第10話 幼女と猛女

 休日明けの月曜日。登校した俺は担任の島中田ひろみ(28歳独身。趣味は男の胃袋を掴むための料理)に、校長室へと連行され、仁王立ちしている幼女校長と対面していた。

 幼女校長は俺が校長室に入るなり、

「ということで、波戸志那乃。お前は我が校の代表なのだ!」

 などと言ってきたのですぐに校長室を後にした。

 ため息をつきながら教室へと向かう俺の肩を、ひろみちゃんがつかみ、

「波戸。校長の頼みなんだ。少しは聞いてやってくれ」

 と脅迫してきた。

 人質は俺の肩。

 ギリギリと肩に爪が食い込んでいく音が聞こえる。

「だが断る!」

 俺は肩を掴む手を振りほどき逃げだそうとするが、ひろみちゃんのアイアンクローは離れてくれない。

 いっそ「俺の柔肌を傷つけるなんて、責任とってよね!」とか言ってみたら離してくれるだろうか。

 ……責任とってやるとか言いそうだな。

「頼むよ。話を聞くだけでも良いんだ。これには私の結婚が掛かっているんだ」

 むしろ嬉々として言うな。

「全力で他人事なんで断ります!」

 俺は貞操の危機を感じ、必死に手を振りほどこうとするが、特技が手でリンゴジュースを作ることである、将来の良妻賢母候補の握力を振りほどくには至らない。

「今回の縁談が上手くまとまらないと、次の家庭訪問でお前の両親に挨拶をしなきゃいけなくなるんだ」

「話を聞きましょう」

 この人にウチの敷居はまたがせてはいけない。

 平和的な話し合いの結果、再び校長室に入ると、幼女校長は腕を組み仁王立ちで頬を膨らませていた。

「……なぜ退出した」

「ホームルームに遅刻するんで」

「担任はそこにいるだろう! まあ良い。お前には我が校の代表に、あ、帰ろうとするなぁ!」

「いや、なんていうかもう話が見えないんで、俺には関係無いかなって」

「アホかぁ! 折角私がいい話を持ってきたというのにっ。何処が気にくわないんだぁ!」

 騒ぐ幼女と出入り口をふさぎ笑わない笑顔を振りまく担任に挟まれ、俺は仕方なくソファーに座る。

 まったく。この店はお茶も出ないのか?

「さて、話というのは他でもない。お前に学校のパンフレットのイラストを描く名誉を授けよう!」

「マジでお断り致します」

「え、なんで?」

 幼女校長が首を傾げている。

 新入生集める為のパンフレットに一生徒がイラスト書くって正気かと言いたい。

 教育委員会とかPTAとか、エライ人が怒ったりしないのだろうか。

 すると、ひろみちゃんが間に入ってきた。

「あのな、波戸。若いうちはなんでも経験しておくことが重要になるんだ。こういう依頼や、結婚だって若いうちにしてみるのも良い経験になるんだぞ?」

「俺に結婚は関係無いからっ!」

 肩に手を置いてウィンクなんぞしてくれな。

 必死さが気持ち悪い領域に達するぞ!

「ひろみの結婚なんぞどうでもいい! 私の依頼だぞ、学校の依頼だぞ!」

「お肌ピッチピチで男から寄ってきてくれるような校長には解らないかもしれないがな、私には死活問題なんだ! どうでも良くないわぁぁぁ!」

「うっさいぞ行き遅れっ。自己主張は乳だけにしておけ!」

「行き遅れ……だと。キサマは言ってはいけないことを言った……。言ったんだぞぉぉぉぉ! 大理石のぬりかべのくせにぃぃぃ!」

「なにおぅ。私のは低反発のテンピュールだぁ! ふわっふわのふにふになんだからなぁ!」

 幼女とひろみちゃんがとっくみあいのケンカを始めた。

 俺は鞄から水筒を取り出すと一口。

 さわやかレモンの甘さが香るスポーツドリンクの味が染み渡る。

「っく。ならば第三者に決めてもらおうじゃないですか。波戸っ。このぬりかべと私のどちらが柔らかいか、確かめるんだ! そして責任を取って名前を記入しろ!」

「ぬぁ。まだ言うかっ。えぇい。波戸志那乃! このふやかしすぎた肉まんと私のピッチピチの卵肌のどちらが良いか言ってやるのだ!」

 ……激しくどうでも良い。

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