11話 王子と男の娘と
「ねぇねぇしななのん。今日暇だよね?」
「忙しいからまたな」
幼女と独女の争いをスルーし、つつがなく平凡ないつも通りの一日が終わった。
俺の横にはゆうこが立っているが、余計なことを言わせる前に切り上げる。
最近は邪魔な奴らをあしらうスキルが上がったと思う。だが。
「そっかー。あのねー。わたしぃー」
断ったというのに、ゆうこが隣でモジモジしてやがる。
帰宅の準備は5時間目に済ませてあるから、後は全力で逃げるだけだ。
意を決して教室を飛び出そうとした時。
「ブラ、新しいの、選んで欲しいの」
そのとき、教室がざわめいた。
……もはや普通に帰宅するには早退するしか道は残されていないというのか。
最速で逃げだそうとした俺を捕まえ、教室に波風を立てるコイツを抹殺するしかないのか。
まだ、塀の中へ入る決断は俺には出来ない。
「しなのんの、好みで、えらんで」
「だが断る!」
ゴール前を守るディフェンダーを華麗に抜き去るフォワードのように、するりと横を抜けようとしたときだった。
俺の前にクラス中の男子が壁となって立ちはだかった。
「波戸ッ。お前なんてプレイをッ」
「いや、誤解だから。俺とコイツは何にも無いからっ」
俺の言葉に今度は女子が反応した。
「コイツ、ですって。もうそこまで……解ってはいたけれど、御飯が進むわね」
なんで御飯が進むんだ!
「学園の王子、ゆうことしなの……。あぁ、女の子だってバレて、男子だって偽ってて。同室になった波戸に豊かに育ち始めた甘食胸を見られ、戸惑うゆうこっ。そこに、しなのが『黙っててやるから、俺の言うこと聞けよ』……ゴッハァ!」
「長ぇしコイツのは甘食じゃねぇ。板だからな!」
「「……なん、だと。見てるのかっ」」
クラス中が反応してしまった。
なんだろう。ここに居ちゃいけない空気が漂っている気がするぞ。
だが逃げようにも出口は男子が。後ろは女子が防いでいやがる。
隣には顔を赤らめ「白が、いいかなぁ。上下合わせたやつ。きゃはっ」などとうわごとを繰り返しているまな板がいる。役に立たねぇ。
「波戸。何処まで行ったかなんて野暮なことは聞かない。どんなプレイをしているかKWSK」
「くわしくじゃねぇ! 何もしてねぇし、俺はまな板に欲情はしねぇ!」
「の、ノンケだというのっ。ということはしなの受けっ。あぁ、白飯大盛りよ!」
……いつ頃からだ。このクラスがこんな風に腐っているのはいつの頃からだ!
クラスメイトの俺を見る目が、なんだか怖い。
俺がどうすべきか身構えていると、男子の中の一人が女子に言った。
「オイ。ゆうこちゃんは男の娘だぞ? 男装女子じゃねぇぞ?」
……何をとち狂ったことを。
「はぁ? 王子は男装女子じゃないわよ。男装の麗人よ!」
やべぇ。マジで意味がわからねぇ。
「オイオイオイオイ。ゆうこちゃんは『ついている子』じゃなくて、実は『ついている子に見せかけたついていない子』なんだぞ! 俺たちの夢なんだぞ!」
「きったない夢を押しつけてんじゃ無いわよ。王子は何事にも全力で天真爛漫な我が校の麗人なんだから!」
……どっちにも人気があることは解った。
だが取りあえず。
「俺は、帰ってイイよな?」
「「詳しいこと聞くまで返さない!」」
何も出ねぇよ。
「そもそも波戸君がしっかりと受け止めないから王子が困ってるんじゃ無い!」
女子が急に矛先を変えて……いや、元からこっちを向いていたのか。
だが話題がこっちに飛んできた事に変わりは無く、
「そうだぞ波戸。お前がさっさとユリでもキクでも咲かせないから問題なんだ!」
男子まで言いがかりをつけてきた。
それからしばらく、やれ『メイド服は邪道』とか『誘い受けかもしれないわ』などと話し合いが続いたが、俺は早く帰りたいのだ。一刻も早く。アリもしない安らぎを求めて。
「うっせぇ、この薄い本同盟軍がぁぁぁぁぁぁ!」
俺は今日、人生で初めて、腹の底から声を出した気がする。
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