日独印度大戦

葛城マサカズ

第1話 ディエゴ・スアレス強襲

 「Z旗が上がったぞ!」

 「決戦じゃ!」

 空母「翔鷹」のマストにZ旗が翻ると将兵は皆が気勢を上げる。

 Z旗は明治の日露戦争における海の決戦である日本海海戦で連合艦隊の旗艦「三笠」に掲げられて以来、先の対米英戦争である大東亜戦争の緒戦である真珠湾攻撃での空母「赤城」など日本海軍の決戦では度々掲げられた旗だ。

 そして今再びZ旗が揚がるのはインド洋である。挑む決戦はマダガスカル島のディエゴ・スアレス軍港に居るドイツ太平洋艦隊を叩く決戦だ。

 「真珠湾攻撃の再来か」

 Z旗を掲げる艦隊である日本海軍第三艦隊の前衛部隊を率いる山口多聞中将は後方の主力部隊にある艦隊旗艦「翔鷹」にZ旗が揚がったと聞いてそう呟く。

 対米開戦の第一撃となるハワイ真珠湾に停泊する米太平洋艦隊を攻撃する真珠湾攻撃に第二航空戦隊司令官として指揮を執っていた。あの時も南雲中将が居る旗艦の空母「赤城」にZ旗が揚がった。

 「状況は同じというのがどうも引っかかる」

 山口には心の隅に引っかかる部分があった。同じ戦いをまたするのが何か不自然に思えた。

 ドイツと開戦する以前から日本海軍はドイツ海軍がディエゴ・スアレス軍港に戦力を集中させていると言う情報を得る。

 無線傍受や反独または反ナチスの人物や組織からの情報のみならず諜報員を現地に送りその目で確認させている。

 連合艦隊司令部も軍令部も真珠湾攻撃の成功からディエゴス・スアレス攻撃作戦を立案しすぐさま承認された。前例があってのスムーズな実行へ至る過程だった。

 「この作戦が成功すればドイツ海軍に大打撃を与えインド洋全体の制海権を得るのも不可能ではない」

 作戦立案をした連合艦隊司令部の作戦参謀である仁科要蔵大佐は角田を含めた第三艦隊の司令官や参謀を前にしてこう述べた。

 対米戦に勝ち世界最強を自負する日本海軍に対して増強を急速に進めているとはいえまだまだ日本海軍に及ばないドイツ海軍に負けはしないという雰囲気が開戦前からあった。

 ディエゴ・スアレス攻撃と言う一撃によりドイツ海軍を粉砕する。そんな事を作戦に関わる将校達は言い合う。

 「二匹目のドジョウを狙えるかね」

 山口はこのディエゴ・スアレス攻撃作戦の内容を聞いてまずそう感想を抱いた。

 真珠湾と同じ栄誉に浴しようと目論んでいる者たちへだ。


 日本海軍第三艦隊は空母部隊である。

 真珠湾攻撃から組まれた空母を集中させた第一航空艦隊から昭和十七年七月に常設艦隊である第三艦隊に改編された。

 昭和二十三年の第三艦隊の編成は以下の通りとなる。

 


第三艦隊

 前衛部隊

 第二航空戦隊 空母「大鳳」・「海鳳」

 第三戦隊    戦艦「阿蘇」・「羅臼」

 第八戦隊    重巡洋艦「利根」・「筑摩」

 第二十戦隊  軽巡洋艦「五十鈴」 駆逐艦8隻


主力部隊

第一航空戦隊 空母「翔鷹」・「翔鶴」・「瑞鶴」

第三航空戦隊 空母「雲龍」・「天城」・「飛龍」

第四航空戦隊 空母「千歳」・「千代田」・「瑞鳳」・「龍鳳」

第七戦隊    重巡洋艦「最上」・「熊野」・「鈴谷」

第十戦隊    軽巡洋艦「矢矧」 駆逐艦16隻


補給隊     油槽船3隻 海防艦4隻


 対米英戦争の休戦後から新たに竣工した空母は「海鳳」型空母の「海鳳」、「雲龍」型空母の「雲龍」と「天城」、「翔鷹」型空母の「翔鷹」に水上機母艦から改装した「千歳」型空母の「千歳」と「千代田」に潜水母艦から改装された空母「龍鳳」と七隻である。

 「海鳳」は装甲空母「大鳳」型の水線長を4m長くし飛行甲板と船体の水中防御力を高めた「大鳳改型」である。

 「雲龍」型は対米戦の最中に計画され「飛龍」型空母の設計を基に作られた中型空母である。先の対米戦で新たな空母戦力の増勢を求めて作られていたが対米休戦により中型空母を増やす意味が無くなり「雲龍」と「天城」の二隻だけが竣工した。

 「雲龍」型は6隻が予定されていたが2隻に留まり代わって空母「翔鷹」型が建造された。基準排水量42000トンで搭載機80機の大型空母である「翔鷹」は「大鳳」とは異なる装甲空母である。「大鳳」が飛行甲板と艦首が一体化したハリケーン・バウではなく従来型の空母と同じ構造で飛行甲板が装甲になっている点が違うのである。容姿は対米戦中に検討されていた「大和」型戦艦の三番艦を空母化したものと酷似している。装甲空母で80機を搭載する大艦の建造にこの「大和」型の空母化案が叩き台になっている。

 この「翔鷹」型はまだ1隻しか就役していない。同型艦がまだ佐世保工廠と神戸の川崎造船所・大分の大神工廠で建造中である。

 また第三艦隊に配属されている新型艦では戦艦「阿蘇」型がある。「阿蘇」型は「金剛」型に代わる高速戦艦である。日本海軍の就役している戦艦では最も古い戦艦であるから後継艦が必要だった。軍令部は速力が「金剛」型を上回る最大速力30ノット以上で主砲が40センチ砲の新型戦艦を要求した。艦艇の建造を担う艦政本部は基準排水量38000トンで最大速力32ノット・主砲は40センチ砲塔4基8門と言う性能で答えた。

 「阿蘇」型の建造は「金剛」型4隻の代艦であるから4隻が計画され日独開戦までに「阿蘇」と「羅臼」が就役した。残る2隻は呉と横須賀の工廠で建造中である。

こうした新型艦艇を含む大型や中型の空母8隻と小型空母4隻と言う真珠湾攻撃を上回る空母戦力が揃う第三艦隊を指揮するのは対米戦で空母「隼鷹」と「飛鷹」を中核にした第二機動部隊を率いていた角田覚治中将である。

「第一次攻撃隊出撃準備完了しました」

角田は航空参謀から報告を聞くと情報参謀へ向く。

「攻撃中止の命令は来ているか?」

開戦前である。もしかすると連合艦隊司令部から外交で何かの妥結をするなど開戦が回避された場合は攻撃中止命令が来る筈だ。角田はそれを確かめる。

「いいえ。来ておりません」

情報参謀の返事を聞くと「攻撃隊発艦せよ」と命じる。

角田とて闘将と言われても戦争を望んでいる訳ではない。これからの開戦の第一撃を放つ大きな重圧を感じていた。

各空母の飛行甲板からは角田の命令で攻撃隊に加わる航空機が出撃する。

まずは攻撃隊を守る護衛戦闘機の烈風だ。

三菱が零式艦上戦闘機の後継機として開発された烈風の武装は20ミリ機関砲4門で最高速度624km/hと零戦を上回る攻撃力と速度を備えているが機体は軽戦闘機である零戦と比べて大型化と重量化する。

その訳は600km/h台の速度を実現した2000馬力エンジンの搭載であり大馬力エンジンは燃料消費を増やした。その上で長い航続距離が要求されてより燃料搭載量が増え機体は重くなる。それは零戦二二型の4倍となる1570ℓ(増槽含む)になった。

これは烈風特有の事ではなく2000馬力エンジンの戦闘機が辿る姿だ。

また機体の大型化と重量化は搭載機数にも影響を与えた。空母の艦内にある格納庫に収めるのに苦難が生じた。特に小型空母では20機や24機が搭載できたが常用16機に減っていた。

とはいえ第三艦隊にある烈風は218機であり攻撃隊を守るのは152機もある。第一次と第二次に分かれた攻撃隊それぞれに72機が配属されている。零戦よりも数が減ったとはいえ危機的という訳でもない。

烈風に乗る搭乗員や第三艦隊司令部が気にするのは烈風がドイツ空軍にどこまで太刀打ちできるかだ。

烈風に次いで出撃するのは艦上爆撃機「彗星」一二型である。けれども「彗星」を搭載しているのは「飛龍」・「雲龍」・「天城」だけであり54機の彗星が出撃する。

他の空母では彗星は無く艦上攻撃機「流星」を出撃させていた。彗星を製造したのと同じ愛知飛行機が開発した流星は急降下爆撃・水平爆撃・雷撃をこなせる艦上爆撃機と艦上攻撃機の役割を一つにまとめた攻撃機だった。

だが流星も烈風と同じく以前の艦爆や艦攻よりも大きく重くなった。攻撃機となると爆弾や魚雷を搭載してより重くなる。重くなれば離陸の為の滑走距離が長くなる。

飛行甲板が重量級の機体にとって短い「飛龍」や「雲龍」・「天城」への流星搭載は断念し代わって艦爆は彗星を艦攻は天山を使い続けていた。これは他の空母に流星を優先して配備したせいでもある。

だが他の空母も流星の運用に支障が無かった訳ではなく、ロケットを機体に装着してロケットの推進力も使って飛ばさねばならなかった。こうなったのも日本海軍が米軍空母にある発艦用のカタパルトを開発できなかったせいである。

こうした問題を抱えつつ第一次攻撃隊149機が出撃したのは昭和23年(1948年)11月20日の現地時間午前5時10分だった。


マダガスカル島を占領するドイツ軍マダガスカル集団は島の中心部にあるアンタナナリボに司令部がある。また島内にはインド洋やペルシャ湾での作戦を指揮するドイツ海軍インド洋艦隊司令部がディエゴ・スアレスにある。

そのインド洋艦隊司令部は夜明け前にも関わらず総員が配置にあった。

「空軍が敵機を探知しました!」

作戦室にある通信部隊の女性兵士が報告を告げる。空軍のレーダーが第三艦隊から出撃した第一次攻撃隊を探知したのだ。

ホレス・マテウス海軍大佐はその報告に一瞬喜びすぐに緊張へと戻った。

マテウスはこれから始まる戦いを仕掛けた本人であったからだ。

まずは敵が自分の罠にかかって来たと喜び、その罠で獲物を仕留められるかに気を張ったのだ。

「空軍は戦闘機を出しているか?」

「たった今、出撃したと報告が入りました」

マテウスは司令部に来ている空軍の連絡将校へ尋ねる。マダガスカルに展開する第13航空艦隊はレーダー探知の通報を受けてすぐに戦闘機を出撃させていた。

「空軍には大いに頼りにしている」

皮肉にも聞こえるがそう本心から言うのはインド洋艦隊司令官のオットー・チリアクス大将だった。

「もちろんです。我が空軍は軍港上空を守ります」

連絡将校は自信たっぷりに言う。

チリアクスが問うのは連絡将校へではなくマテウスだった。

「空軍も自信を持っておりますし、日本軍はこちらの作戦通りに動いております」

マテウスも自信ありと答えた。

マテウスが立てたのは日本海軍の空母艦隊をマダガスカルへおびき寄せ打撃を与える作戦だった。

「我が海軍は日本海軍の空母戦力よりも劣勢です。私は緒戦で日本空母艦隊に打撃を与えるべきだと考えます」

ベルリンの海軍本部や国防軍最高司令部(OKW)でマテウスはそう提唱して作戦案を認可させた。それはマテウスの熱意もあるがドイツ海軍の誰もがそう認めていたからだった。

日独開戦時点でのドイツ海軍が有する空母は大型や中型空母が5隻に小型空母4隻である。大型・中型空母が8隻ある日本海軍とは戦力差がある。また何よりも対米戦争という実戦の経験がある数以上に能力面でもドイツは差をつけられている。

マテウスの作戦はまずドイツ海軍の戦艦をディエゴ・スアレス軍港に集める事から始めた。その情報を流し日本海軍をディエゴ・スアレス攻撃に向かわせる。

そして日本海軍が真珠湾攻撃の再現とばかりに空母艦隊で攻撃に来る。その時に準備万端で迎え撃ち大打撃を与えるというものである。

マテウスの作戦は前半まで上手く行っている。後は戦果を挙げるだけだ。


第三艦隊から出撃した第一次攻撃隊がマダガスカルの島影が見えたのは出撃から約1時間後の午前6時13分であった。

「もうドイツ軍は俺達を見つけているだろうな」

中島清史少尉は流星の偵察員席に座りながら朝日に照られ差はじめた周囲の警戒を怠らない。それはレーダーにより探知されている事は分かっていたからだ。いつドイツ軍戦闘機が襲い掛かるか気が気でない。

ましてや中島も同乗しているペアの操縦員も電信員もこれが初の実戦であり不安とこの大作戦に挑む高揚が入り混じる不安定な落ち着けない気分であった。

敵戦闘機の恐怖もあるがこれから狙うドイツ戦艦を雷撃するという挑戦に昂ぶる気持ちもある。

そうした気持ちを抱えながら中島は空を睨む。

すると艦攻と艦爆の上空にあって護衛をしている烈風艦戦が次々と増槽を棄てて上昇して行くのが見えた。

「まさか」

と思い中島は視線をより上空へと向ける。

そこには黒い点が幾つも見える。敵機だ。

「頼むぞ烈風」

空戦に突入した烈風へと中島は祈る。

ここまで来て敵戦闘機に遭ってしまったら任務が果たせない確立が高くなる。中島の手の平は自然と握り固められる。

「軍港が見えて来たな」

島との距離が近づくに従い島影から地形が浮かび島内の建造物も形が見えるようになった。そこから目の前にディエゴ・スアレス軍港があるのが分かった。それは日の出で光が広がるに従いはっきりして来る。

「隊長機よりト連送です!」

中島の後ろに居る電信員の勢田二飛曹が突撃命令であるモールス信号のト連送を聞き取った。

「突撃だ!」

「はい!」

中島が言うや操縦員の常井二飛曹は待ってましたと速度を上げ雷撃にすぐ移れるように高度を下げる。

攻撃隊全体では彗星艦爆が急降下爆撃ができる態勢に入るべく高度を上げた。そうして軍港への襲撃をする構えをしている攻撃隊上空を守る12機の烈風は警戒を怠らない。

「くそ、来やがったな」

またドイツ軍戦闘機が上空から襲い掛かるのが烈風の搭乗員には見えた。

すぐに12機はその敵機へ立ち向かうべく増槽を棄て機を上昇させる。こうして第一次攻撃隊を護衛する戦闘機は全て戦闘に入った。

だが攻撃隊本隊はもやは目標が目の前であり後は突っ込むだけと先を急ぐ。それは獲物へ牙や爪を立てて襲い掛かる様にも見えた。

もう少しだ。あと少し、中島を含む攻撃隊の搭乗員皆がそう気を焦りながらディエゴ・スアレスの湾に浮かぶドイツ艦を目指す。

目の前に浮かぶ「ティルピッツ」や「フリードリヒ」・「バルバロッサ」と言ったドイツ戦艦の姿にかな島は見入った。あと少しであの戦艦どもを沈めてやるのだと意気込む。

「あっ!まさか!」

中島の先を進む流星がいきなり主翼から炎を吹き上げたかと思うと海面へと落ちていく。

「来たか。くっそ」

中島は上を見上げて敵機が居るのが分かった。機影からしてBf109だろう。

「一気に行きましょう!引き返せません!」

常井は突撃の続行を望んだ。目の前には戦艦「バルバロッサ」がある。あと少しであの5万5000トンの戦艦へ魚雷を打ち込めるのだ。

常井の思いは他の流星や天山も同じであり突撃を続行している。

しかし中島は迷う。このまま行くべきなのかと。

その間にも流星や天山はBf109の襲撃を受ける。雷撃態勢で低空を進む艦攻隊は旧式となりつつあるBf109G型とはいえ何度でも簡単に800kgの魚雷を抱えた艦攻に銃撃を浴びせる事ができた。

中には左右に動きBf109の銃撃から逃れる動きをする機体もあるが次々に来るBf109の襲撃に根負けして撃墜されてしまった。

「島崎中尉が…」

中島の所属する小隊を指揮する島崎中尉の流星が撃墜された。

雷撃態勢のままであるが艦攻隊は散らばっていた。回避機動をそれぞれにやっていたせいだ。

「常井、魚雷を棄てて逃げるぞ」

中島は決めた。この不利な戦場から離脱すると。

「しかし」

常井は不満そうに言う。

「また次がある」

中島の一言で常井は歯軋りしながらも受け入れた。まずは魚雷を棄てて機体を軽くする。

「上昇しろ!」

軽くなってまずやるのは高度を上げる事だった。低空にあり続ける事は敵機に頭を押さえられているのと同じだからだ。

「敵機が2機来る!」

中島の流星に2機のBf109が追って来た。勢田は電信員席に据えてある機銃を敵機に向けて撃ち始めた。

「常井、高度1000になったら東へ向かえ!」

高度1000mに達すると流星を第三艦隊が居る東の海域へ向かわせる。けれどBf109の追撃が終わる様子は無い。

「しつこいな」

流星を急降下させたり左右に横滑りさせたりでBf109の銃撃をかわす。だが防風に銃撃が当りガラスが飛び散り機体に機銃弾が当る音と衝撃を感じ取ると追い詰められている実感が強くなる。

(落とされるなら常井の言うとおりにして敵艦へ突撃するべきだったか)

中島がそう弱気な考えをした時だった。

1機の機影が突如現れて急降下で突っ込んできた。

その1機は烈風であった。胴体も翼もFw190やTa125との空戦により穴だらけになり主翼は燃料タンクに穴が開き燃料が漏れている。その機体と同様に搭乗員も腕や頭部から出血していた。

人機共に満身創痍になって見えたのが2機のBf109に追われる中島の流星だった。

彼は本能的に中島を助けようと急降下する。しかしそこで気がつく主翼にある4門にはもう機銃弾は残っていないのだと。

残る最後の手段を彼は使う。

「なんと・・・・!」

中島は愕然とした。急降下して来た烈風がBf109に体当たりをしたのだ。

2機の機体がぶつかり空中で砕けて散らばった。

中島と同じくぶつかられた機とペアであったBf109のパイロットも目の当たりにして戦慄していた。

「敵が驚いている間に逃げるぞ」

誰なのか分からないが命を投げ出してまで助けてくれた。その犠牲を無駄にしない為にもこの戦闘空域を脱出し母艦へと帰るのだ。次の再戦の為にと中島は強く決心する。




「ト連送の後から続報が無いな」

角田は第一次攻撃隊からの連絡が途絶した事が気になっていた。

攻撃をしているなら敵艦何隻に攻撃して撃沈したか撃破なのか、飛行場はどうなのか、敵の対空砲火はどうなのかなど報告が来るのだが何も来ない。

沈黙する第一次攻撃隊に角田のみならず参謀達も不安を募らせる。

「たとえ第一次攻撃隊が全滅しても第二次攻撃隊があります」

参謀の誰かが強がるように言う。攻撃隊を送り出す前にあったあの威勢の良さが無くなっていた。さすがに攻撃隊が全滅するような事は想定外だったのだろう。

「ともかく攻撃続行だ。第一次攻撃隊の生き残りで第三次攻撃隊を出す準備をしておけ」

色を失う参謀達と違い角田の戦意は少しも衰えてはいなかった。

「前衛部隊より報告です!空母「大鳳」が敵潜水艦による雷撃を受けました!」

さすがに角田もこの報告には驚く。

「損害はどの程度か?」

その答えを角田が聞く前に新たな悲報が届く。

「翔鶴が被雷!」

「雲龍もやられたぞ!」

艦橋の外を見ていた参謀達が騒ぐように状況を伝える。艦隊本隊の下にドイツ潜水艦Uボートが潜んでいたようだ。

「翔鶴と雲龍は浸水し炎上中です」

「持たんなあれは」

「翔鷹」の艦橋からも燃える「翔鶴」と「雲龍」が見えた。

「翔鶴」は4本、「雲龍」は2本の魚雷を受けて炎上と浸水により危機に立たされていた。

艦内では応急部署の将兵が懸命に艦を沈めまいと動き回っているだろう。しかし角田にはあの2隻がもはや手遅れだと見えた。

そしてこの作戦が失敗だとも見えて来た。


「敵は来ないようだな」

チクリアスは軍港の手前で展開される空中戦を眺めていた。未だ日本軍機は一機も軍港には入れずにいた。

「これも空軍のお陰です」

マテウスはそう答える。

「そうだな確かに空軍のお陰で艦艇は無傷だ」

チクリアスはこのマテウスという男を図りかねていた。ベルリンで自分の作戦を押し通す若手将校と聞き生意気で熱心なナチ党員なのだと思っていた。

そうした疑念はマテウスがチクリアスの指揮下ではなく海軍本部から派遣された参謀という立場で更に深まる。

とはいえマテウスはチクリアスを上官として敬っていたしナチスのテーゼを必要以上に言う事は無かった。だが、海軍以外の繋がりを異様に持とうとするのが気にかかるところだ。

「それにしても空軍は強いですな。日本海軍の航空戦力を圧倒している」

マテウスは空軍の連絡将校へ本心でもあるがお世辞を述べる。

この作戦にあたり、マテウスは空軍との協議を何度も重ねた。

「本作戦最大の武器は空軍の戦闘機です。空軍の戦闘機により日本海軍の空母艦隊が持つ航空戦力に打撃を与えるのです」

ベルリンやチクリアスらインド洋艦隊の幕僚達へマテウスはそう述べた。

ドイツ海軍には独自の航空戦力は無い。戦艦や巡洋艦に搭載される小型水上機から空母の搭載機に大型の偵察爆撃機の機体とパイロットに整備員までもが空軍所属のまま海軍で任務に従事していた。

これは「ドイツに翼がついているものは全て私の指揮下に置かれるのだ」と断言する空軍大臣ヘルマン・ゲーリングによる政治権力の拡大により海軍航空隊が飲み込まれたからだ。

そういう事情もあるが日本海軍のように海軍基地を守る独自の航空戦力は無い。だから空軍へ頼むしか方法が無い。

海軍から空軍へ頼み込む。そうした組織間の隔たりをマテウスはあまり障害には感じず提案し実行する。ドイツ海軍内ではそうしたマテウスを好意的に見る向きも少なくなかったお陰で空軍の大規模参加が海軍内で認められた。

そして空軍への交渉の時はむしろ海軍内の論をまとめるよりも簡単であった。それは空軍大臣にして国家元帥のゲーリングがまず大いに承ったからだ。その内心が海軍に恩を売る好機という算段があったからだ。

対日開戦が迫る中であったがゲーリングによる特別の指令もありマダガスカルへの戦闘機戦力の増強が行われた。その数は220機になった。

対して第三艦隊の烈風は全機を足して218機であるが攻撃隊に同行したのは152機だ。攻撃隊を防ぐには十分な戦力だ。

またパイロットも日本海軍のエースと対決するのだとゲーリングが言い技量の高いパイロットが多く配属された。それもありディエゴ・スアレス軍港の上空には1機の日本軍機も現れず一発の爆弾も落ちていない。

「作戦は成功ですよ」

マテウスはリクリアスへ向け微笑んだ。

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