第3話
オープニングが流れるのをすっとばして、ログインする。
赤レコでは、ゲームを始めると必ず中央の街に転送されるようになっている。
石造りの大通りに沿うように露店が並んでいて、NPCキャラや他のプレイヤーが素材やアイテムを売ったりしている。
大通りの先にある大広場に白銀のプレートアーマーを着た騎士が立っている。俺のキャラだ。
右手には突撃槍、左手に体を覆うほどの盾を携えている。
騎士は赤レコの職業の中では、攻撃と防御のバランスが良く、味方のステータスを上げる補助的な魔法も使える万能キャラだ。
頭の上にキャラネームが『オマリー』と表示されている。
ファーストネームは恐らくトムだろう。
ログインが完了すると、チャットルームのポップアップがピコンとなる。
「こん~」
フレンドの『パチョレック』だ。
「こんちゃんす」
カタカタと返事をする。
「これから一緒にどう?」
プレイのお誘いをされてしまった。
いつもならこのままノコノコついて行くのだが、今回はそんなことをしている場合ではない。
「ごめんよ、今日はちょっと用事があって」
「そっかぁ、残念! またよろしく~」
「あいあい~」
すまんな、パチョレック。また逢う日まで。
パチョレックとの会話を終えた後、俺はひたすら大広場で立ち尽くし、半裸の女の子探しに従事していた。
なぜ半裸なのかというと、装備をつけていないキャラが転送されて来たら、初めてプレイを始めた可能性が高いからだ。
半裸のお姉ちゃんが現れたら、『お姉ちゃん可愛いねぇ、一緒に今から遊ばないかいグへへ』と声をかける作戦である。もはや完全に変態である。犯罪者になる前に早く捕まえてほしい。
どうやって話しかけようか考えていると、目の前に半裸の女の子が登場した。
赤色の長い髪に、インナーしか纏っていない身体は非の打ちどころがない抜群のスタイルだった。まあ、ゲームなのでみんなそんなもんである。
操作になれていないのか、位置を変えずにぐるんぐるん回り続ける赤毛の女の子に声をかける。頭上には『アルテミス』とある。彼女の名前だろう。
「アルテミスさん、こんにちは」
声をかけるとぐるぐる回っていたアルテミス嬢はピタッと動きを止めた。
しばし反応を待つが、返事がない。
これはダメかしらと、ポテチをポリポリしていたら、ポップアップが表示された。
「こんにちは!」
おお、返事あった。ちょっと嬉しい。
さらに連続でポップアップがでる。
「すみません、ネットゲーム初めてで、返事の打ち方に手間取っちゃいました」
まさかの初心者プレイヤーだった。こちらも返事を打つ。
「そうだったんですね。いきなり声をかけてすみません。もしよかったら、一緒にプレイしませんか?」
ポップアップがすぐに表示される。
「全然なにをするかもわかってないですが、それでもよければよろしくお願いしますっ!」
おお、なんか可愛いぞ! 年甲斐もなくドキドキしてきました。
「ありがとうございます! こちらこそよろしくお願いします!」
半裸の姉ちゃん、アルテミスが仲間になった。
俺のラブコメ(というかシナリオを書くためのネタ作り)はここに始まった!
さて、突然だがギャルゲーに必要なものとは何かご存じだろうか?
それは、女の子との会話である。
女の子との会話がないギャルゲーは、この世に存在しないといってもいい。兄より優れた弟も存在しない。
俺は、アルテミス嬢との会話を吐息すら忘れないよう脳裏に刻む。
変態じゃないもん! し、仕事なんだから勘違いしないでよね!
「それで、オマリーさん。まずは何をしたらいいんですか?」
自分に言い訳していると、アルテミスが話してきた。
「えっとですね、ひとまず装備を揃えましょうか~」
本当は半裸でオールオッケーなのだが、涙を呑んで諦めた。
本心を偽って紳士ぶるのは恋愛の鉄則である。この前、絶対に成功する婚活で読んだ。
「それじゃ、私についてきてください」
俺は武器屋に向かって大通りを歩いていく。
「わかりました!」
アルテミスは俺の後ろをついていく。
本当は後ろで美尻を見てたいのだが、歯ぎしりして諦めた。
本心を偽って紳士ぶるのは恋愛の鉄則である。この前、絶対に成功する婚活で読んだ。
しばらく道なりに進んでいくと、煙をもっくもくさせている建物にたどり着く。
とんてんかんとNPCの鍛冶屋たちが槌を振り下ろしている。
店番をするのは看板娘のミココちゃんである。見てると心が『ざわ…ざわ…』する。
顔中冷や汗だらけになっているだろうアルテミスに話しかける。
「ここで新米冒険者用の装備を買いましょう。アルテミスさんは職業なんですか?」
キャラメイク時に最初の職業は決めているはずだ。
「私は戦士ですよ」
「それじゃあ近接武器と鎧ですね。ガンガン戦いたいなら両手剣や刀がお勧めです」
「じゃあ、刀にしてみます!」
これで武器はオッケーっと。あとは鎧だな。
「服はどれが良いですか?」
アルテミスが尋ねてくる。なんかラブコメデート展開きた! 服を選んでほしいだなんて、この子俺に気があるんじゃね? 『このビキニアーマー着てみろよ』『えっ、でも……ちょっと恥ずかしいナ☆』的なみたいな展開を希望します!
純情な感情が妄想で暴走してしまった。今一度、冷静になってみよう。
「この中だと、ビキニアーマーが一番使いやすいですよ」
……いやいや、いたって冷静である。単純に防御力が一番高いのである。
「じゃあ、それにしちゃいますね!」
アルテミスは悩みもせずに決めてしまった。なんか悪い男にすぐ騙されそうである。俺が守ってあげなくちゃ。ずっと見ているよ、フフフ。
防具をつけてもアルテミス嬢の露出度はあまり変わらなかった。アルテミスさんは変態さんですね。私が更生しないといけません。ずっと見ていますよ、ケケケ…
「それじゃあ装備も揃ったし、討伐に行きましょうか!」
アルテミスから返事がくる。
「いよいよですね! オマリーさん、よろしくお願いします!」
「任せてください! よろしくお願いします!」
さあ、冒険である。
――街外れの草原で、小柄な人型モンスターのゴブリンを相手にしていた。
「そっち行きましたよ!」
アルテミスに向かって、こん棒を持ったゴブリンがごぶりんりんっと突進していく。
俺はぽちっとアルテミス嬢に肉体強化の魔法をかける。
ザコキャラなんて全部片付けてしまっても良いんだが、さすがにネトゲ初心者がゲーム初めて何もできないのもつまらんだろう。
敵数を減らしつつ、支援に徹するというスタンスでプレイする。
「了解です!」
アルテミスの刀がゴブリンの首を切断し、ごぶりんりんっと転がる。残酷描写は控えているので、お花畑に首が笑顔で飛んでいる絵を想像いただきたい。
首の切断面から名状しがたいエフェクトのようなものが発生してアルテミスの『レコード』に記録されていく。いちいち素材を回収しなくていいからストレスフリーだ。
「だいぶ操作にも慣れてきました!」
リアクションコマンドでえへんっと胸を張るアルテミス嬢。
得意げな感じが微笑ましく、娘の成長を見守るような気持ちになった。うちの子はねぇ、本当に賢いんですよ。芸を覚えるのが早くてねぇ。あかん、これは犬だった。
調子に乗ったアルちゃんにちょっと提案してみる。
「この辺のザコはもう余裕ですね! そろそろ強めのモンスターでも狩りましょうか?」
「えっ、でもすぐに死んじゃわないですか?」
ちょっと弱気になるアルちゃん。身の程はわきまえている模様。
ここで、俺はもうひと押ししてみることにした。
「あなたは死なないわ。私が守るもの」
しばしの沈黙…… あれれ? 青髪クローンの場面じゃなかったかな?
赤髪バスケキャプテンの方が良かったかしらんと思案しながらポテチをたべてるとキーボードに食べカスが挟まった。てへへ、仕事でもよくやっちゃうんだよね☆
ポーズ付きで一人てへぺろしてると、画面にポップアップが出現する。
「オマリーさんっ! ありがとうございますっ! ちゃんと守ってくださいね!」
アルテミスはぺこりとお辞儀した。やはりポカポカする人で正解だったみたいだ。
俺は脳内で好感度アップの効果音を再生してから、キーボードを叩く。
「もちろんですよ! 頑張りましょう!」
リアクションコマンドでオマリーは親指をグッと立てた。
プログラマーなのにギャルゲーのシナリオライターをすることになりました @serious
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