プログラマーなのにギャルゲーのシナリオライターをすることになりました
@serious
第1話
「やり直し」
A4用紙の束に目を通し終えた社長の中百舌鳥朱理なかもず あかりは開口一番そう言った。
朱理は勢いよく立ち上がると手に持っていた紙をシュレッダーにかける。
俺、江坂拓斗えさか たくとはシュレッダーにかけられる紙を見ながらそっと哀悼した。
その紙には俺が担当することになったギャルゲーのシナリオが書かれていた。
「どこがダメでしたかね?」
一週間の作業が無駄になった悲しみを乗り越えて、俺は社長に質問した。
「全部よゼンブ。古い・ありきたり・つまらない。ぶつかっただけで恋が芽生えるとか、あんた本気で言ってるの?」
おおう…… ダメ出しがひどくて泣きそうになりました。
ぶつかって好きになるのは鉄板だと思ったのに。
好きな主人公に高校三年間ぶつかり続けて愛を伝えるとか、最高じゃない?
あのゲーム、面白かったのになぁ。
現実逃避しかけた俺を見て、朱理はイライラしながら口を開く。
「とにかく、来週の進捗会議までに別案を用意しておいて。遅れたら減給だから。」
「マジですか! そもそも、俺はプログラマーであってシナリオは専門外なんですが……」
「本職がどうだろうと、一度仕事を任されたからには死ぬ気でやりなさい。そもそもやりたい仕事だけできると思ってるとか、どれだけおめでたいんだか。」
随分な物言いだが、社長の言うことはもっともだ。社会人になったらやりたくない仕事もやらされるし、希望した部署からの異動も同然あるし、嫌な上司に出世のため媚びへつらわないといけない。
社会とはそういうものなのだ。
だから、俺が初めてのメインプログラマーを任された今回のギャルゲーで、いきなりシナリオライターが社長のダメ出しに耐えかねて逃亡しても、代わりに書ける奴がいないからといって、プログラマーと兼任で無理やりシナリオを任されたとしても、仕方がないことなのだ。
俺、サラリーマンだもの。
「わかりました。今から新しく書き直します。」
俺は社長にそう返答した。世の中諦めが肝心。
「なる早でお願いね。シナリオの進捗が遅れると、その分、待機することになる他のスタッフのコストかかるし。人件費ってバカにならないのよね~」
社長は机から離れた位置にある椅子をガラガラひっぱるとドカッと座った。
タイトなスカートから伸びる脚がめっちゃエロい。
この人、口さえ開かなかったら美人なのになぁ……
朱理社長は、以前は某有名ゲーム会社に所属する企画者だったが、数年で独立し、今の会社を立ち上げた。以前の会社では新人の時から頭角を現し、初めて担当したゲームの難易度バランスが絶妙だと評判になり、次の作品では斬新なゲームシステムを取り入れ、爆発的なヒットとなった。
その後、三作目のプロデューサーともめて退職したらしいが、詳しいことは聞いていない。
まあ、実力もある上に容姿端麗なので、目立つ存在であったのは間違いないだろう。
肩程まであるストレートの黒い髪。
切れ長で知性を感じさせる目。
ピンク色をした薄い唇。
スーツの上からでもわかる二つの膨らみが形よく張り出していた。
しばらく社長を眺めていた俺に、手をひらひらさせながら薄い唇が開く。
「そういうわけだから用事は終わり。いつまでも突っ立ってないでさっさと仕事しなさい」
本当にこの人、喋んなきゃいいのに……
「わかりました。仕事に戻ります」
俺は社長に背を向け、自席に戻ることにした。
さて、シナリオは白紙になったがどうしたものやら……
正直言って、アイデアは全くない。
このままだと会議に間に合わず減給されるのは必至だろう。絶対嫌だ。
ここは他のメンバーに意見を聞いてみるべきだろうと、隣でキーボードをカチカチしている後輩に声をかけた。
「なあ、蛍池。ちょっといいか?」
入社二年目の女子社員、蛍池瑠奈ほたるがいけるなはキーボードを叩いていた手を止め、こちらに小柄な体ごとぐるんと顔をむける。
短めの髪を左右で結ったツインテールが頭の動きとともにプルンと揺れる。
うちの会社は基本私服オッケーなんだが、なぜか蛍池は青色のスーツだ。
パンツスタイルなので体ごとこちらを向けてもぱんつは見えない。
「あ、先輩! シナリオはどうだったんですか? 社長に見せたんですよね?」
この後輩は先輩様の用件を聞かずに、逆に質問を投げかけてきた。しかもしっかり傷口に触れてきやがる。若い子ってやんなっちゃう。
「お、おう。まあなんだ…… ダメだった」
「やっぱりですか! 社長がシュレッダーかけるの見えたんでそうだと思ったんですよ~」
カラカラと笑いながら、蛍池はそんなことを言い出す。
そりゃあ、別段広くないオフィスだからやりとりも聞こえてるし見えてますよねぇ。
わかってて聞いてくるとかどんだけドSなのこいつ?
あれ? もしかして俺のこと嫌いなの?
ちょっと傷ついちゃうんですけど……
俺は気を取り直して、蛍池にシナリオ制作について聞いてみた。
「来週までに新しく作り直さなきゃなんだけど、なんかいいアイデアくれ! お前の恋愛談でいいから」
「……先輩、それセクハラですよ。社内の立場を利用してプライベートを聞いてくるなんて、ちょっとキモイです。私には特にネタになる恋バナなんてないですよ。あと、キモイです」
なんで二回言ったのでしょうか? 俺のこと嫌いなのこの子? みんなのことは嫌いでも、俺のことは嫌いにならないでください!
でも本当に、自分では良かれと思って聞いたことが民事訴訟に発展―― なんてよくあるので、みんな言動には気を付けよう! 社会って怖い!
おんなじ発言しても、そいつがイケメンやら、面白いやつなら許されたりするんだよなぁ。
あれほんとなんだってんだよ。差別いくない。
「先輩、もしかして怒っちゃいました? いきなり無言にならないでくださいよ~」
社会の理不尽について思案していると、無言の圧力を感じたらしい蛍池が話かけてくる。
不安な気持ちにさせてしまったか。ここは心の広い先輩らしく振舞わなくてはなるまい。
「んや、特に怒ってはいないよ。考え事をしてて眼中になかっただけだ」
「うざい!」
蛍池が叫んだ。
「すまなかったな…… 蛍池ならいいアイデアを持ってるかと思ったんだけど、期待した俺が悪かったんだ。ああ、勝手に俺が期待しただけで、お前が悪いわけじゃないんだぜ?」
「~~っ! シナリオなんて、先輩の体験談を書けばいいじゃないですかっ! そもそも先輩がシナリオ書いてる間、先輩が担当するはずのプログラム、私がやらなきゃならないんですからね!」
蛍池が顔を真っ赤にして言葉を発するたびに、短く結ってるツインテールがプルプル揺れている。
そのままふんっと鼻を鳴らすと、モニターに向き直り作業に戻ってしまった。
あちゃあ、怒らせてしまったなぁ。コンゴキヲツケナイトネ、ハハハ。
それにしても、自分の体験談か。ふむ…
しばし瞑目し、自分の過去を掘り起こしてみても、恋愛の話なんかはひとつもない。
ネトゲとポテチだけが友達だった人生を振り返ると涙がでちゃう。
視界が霞み、がっくりうなだれる。その横で蛍池がうわぁって顔をしているが気にしない。
そもそも俺みたいなやつにリア充の色恋沙汰やらキャッキャウフフやらがわかるかよ!
ネトゲの中なら無双なのに。
俺の仮想世界でいちゃいちゃしてる奴らは、いつも蹴散らしてやってるのに。
大体、ネトゲでいちゃいちゃとか何やってんだっていう話なんだよ。そういうんじゃないだろネトゲっていうのはよ~。
……ん?
ここで、俺の中にあるひとつの仮説が思い浮かぶ。
――ことネトゲの中では、俺は無双である。
――ネトゲの中にも、色恋沙汰は存在する。
――いつの世でも、強い男はモテる
――無双である俺は、ネトゲの世界ではモテる!
俺はひとつの結論に思い立った。
『色恋沙汰がなければ、ネットで作ればいいじゃない!』
俺は一週間後の減給を免れる秘策を手にしたのだった。
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