第6話 エプロンは服か否か
惨劇は止められた。
というか止めた。
犬と猫を職員室に連行し、こってりしぼられている間に、俺は帰宅することにした。
これ以上部室にいたって良いことは何も無い。
安息の地が一つ、また一つと消えていく寂しさを抱えがながら、玄関を開ける。
「ただいまー」
両親は共働きだ。
だからこの時間は自宅には俺しかいない。
「我らの息子が帰宅したぞ!」
「お帰り志那乃」
だから、ウチには、俺一人だ。一人なんだ。
だから、裸エプロンをした両親が帰りを待ち構えていたりはしない。
だから、目の前のは、疲れた俺の幻覚だということにしようそうしよう。
「さぁ、パパの胸に飛び込んできなさい!」
「お母さんの胸でも良いのよ?」
そうそう。毎日の食事の支度が大変なんだ。
ゆうこはよく食べるし、俺だって腹は減るし。
カレーの日は3合炊いても足りないことがあって、軽く引いたのを覚えている。
「どうした志那乃っ。父さんたちをガチスルーか? アレか、今朝のことそんなに怒っているのか!」
「悩みがあるなら、お母さんに相談してね? ゆうこちゃんとの子作りの方法なら、簡単に教えられるわよ?」
アホの両親にため息をつくと、ひと言。
「頼むから、地球が父さんの寿命を見届けるまで黙っていてくれないか?」
そんな願いを口にしてみた。まぁ、期待はしていない。
「はっはっは。そしたら死ぬまで口がきけないじゃ無いか。ダメだぞ志那乃。父さん泣くぞ?」
笑顔で悲しみを語る父さんと、
「あら、お母さんは良いのね? 嬉しいわぁ。そうだ、今晩からお母さんとゆうこちゃんとの子作りの練習をしましょう」
笑顔でとんちんかんなことを言う母さんと、もう17年の付き合いになる。
俺は鞄から英語の教科書を取り出し丸めた。
最近業者との癒着があったという疑惑が報道されたばかりのそれを握り締め、ゆっくりと振り上げる。
「わぁーい、志那乃が怒ったぁー」
裸エプロンの裾を振り乱し、父さんが笑顔で逃げる。
「子供かアンタは!」
英語の教科書を振り回しながら、リビングをドタバタと追いかけ回す。
だが、なぜか不規則な生活で不摂生しかしていない父さんに追いつくことが出来ない。なぜだ。
父さんはバラエティの構成作家。母さんがフリーライター。
母さんは足で動き回るのが信条だそうだから、健脚なのは解るが、座ってばっかりになりそうな父さんが、こんなに元気とは。
俺は、二人はすごいと思ってはいる。実力だけが物を言う世界で、俺を育てながら第一戦で戦っていると思うと、実にすごいことだと思う。
俺には出来ないなとも思う。
だけど、理不尽だ。横暴だ。
俺の両親はなんでこんなアッパラパーなんだ、この自由業者たちめ!
「さて志那乃。名残惜しいが、父さんはこれから芸人さんに首を宣告しに行かなきゃいけないから、またね」
親指を立てて、良い笑顔を作ってなんてことを言うんだこの構成作家ッ!
「お母さんもね、今日締め切りの原稿がたまってて……。10時間くらいかかるから、今日はお部屋に籠もるわね」
本日は後8時間ほどしか無いんですが!
「たっだいまシナノーン! 今日の御飯はなぁに?」
玄関を開け、ゆうこが帰宅した。
「っく。こいつらぁぁぁ」
俺は帰宅して、まだ自室に荷物を置いてすらいないのに……。
「おかえりなさいゆうこちゃん。お風呂は出来てるわよー」
「っちょ、いきなり何を!」
「やった。ねーシナノーン。お風呂に入る-? それともベッドに入るー?」
何だその二択。
どうして俺が一緒に入る設定になってるんだって言うかベッドに入るって何だコラァァァァ。
「俺はキッチンに入ります!」
騒がしい奴らのことは放っておこう。
自分で飯を炊いて食って、宿題やったら寝れば良い。
そう、それだけだ。何も問題は無いんだ、それが出来れば。
取りあえず荷物は居間に放り込んでおくとして、御飯を炊いて……あぁ、オカズ何にするかなぁ。
「ねーねーシナノーン。今日のオカズは、私?」
いつの間にかゆうこが『裸エプロン』に着替え、俺の事を上目遣いで見つめていた。
裸族趣味は構わないんだが、なんていうかこう、もっと似合うようになってからやって欲しい。
……ちがうそうじゃない。裸エプロンは部屋着じゃねぇ。
って、何考えてんだ俺は!
「そ、そんなに見つめないでよ、しなのん。恥ずか……っあ。ど、どうぞ召し上がれ!」
ゆうこが薄い胸板の前でぎゅっと手を握りながら、頬を赤らめ言った。
そんな筋張った体の何処を召し上がれというのか。
腰のくびれやスポーツで鍛えた太ももは健康的で、人によっては魅力的なのだろう。
「だが、一度もオカズにしたことなんて無い!」
「え、そう言うこと考えてくれてたの?」
そう言うことってどういうことだ。
「とにかく、俺は忙しいの。さっさと部屋に帰れって」
「え、ちょっと汗臭いけど……そういうのが好みなの?」
「お前いい加減にしろよ」
エプロンの裾を握って口に手を当てながらモジモジするんじゃ無い!
俺はこめかみを押さえると、ふぅと息を吐く。
いちいち腹を立てていると早死にしてしまう。気にしないようにしよう。
「取りあえず呼び方を統一すること。それと服は着てこい。あと今日のメシはカレーだからちょっと遅くなるからな!」
「はーい」
ゆうこがぱたぱたと階段を駆け上がって行く音が聞こえる。
今のうちに仕込もう。腕まくりをし、気合いを入れて台所に立つ。
さて、ニンジンからだ。
俺が気合いを入れていると二階から階段を駆け下りる音が聞こえてきた。
そしてゆうこがリビングにひょこっと顔を出すと、
「しなのん。私ニンジンはいらないからね?」
などと言い残して戻っていった。
「ニンジンとジャガイモとナスが入ってないカレーはカレーじゃない!」
波戸家では好き嫌いは許しません!
取りあえずニンジンは細かくしていれておくことにしよう。
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