第8話 あの日の
「しなのん、デートしよっ」
「だが断る!」
下駄箱で待ち伏せしていたゆうこの申し出をハッキリと断る。まぁ、
「ありがと。じゃぁ、駅前の喫茶店にいこー!」
結局拉致同然に連れ去られることになるわけだから無意味なんだけども。
駅前の喫茶店はなんというか、趣があるというか、ぶっちゃけ古い。
昭和の香りを残す外観は、ウィンドーに並ぶ食品サンプルからも感じられる。
だが、定期的に入れ替えているのか、古く色あせた物は無い。
ウィンドーにならぶナポリタンは綺麗なタワーを築いていた。
店内は日差しが入る為か、明るく過ごしやすい、なんというかバアちゃんちの縁側にいるような気分になる。
ほのぼのとしたというか、時間さえも外界から隔離されたような、そんなゆっくりとした時間が流れている気がする。
「すみませーん」
窓際の通りに面した四人がけの席から、ゆうこのよく通る声が静かな店内に響く。
他の客や店側の雰囲気作りすらぶち破るスーパープレイだと思う。悪い意味の。
やがてウェイトレスさんが注文を取りに来てくれた。
伝票を片手にした彼女に「ご注文をどうぞ」と促され、
「ショートケーキ二つと、コーヒー二つで!」
と、ゆうこが俺の意見も効かずにいつものメニューを頼む。
落ち着いたBGMが流れる店内から窓の外を眺めると、スーパーへ向かう主婦らしき人や、忙しそうなサラリーマンが通り過ぎていった。
外とは違う、ゆっくりとした時間を味わいながらぼーっとしていると、俺たちの前にコーヒーとショートケーキが運ばれてきた。
ショートケーキを俺とゆうこの前に。コーヒー二つは向かい側の席に置く。
ショートケーキをフォークで切り分けながら口に運ぶと、イチゴとクリームの優しい味が口の中に広がった。
「……別に俺じゃなくても」
俺は白い湯気を上げるコーヒーを見つめながら、ふと、そんなことを言っていた。
「しなのんじゃなきゃ、私は嫌」
いつもの元気いっぱいな声では無かった。
静かで、それでいて力強いゆうこの声だった。
「……他にも――」
いっぱい男はいるだろ?
そう言おうとした俺の言葉を遮り、
「一番寂しいときにいてくれたから。それが嬉しかったから」
ゆうこが言った。
目の前のコーヒー二つは、ゆうこの両親の分。
実は海外旅行だとか、出張だとかそういうことではなく、もう亡くなった、ゆうこの両親の分。
ある日、中学校から帰宅したゆうこの元に、両親が事故に遭ったという連絡が入った。
となりに住んでいた俺の両親と共に病院へ行くと、二人の死に目に立ち会うことになった。
ゆうこが手を握ると、二人とも少しだけ意識を取り戻し、ごめんねと言い残し去って行った。
その日、たまたまゆうこのとなりにいたのが、俺だっただけ。
「そんな小さな事を」
となりに住んでるのが別の奴なら。
状況が少しでも違えば。
そんな小さな事は全て塗り替えられること。
となりで泣くことすら出来ないゆうこのそばにいてやることしか出来なかったのに、そんなことで。
「そんな小さな事でだよ」
となりで、イチゴを頬張りながらゆうこが言った。
笑顔を取り戻したのはいつの日だったか、覚えてはいない。
俺はと言えば側にいたくらいで、何もしてやれなかった。というかどう接して良いか解らなかった。
「もう、3年か」
「そう。3年だね」
中学卒業と同時に、両親の転勤によって俺はこっちに来ることになった。
ゆうこの家族とは仲が良かったからしばらくはウチで面倒を見て、卒業後は親戚なり施設なりに行く事になっていたらしい。
自然と離ればなれになっていくんだろうと思っていたら、ウチの両親が何をとち狂ったのか、
「いっぱい勉強して息子と同じ高校に入学しましょうそうしましょう」
などと言ったんだ。
そして俺はゆうこの家庭教師になった。人に勉強を教えると自分の復習にもなるっていう話だったが、相手にも寄ると思う。
さすがに「で、ビー同士ってなに? エー同士とどう違うの?」と聞かれたときは困った。
まずは動詞の説明から始めることになったのは辛かった。
「なんで、しなのんは保健体育の実習だぜゲッヘッヘとか言ってくれなかったのかなぁ」
「俺がそんな変態に見えてたっていうことか?」
心外だ。
っていうか家庭教師をした俺に対する感謝ってものが足りないと思うんだがどうだろう。
あぁ、そういえば。ウチに来ることが決まって一番に言ったことが「ねぇ、お兄ちゃんと弟。どっちで呼ばれたい?」だったなぁ。
兄弟じゃねぇだろって言ったら「じゃぁ、ご主人様?」とか言われたっけ。
あれから好きに呼べよと言ったらこんな有様で。ちょっと後悔している。
「うーん。ベッドの下に隠してあったのが家庭教師物だったから――」
「済みません勘弁して下さいっていうか家捜しすんな!」
まさか辞書をくりぬいて作ったのはバレてないだろうな。
「後、本は大切にしなきゃダメだよ? いくら巨乳物が好きだからって――」
「お前ホントもう勘弁して下さい!」
「ふふ。夫の趣味も把握しておかないと、妻として失格だからね!」
満面の笑みでコレクション探索の結果を発表しないで欲しい。
こうなったら父さんのコレクションに混ぜるしかないか。
「でも、しなのんになら、何されたっていいんだから、ね?」
上目遣いで、唇に人差し指を当ててウィンクしている。
……勘違いしたらいけない。コイツはバカなのだ。忘れてはいけないんだ、俺!
「……Cカップ越してから言え」
「そっか。うん、頑張る」
笑顔で、ゆうこが最後の一口を頬張るのだった。
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