第2話

 定時のベルが鳴るやいなや、俺は急いでパソコンの電源を落とした。

 普段なら多少の残業をしてから帰宅するが、今はシナリオが完成しないことには何も始まらない。


「それじゃ先に帰るわ。お疲れさん」

 俺は横で作業に没頭する蛍池に声をかけた。

「もう帰るんですか? はぁ、お疲れ様です」

 目線だけでこっちを睨むようにして、恨めしそうな返答が返ってきた。

 すまないな、蛍池よ。しかし俺は仕事をするために帰るんだぞ。

 オフィスを出る途中で必ず通る社長席に声をかける。

「すみません社長、資料集めのためお先に失礼します。お疲れさまでした」

「あら、お疲れさま。残り一週間、しっかり頼むわよ」

 社長はモニターに向かったまま手だけをヒラヒラさせた。

 彼女は定時過ぎから、今日一日の議題のまとめや、開発ラインの進捗確認と調整を行う。

 特にスケジュールの遅れに関しては厳しく管理をしている。

 社長曰く、スケジュールが遅れれば、会社の利益が減り、利益が減ると社員に充分な還元ができなくなる。つまり、社員の生活を保障するためにも、しっかりした利益を出す計画が絶対必要ということらしい。

 実際、目標利益を上回った分は、メンバー全員で利益を分けるという大判振舞いが行われている。

 なんて素晴らしい会社なんでしょ! 一生働きたい!

 ……ただ、残業代は十時間のみなし残業のみでそれ以降は支払われないけどな!

 先月、何時間働いたっけ? ブラック企業ダメ、絶対!


 オフィスを出ると、すぐ前にはちょっとした繁華街が広がっている。飲み屋が立ち並び、仕事帰りのおっさん達やキャッチの兄ちゃんで活気に溢れている。パチンコ屋がネオンをチカチカさせ、ジャンジャンバリバリと景気が良い。

 俺はカバンを盾に人込みを掻き分けながら、繁華街から一本道でつながる駅へと向かっていく。


 俺の家は会社のある駅から三十分ほどゴトゴト揺られたら到着する、駅前に大型スーパーがあるがそれ以外に何もない、所謂閑静な住宅街だ。

 駅前を少し歩くと、街灯もほとんどない細道を通らないといけなくなるので、いつも帰宅するときは身の危険を感じる。

 意味もなく後ろを振り返ると、お姉さんがビクッとした。落ち着かせようとニンマリしてみると、余計に怯え始めてしまった。お願いだから通報しないでください。

 警察官の陰に怯えながら自宅のマンションまで帰ってきた。

 エントランスに入って、俺はまず宅配ボックスを確認する。

 IMAZINで注文したラノベげっつ! ワクテカである。

 軽くスキップしながら、部屋の前まで到着した。ようやく帰宅である。


 ドアを開けて、電気のスイッチをぱちり。

 一人暮らしにはやや広いワンルームがこんにちはする。


 俺は、テレビの前にある折り畳みテーブルにラノベを置き、カバンをソファに放り投げた。

 ちなみに、カバンの中には何も入っていない。ペランペランだ。

 ゲーム会社に勤めている俺は、一応、機密が漏えいしそうな情報は持ち帰らないようにしてる。

 というより、その手のことは社長がめっちゃ厳しい。たまに抜き打ちチェックあるし。

 ホント、コンプライアンス大事!


 俺は冷蔵庫を開けてお茶を取り出すと、横にあるお菓子ストッカーからポテチを取り出す。

 今日はうす塩味にするか。

 ポテチの袋をつかみながらベッド横のパソコンチェアに腰かけ、パソコンの電源をポチリ。

 立ち上がるのを待っている間に袋を開けてポリポリとつまみだす。


 さて、今日のミッションを確認。

 ――それは、いつもやってるネトゲ『赤シックレコード』の新規プレイヤーに声かけて、手伝っていくうちに仲良くなる様子を記録することだ。

『赤シックレコード』略して赤レコは最近テレビでCMがバンバン放映されている基本無料のオンラインアクションゲームだ。

 シングルプレイでも大人数でも遊べるし、キャラクター職業が豊富で好みに合わせた戦闘スタイルが選択できるのが特徴である。

 ファンタジー色の強い世界観が美麗CGで表現されているのも人気のひとつだ。


 ドラゴンやらデーモンやらのモンスターを退治し、『レコード』に記録したデータから素材を生成し、それをアイテムや武器に変えて、キャラを育てていく。

 ゲーム内で生活をしていく中で、他プレイヤーのキャラと結婚することもできるので、シナリオのネタ作りには持ってこいだ。

 まずは女キャラのプレイヤーへ接触。俺は男キャラでプレイをしているからだ。

以前は目の保養のために女キャラを使っていたが、一緒にプレイしてたフレンドにガチで言い寄られて以来、怖くなったのでやめた。なので、俺は外も中もオトコノコである。

 どうせなら、声をかけるプレイヤーの中の人は女の子が良いと思うが、この際ネカマだろうがなんだろうが問題ない。

自分が嫌になったことを人に対してやろうとするのだから、我ながらとんだ屑野郎である。


 俺は期待に胸を膨らませてゲームを起動させた。

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