隊にまで手を伸ばすのはそこまで考えておらず幸運なUボートが幾らか打撃を与えるだろうとしか考えてなかった。

 だがベルリンで作戦を詰めている時に「水上部隊にも出番を」という声が出た。

 空軍に華を持たせる作戦というだけでも海軍内では上層部だけとはいえ評判が悪いものであり少しでも海軍に、特に先の大戦では目立った活躍ができなかった水上部隊にも華を持たせろとマテウスは言われたのだ。

 マテウスは反論せず水上部隊の作戦参加に計画を修正する。作戦そのものを変える要求ではなかったからだし対価要求にしては安いと思えた。しかし作戦を秘匿する意味で大規模にはできないと納得はさせた。

 そうして組まれたのがバイ中将のアラビア艦隊だった。

 戦力は巡洋戦艦「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」に上空を援護する戦闘機を載せている軽空母「ザドリッツ」があり、護衛と周囲を固めるのは重巡洋艦「シュワルツワルト」・「ザルツ・ギッター」・軽巡洋艦「ニュルンベルク」・駆逐艦6隻である。

 「吉報を聞きたいものだな」

 マテウスは一撃を見舞って帰ってくればいいと思っていたがチクリアスは戦果を期待しているようだった。


 「敵艦隊を発見しました!」

 角田は「瑞鶴」から発艦していた感情偵察機「彩雲」からの急報を聞いた。

 彩雲の搭乗員が見つけたのはバイのアラビア艦隊であった。

 「空母が1隻だけで戦艦2隻か妙に少ないな」

 角田はアラビア艦隊を見てこの第三艦隊に戦いを挑むには少ない戦力だと見た。

 「囮か別働隊かもしれません」

 仁科はそう見た。

 「我が艦隊がこの敵艦隊に集中している間にディエゴス・アレスに居なかった敵機動部隊が攻撃して来るのかもしれません」

 「そうかもしれんな」

 仁科の推測は状況として合っている。まだその居場所が分からないドイツ軍空母が攻撃してくるのかもしれない。ましてやUボートに見つかり「大鳳」と「翔鶴」・「雲龍」が撃沈されたのだから。

 「攻撃隊の残存で敵機動部隊に備えましょう」

 仁科の意見に角田も他の幕僚も同意した。

 「前衛部隊より意見具申です。敵艦隊をただちに攻撃すべし」

 それは山口からであった。

 「山口中将は大鳳をやられて頭に血が上ったか?」

 山口の意見具申を仁科はそう思えた。

 「山口らしいな。前衛部隊を敵艦隊攻撃に行かせろ」

 角田がそう決めると仁科は「待ってください」と言いかけるが艦隊が前衛部隊と主力部隊に分かれているのは艦隊戦を意識したものだった。

 本来は航空攻撃で打撃を与えた敵機動部隊を追撃するという想定であったが迫る敵の攻撃を吸収するという意図もある。ならば間違いではないかと仁科は思い直した。

 一方の角田は山口を羨ましいと思えた。見つけた敵を見敵必殺の如く直ちに攻撃する。角田もそうした戦い方を好む体質だがディエゴス・アレス攻撃の失敗が慎重さを持たせていた。

 「これより前衛部隊は敵艦隊へ向かう!」

 山口は角田からの承認を得るとすぐに「大鳳」乗員の救援をしている駆逐艦3隻を残すと前衛部隊を前進させる。

 「旗艦を阿蘇か羅臼にすべきだったな」

 山口はこれから起きる艦隊戦に旗艦が空母の「海鳳」なのを悔やむ。

 艦隊戦では空母の出番は無い。むしろ後方へ下がらねばならないからだ。だからこそ戦艦「阿蘇」と「羅臼」のどれかを旗艦にすべきだったと思えた。

 だが敵潜の居る海域で旗艦移乗の作業をあえて行い時間の浪費をする事を避け「翔鷹」も連れて敵艦隊へ向かっている。

 そして見つかり山口の前衛部隊が迫るバイのアラビア艦隊も前進を続けていた。

 「敵の偵察機は撃墜しました」

 アラビア艦隊を発見した彩雲が空母「ザイドリッツ」のFw190T戦闘機により撃墜された。だがバイはそれで安心はしない。

 「これで奇襲という前提は崩れたな」

 作戦目的を悟られまいとアラビア海へ一旦向かい無線封鎖をしてまで秘匿していた艦隊が見つかってしまった。

 第三艦隊へ奇襲をしかけ空母を攻撃すると言う作戦計画が崩れたのだ。

 バイはこのまま進むか退くかの決断に迫られる。

 バイの元にもUボートから空母を撃沈したとの報告は届いてはいない。もしもUボートが攻撃に入ったと連絡があれば敵艦隊が混乱している状況を衝いて攻撃と言う判断ができただろう。

 「前進を続ける」

 バイは前進すると決めた。第三艦隊のおおよその位置は「大鳳」を攻撃したUボートが攻撃前に発信した電文により掴んでいる。

 「シュワルツワルトのレーダーが敵艦隊を探知しました!」

 「向こうから来たか」

 バイは続く想定外に冷や汗を感じた。

 「敵艦隊は何隻だ?」

 「11隻です」

 「数では互角か」

 アラビア艦隊は12隻であり数では互角だ。

 だがレーダーの探知では山口の前衛部隊にどの艦種があるかは分からない。

 「この敵艦隊を攻撃する。ザイドリッツは後方へ下がれ」

 バイは交戦を決めた。敵がほぼ同数なら勝てるかもしれない。

 「情報によれば日本軍の戦艦はアソ級とコンゴウ級以外はコロンボに居ます。コンゴウ級ならば4隻、アソ級なら2隻です」

 参謀が言う二種類の戦艦は「阿蘇」型と「金剛」型である。

 「金剛」型は排水量3万2000トンで最大速力30.3ノットの巡洋戦艦だ。先の対米英戦争では空母機動部隊の護衛などに活躍した戦艦である。対米英休戦後は老朽の域にあるとして練習戦艦となり一線を退いていたが対独開戦が迫る時期に現役復帰がなされている。

 一方の「阿蘇」型は「金剛」型の後継として作られた戦艦である。排水量4万8000トンで最大速力は31ノットであり火力は「金剛」の35.6センチ主砲8門から40センチ主砲6門になっている。

 「金剛」型4隻はまだ内地で慣熟訓練中だ。「阿蘇」と「羅臼」がアラビア艦隊に向かっているのだがバイや幕僚達は知らない。

 「偵察を出そう。敵の陣容を確認する」

 参謀の情報だけでは不明は解き明かせない。ザイドリッツからフィーゼラーFi178艦上攻撃機が偵察に発艦した。

 Fi178は日本が技術交換でドイツへ送った天山艦上攻撃機をモデルに作られた艦攻である。容姿はまさに天山そのものだ。ドイツは艦上機に関しては遅れていて第一線級の機種を早く導入したかった為に天山をコピーしたFi178が作られた。

 「ザイドリッツ」には2機のFi178が搭載されていて1機が山口の前衛部隊へ向かった。

 そのFi178は「阿蘇」の対空電探に発見された。

 「撃墜せんでもいいぞ。敵艦隊をこっちへ引き寄せるんだ」

 山口は上空の烈風へ手出し無用を伝えた。前衛部隊は主力部隊を守る為にこうして敵艦隊へ向かっているのだから敵艦隊をこちらへより向かってくれないと困るからだ。

 「敵艦隊発見、戦艦2隻・空母1隻・巡洋艦3隻・駆逐艦5隻」

 Fi178のパイロットは山口の厚意により撃墜されずその陣容を悠々と報告できた。

 「こちらと変わらんな。やるぞ」

 バイはより交戦することを決める。

 こうして両艦隊は引き合うように接近する。

 お互いをレーダーで探知し肉眼でマストが見えるまで近づいたのはインド洋の正午近くであった。

 山口もバイも同じ作戦方針を打ち出す。

 それは空母を後方に置いての全軍突撃であった。同数であるから全力で当たるという発想からだ。

 陣形は前衛部隊は駆逐艦などの水雷戦を警戒して重巡「利根」と「筑摩」を先頭にし「阿蘇」と「羅臼」に水雷戦隊が続く二列の縦陣だ。

 アラビア艦隊は「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」が先頭に立ち重巡と水雷戦隊を従える同じく二列縦陣だ。

 「第三戦隊は敵戦艦に射撃だ」

 後方に下がっている山口は指令を下す。

 「阿蘇」と「羅臼」は艦の前部にある二つの砲塔が「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」を有効射程内に収めると射撃を始めた。

 「敵は40センチ砲か。急いで距離を詰めんといかんな」

 「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」は28センチ主砲から38センチ主砲から換装したが40センチ主砲相手では射程に劣る。

 「距離が近くなると敵の重巡が邪魔になります。日本の重巡は魚雷も重装備ですから」

 参謀は四連装の魚雷発射管を4基も備える日本の重巡洋艦についての警戒を伝える。(この場に居る「利根」型は三連装4基だが)

 「ならばこちらの巡洋艦と駆逐艦を突撃させる。シャルンホルストとグナイゼナウが敵戦艦に集中できるように」

 バイの采配によりアラビア艦隊の陣形は解かれ3隻の巡洋艦と6隻の駆逐艦が前衛部隊へ突撃する。

 「敵はそう出たか。こちらも第八戦隊と第二十戦隊で対抗だ」

 前衛部隊も陣形を解き巡洋艦と駆逐艦を突撃させる。

 「利根」と「筑摩」の第八戦隊は突撃して来る「シュワルツワルト」と「ザルツ・ギッター」に対して丁字になるように動く。

 「T字戦法を取らせるな、同航戦に持ち込め」

 日本では丁字、海外ではT字と言う戦法は直進で進む敵艦に対して我が方が敵艦の前に横向きで壁の如く立ち塞がる位置で成立する戦法だ。この戦法の利点は横向きで進路を塞ぐ方が全ての主砲が使える点だ。対して撃たれる側は主砲が半分しか使えないというものだ。

 だから「シュワルツワルト」と「ザルツ・ギッター」は「利根」と「筑摩」と並びながら撃ち合う同航戦に持ち込もうとしていた。これなら一方的に主砲の数に差は出ない。

 「利根」型も「プリンツオイゲン」級の同型艦である「シュワルツワルト」も同じ20センチ主砲が8門なのだから。

 だが違いはあった。それは速力だ。

 「利根」型は最大で35ノットで走れるのに対して「プリンツオイゲン」級は32.5ノットである。この差が優位な位置をどちらが先に立てるか決めた。

 「回頭中を狙え!」

 第八戦隊司令は「利根」と「筑摩」に遅れつつ頭回中の「シュワルツワルト」と「ザルツ。ギッター」へ砲撃を浴びせる。

 位置関係で言うと追い縋るように頭回中の「シュワルツワルト」と「ザルツ・ギッター」へ後ろへ向けて前方へ集中配備された4基8門の20センチ主砲を見舞ったのだ。

 「左舷へ回頭する。敵の頭を押さえ続けろ」

 速度の優位を生かし第八戦隊は二隻のドイツ重巡洋艦の進路上に立ち塞がり砲撃を浴びせながらぐるぐる回るようになる。

 「シュワルツワルト」と「ザルツ・ギッター」にとっては地獄の回転になりつつあった。幾ら回っても全ての主砲が使える位置に就けない上に敵の全門斉射を浴び続けるからだ。

 優位に立ち続けるかに見えた「利根」と「筑摩」であったが「シュワルツワルト」が放つ魚雷1発が「利根」に命中して変化が起きる。

 「シュワルツワルト」は右舷甲板の連装魚雷発射管2基から発射した4本の魚雷のうち1本が「利根」の艦首に命中した。艦首の左舷側に穴を開けられた「利根」は最大速力を25ノットに落とされた。

 「水雷長!すぐに撃て!」

 第八戦隊は敵艦と斜めに向き合う位置であったが魚雷を発射した。合わせて16本の魚雷が発射された。目標の敵艦が斜めの位置だと魚雷が自然と回避される格好になってしまうが後手を挽回するにはこれしかない。

 「利根」の魚雷が「シュワルツワルト」へ2本命中した。艦の中央部と後部に1本づつだ。だが「ザルツ・ギッター」には命中しなかった。

 「敵艦近づく!」

 「ぶつかる気か?」

 「利根」の魚雷で速力を25ノットに落とされた「シュワルツワルト」は「利根」へぶつかるかのように接近してくる。同じ速力しか出ない2隻はその距離が縮む。

 「敵艦へこのシュワルツワルトをぶつけて道連れにするぞ」

 「シュワルツワルト」の艦長は魚雷発射管が敵弾の炸裂により使えなくなったと知ると艦を「利根」にぶつける事に決めた。艦をぶつける事で「利根」の魚雷で負った艦首の傷を広げようとしている。

 「水雷長!装填まだか!」

 「もう少しです!」

 主砲を撃ちながら迫る「シュワルツワルト」は「利根」の砲撃が幾つも命中しようと止まらない。「筑摩」は「ザルツ・ギッター」との戦い「利根」を援護する余裕が無い。

 「利根」の艦長は水雷長を急き立て魚雷の装填を急がせた。

 「艦長、魚雷準備良し!いつでも撃てます!」

 「水雷長、撃て」

 「利根」の魚雷は3km先という至近距離で放たれた。

 4本の魚雷は全て「シュワルツワルト」に命中し火災が発生しその動きは止まった。

 「くそ、もう少しだったのになあ」

 「シュワルツワルト」の艦長は魚雷の命中で行動不能なのを知ると退艦命令を出した。

 「ザルツ・ギッター」は「シュワルツワルト」が退艦命令を出したのを知ると第八戦隊から離れようと動く。

 「追撃はしない。水雷戦隊の救援に向かう」

 第八戦隊は苦闘中の第二十戦隊を助けに向かう。

 

 その第二十戦隊は確かに苦闘にあった。駆逐艦がドイツ軍は5隻に対して4隻である。(双方が1隻づつ後方へ下がった空母の護衛に回した)

 日本軍側は4隻全てが防空能力が高い「秋月」型駆逐艦の「秋月」・「初月」・「涼月」・「霜月」であった。「秋月」型の長10センチ主砲とドイツの1944年型駆逐艦の12.8センチ砲との撃ち合いはなかなかに焦れるような展開であった。

 お互いに動き回りながら撃つのだからなかなか当らない。そこで両者は魚雷を放ち「初月」が被雷して撃沈されてしまう。ドイツ側は「Z60」が「秋月」の魚雷が命中して撃沈された。

 1隻づつの喪失は戦力差を変えず日本軍側が不利だった。また日本駆逐艦の特徴である次発装填装置により再度魚雷が撃てる仕組みが「秋月」型には無い。

 これにより魚雷を撃ち尽くした互いがまた砲撃を浴びせる戦いになる。

 だが一番苦闘をしていたのは第二十戦隊の旗艦である軽巡「五十鈴」であった。

 防空艦として主砲を対空砲である12.7センチ高角砲に代えていた。その高角砲で挑むのは軽巡「ニュルンベルク」である。「ニュルンベルク」は15センチ砲を3連装3基9門装備している。

 砲は明らかに「ニュルンベルク」が強力だ。「五十鈴」はそれでも高角砲を放ち「ニュルンベルク」を牽制する。

 そんな「五十鈴」が切り札としたのが魚雷だ。防空艦であるが4連装2基の魚雷発射管がある。この魚雷が砲火力の弱さに勝つ唯一の武器だ。

 「五十鈴」は「ニュルンベルク」を雷撃しようと並ぶように進む同航戦の動きを始める。「ニュルンベルク」の経験が豊かな艦長はこれを雷撃しようとする意図だと見抜いた。

 「ニュルンベルク」は「五十鈴」と正対しないように「五十鈴」に対して斜めに位置すように動き「五十鈴」は雷撃する時機を掴めずにいた。

 唯一の反撃が叶わぬ間に「五十鈴」は「ニュルンベルク」の砲撃を受けて損傷を拡大させた。主砲である高角砲は壊され機関は最大で28ノットへと落ちていた。

 こんな風に第二十戦隊は苦戦していた。それは「五十鈴」も「秋月」も防空艦であり対艦戦闘に向くとは言い難い艦であったのがある。「五十鈴」が特にそうだ。

 しかし「秋月」型4隻は敵の1隻の優位を覆す好機が訪れない運の無さもあったとも言える。

 そこへ第八戦隊の「利根」と「筑摩」が助けに向かっていた。

 重巡2隻が加われば第二十戦隊は挽回できるだろう。

 「敵重巡が追って来ます!」

 一旦は退いたように見えた「ザルツ・ギッター」が第八戦隊を追って来たのだ。

 「あの敵はあまり損傷してないようだ。無視はできんな」

 第八戦隊は再び「ザルツ・ギッター」との戦いに向かうが劣勢を自覚する「ザルツ・ギッター」は距離を詰めず付かず離れずで戦い第八戦隊を引き止める。

 では戦艦はどうしていたか?

 「阿蘇」と「羅臼」は「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」の砲撃戦を繰り広げていた。

 射程で優位に立つ「阿蘇」と「羅臼」は「グナイゼナウ」に砲弾1発を命中させていた。まだ「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」は砲撃を初めておらず距離を全速で詰めている。

 「撃て、敵を少しでも撹乱するんだ」

 バイは「シャルンホルスト」の主砲の射程に「羅臼」が入ったと知ると射撃を命じた。

 砲にしろ銃にしろ射程距離に入れば必ず当る訳ではない。だが砲弾が飛んでくれば回避運動をするだろうと踏んでいた。回避運動は艦を動かす事になり砲撃位置が度々変わる事になる照準の定まりを悪く出来る事をバイは狙っていた。

 「回避はしなくていい。向こうは38センチだがこっちは40センチ砲弾に耐えられるんだ」

 第三戦隊司令は「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」の砲撃が周囲に飛来しても動じなかった。「阿蘇」型は艦の防御を対40センチ砲弾とし巡洋戦艦の弱点である防御の薄さは無かった。

 回避せず直進する「阿蘇」と「羅臼」を見たバイは砲撃での撹乱は失敗したと悟る。

 「反航戦で撃ち合うぞ」

 バイは正面からの撃ち合いを決める。だがバイが決めた戦い方は反対方向へ行く互いを撃ち合うものだ。追い続けられる同航戦と違い反航戦は敵を逃す恐れが大きいがそれは離脱もできる事を意味する。

 バイは敵に少しでも打撃を与えつつ離脱して敵の集中砲火を避けようとした。バイは「羅臼」型が従来の巡洋戦艦とは違い防御に心配が無いのだと分かったからだ。

 対して「シャルンホルスト」級は垂直の船体側面こそ高い防御がなされているが船体上部などの水平防御は垂直防御よりは薄いものになっている。

 だから砲撃の撃ち合いで生じる垂直落下の砲弾は「シャルンホルスト」級にとって恐るべきものだ。

なので砲撃を浴びる時間を少なく戦う反航戦で挑むのだ。

 双方は衰えぬ速力のまま距離1万5000メートルで撃ち合う。

 一度目の反航戦で「阿蘇」と「羅臼」に1発づつ命中したが「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」も1発づつ命中した。

 「距離を詰めますか?」

 「いや、このままでいい。距離を詰めて有利になるのは敵の方だ」

 第三戦隊司令は被弾してますます「阿蘇」型の防御に自信を持ち遠距離での砲撃を続行させていた。

 「このままではいかんな」

 バイはこのままの推移に不安を抱いた。

 「シャルンホルスト」級は水平防御が薄く垂直防御が薄いのは巡洋戦艦の特徴というだけではなく建造していた時の想定が霧や靄の多い北海や北大西洋での戦いであったからだ。

 霧や靄が戦う双方の姿を隠してしまい接近戦になってしまうのだから甲板ではなく艦の側面によく被弾するものと考えられていたからだ。

 しかし今戦っているのは晴れ渡るすっきりした真昼のインド洋である。遠距離砲撃で砲弾が垂直に降り注ぐ。

 だから「シャルンホルスト」にとっては現状は不利だった。

 「敵戦艦へ突撃する!」

 バイは決断した。「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」は「阿蘇」と「羅臼」へ向かう。その位置は「阿蘇」と「羅臼」の背後から迫るようであった。

 「左へ進路を変えろ丁字にする」

 第三戦隊は進路を変える。だがバイも進路を合わせる様になり同航戦の格好となる。この変針で距離は1万メートルに縮まる。

 「撃て!撃ち負けるな!」

 バイの意志が通じたのか「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」は「阿蘇」と「羅臼」よりも先に主砲を放つ。砲弾は「阿蘇」へ2発命中するも船体や機関にはあまり打撃はなかった。

 だが装甲に守られていない通信アンテナがあるマストが折れてしまい「阿蘇」の通信能力が一時喪失してしまう。

 第三戦隊司令は発光信号で「羅臼」への指示ができるとあまり通信能力の低下を深刻に考えてなかった。だがそうとは思わない者が居た。

 

 山口は「海鳳」で戦況を聞いていた。戦闘海域から離れ戦いの様相を見れるのはどの艦から昇る煙ぐらいだ。

 そんな場所で聞く戦況は十分把握できていると言い難い。

 旗艦能力を持たせた空母とはいえ様々な通信が入って来る。前衛部隊のみならず主力部隊に二つの攻撃隊が何かの報告や命令を無線で飛ばしている。また遠くコロンボのやインドに本土の司令部やら航空隊・艦隊などから発せられる無線もである。

 通信科の将兵が膨大な通信から必要な情報だけをリアルタイムに指揮官へ送り届けるのは困難であった。いくらかタイムラグは生じるし他の情報で埋もれる場合もある。

 そんな中で山口は第二十戦隊の苦戦と「阿蘇」の通信能力喪失を知り不利なのかと思いはじめる。

 「やはり阿蘇か利根にでも旗艦を置くべきだったか」

 無線で戦いがあまり上手く行っているとは言い難いと見えて山口は陣頭指揮ができない事に苛立っていた。

 前衛部隊の司令であるのに後方へ下がりただ報告を聞くだけ。なんとかせねばと苛立ちが募る。

 「翔鷹には今何機ある?」

 山口は航空参謀へ尋ねる。

 「上空で直掩にあるものを含めて烈風が16機と彩雲が1機です」

 「艦爆か艦攻があればな」

 山口は空から艦隊戦を掩護しようと考えているようだ。

 「烈風に60kg爆弾2発を搭載はできます」

 「あまり効果はなさそうだがレーダーや射撃指揮装置は破壊できそうだな」

 山口は意欲を見せたが航空参謀は否と言う。

 「敵艦隊にもおそらく同数の敵戦闘機が直掩しています。空戦になって敵艦への攻撃までは難しいですよ」

 「それでもやる。爆装は4機だけで他は爆装機を護衛させる」

 山口の頑なさに航空参謀は従う。

 山口の指示で次の直掩に飛び立つ準備をしていた烈風のうち4機の主翼に爆弾を吊るす爆弾架が装着され1機につき2発の60kg爆弾が装備された。

 「対艦攻撃なんて訓練はしてないんだけどな」

 爆弾を付けられた烈風の搭乗員はぼやいた。戦闘機乗りであり空中戦の訓練ならじっくりとやったが艦船へ爆撃する訓練なんてやった事が無い。

 「まあ、やってみるか」

 自信は無くても命令されたのだからやるしかないと搭乗員は開き直り出撃して行った。


 「敵機が来ます数は20機ほど」

 バイはレーダー探知で「海鳳」から出撃した攻撃隊の出現を知った。

 「こっちの戦闘機で対処しろ。艦隊に近づけるな」

 バイはそこまで焦る事はなかった。こちらも「ザイドリッツ」にある20機のFw190戦闘機があるのだから十分だろうと。

 そして再び海戦に意識を向ける。

 「阿蘇」の通信能力を奪ったとはいえ「阿蘇」の砲撃能力を奪った訳ではない。勢いの衰えない砲撃は「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」へ命中弾を増やして行く。

 「こっちも当てているがあまり効かんな…」

 「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」も38センチ砲弾を「阿蘇」と「羅臼」へ命中させ、「阿蘇」で一時は火災も発生させたが速力も砲撃の精度に揺るぎは無い。

 だが「シャルンホルスト」も「グナイゼナウ」も後部甲板への命中弾により速力を28ノットに落としていた。

 「ニュルンベルクより報告。敵巡洋艦を撃沈せり」

 そこへ「ニュルンベルク」が「五十鈴」を撃沈したと報告が入る。

 「まだ負けていないな。こちらも負けられんぞ」

 バイは周囲を鼓舞するように言った。

 だがまだ負けていないという思いを「阿蘇」の砲撃が醒ます。

 この砲撃は1発が命中した。1発は「シャルンホルスト」の甲板中央の煙突を裂くように貫き機関部で砲弾が炸裂した。この砲撃は「シャルンホルスト」の機関を粉砕するそれは艦の心臓を壊したのと同じだ。

 砲弾が燃焼と燃料により大きな熱源でもある機関で爆発した為に「シャルンホルスト」は艦が浮くほどの大爆発を起こした。

 「機関部が全滅!本艦は航行不能!」

 「シャルンホルスト」の断末魔のように艦長がバイへ報告する。

 「そうか。ここまでだな」

 バイはこの海戦の限界を悟る。

 「我が艦隊はこれより退却する。無事な艦は掩護せよ」

 これがバイが出した最後の命令だった。

 盛大に黒煙を吐く「シャルンホルスト」へ止めを刺そうと降り注ぐ砲弾によりバイは戦死したからだ。また「シャルンホルスト」もバイと運命を共にするように主砲の弾薬庫が爆発してからインド洋の波間へ消えた。生き残った乗員は2人だけで幸運にもドイツ駆逐艦「Z78」により救助された。

 アラビア艦隊の退却により海戦は終わった。

 爆装の烈風は「グナイゼナウ」を爆撃しようと試みるが必死に友軍を守るFw190に邪魔され爆弾を棄てて空戦をせざる得なくなる。

 こちらは軽巡洋艦「五十鈴」と駆逐艦「初月」・「涼月」が撃沈され重巡「利根」が中破し「筑摩」が小破であった。対して戦艦「シャルンホルスト」と重巡洋艦「シュワルツワルト」に駆逐艦2隻を撃沈したのだから日本軍が海戦に勝ったと言える。

 それは空母を攻撃しようとしていたアラビア艦隊を防いだのだから目的を果たしたと言う意味でも勝てたのだ。

 「だが勝った実感は無いな」

 山口は自分が十分に指揮を執れたとは思えないからだ。遠く離れた見えない戦場を差配する。先の対米英戦争では航空隊を送り出し彼らに任せたのとは違うものがあった。

 艦隊司令官が指揮すべき戦場に立たず指揮が出来なかったのを悔やんでいた。もしも自分が立てば「五十鈴」を失わず「グナイゼナウ」を逃す事は無かっただろうと。

 まだ陽が高く晴れるインド洋は沈んだ艦艇からの油や浮遊物に汚されながらも平穏を戻しつつあった。

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