第12話 なぜラノベの主人公はなぜたいてい押しに弱いのだろうか?

 話は少し戻って、青葉と男達の乱闘中の事。中野栄(ハル)は、やって来た鈴木にトイレの建物の裏に隠れるように言いながら、目の前で起きている事を説明する。

「いや、あの青葉って僕らの部の新人ね。取材してるうちに、なんとあっという間に岩切里佳とできちゃったみたいなんですよ。で、普段モテない男の悲しさ、すぐに夢中になっちゃって、『彼女は僕が救う』とかなっちゃってね、こんな風に大立ち回りですよ。笑っちゃいますね、ははは」

 笑えない鈴木であった。

 新新聞部の新入部員が岩切里佳と恋人に?

 このテスト問題流出事件での鈴木の一番のウィークポイントは岩切里佳であった。彼女が何もかもしゃべってしまえば、全てが明るみに出る。彼女の気持ち一つで鈴木は破滅する可能性は常にあったのだった。

 しかし彼女は鈴木と共犯、鈴木の事をばらしても彼女的にも何の得も無い。テスト問題流出の罪を問われるだけでなく、不良達との付き合いがバレるのだから、鈴木以上に重い罰が彼女に下るかもしれない。

 だから彼女が下手な事をしないと鈴木は確信していた。彼女は不良達と付き合いがあると言っても、それを好んでしているわけではない。多分あんな連中と付き合うのは岩切里佳の本意では無いんだろう。でも、そんな彼らと付き合って得られる収入を当てにして守りたいもの、それが萩野学園での生活であったのだ。

 それを台無しにするような行動をするわけが無い。

 しかし、恋は盲目と言う。彼女を救う白馬の王子が現れた。そいつが、今、岩切里佳を救おうと孤軍奮闘、六人の不良共に戦いを挑み……

「ありゃ、凄い。青葉君なんだあの技、あいつらに勝っちゃったよ。なんだ青葉君もウチの部長と同じ怪しい武道でもやってるのかな……凄いですね、鈴木さん。こりゃ岩切里佳もぐっと来るかも知れないですね……あれ鈴木さん何処へ? ネタの交換は?」

「悪い。急用ができた。ネタの提供は明日にでも別途するから」

 鈴木は、ケンカに青葉が勝ち、男達が逃げ出した瞬間に公園から、その男達と同じような勢いで駆け出したのだった。

 中野栄に言われるまでもなかった。自分の為に命をかけて戦ってくれた男性。それに岩切里佳はぐっと来てしまうかも知れない。そして自分の都合の事など考えずに、鈴木との関係の証拠を何かばらしてしまうかもしれない。

 鈴木は、岩切里佳がもしあの一年生に本気で恋をしていたにしても(もっとも、鈴木は、彼女は本気では無く何かの打算や都合でそのふりをしている可能性が高いと思っていたが)、自分の生活を壊してまでそんな事をするたまではないような気はしていたが——しかし一度ひどく不安になった心はそのままでは収まらない。

 最悪の事態を想定して動かないと行けない。と言う強い衝動に動かされると、そのまま荻野学園へと鈴木は急ぐ。

 証拠を隠滅しないと行けない。岩切里佳が何かしゃべったり、証拠を出して来たりしようとも——彼女とのやり取りは全て口頭か電話で行っていたのだ——どちらが学校に信頼あるかと言う話だ。

 自分はしらを切り続けて、彼女と不良達の関係も暴けば、もしかしたら自分は疑われてもなんとか逃げ切れるかも知れない。

 ——しかし、何の気無しで新聞部で彼が使うパソコンの中に残しておいてしまった、証拠は見つかるとヤバい。

 岩切里佳の連絡先やスケジュールを書いた彼のパソコンにいれてしまっているような気がしたし、そもそもテスト問題もうっかり残してしまってはいないだろうか。

 いや、それは消していたにしても、そもそも、ファイルをゴミ箱に入れて消去しただけでは、ハードディスク復活のソフトを使えばその中身は再び復活させる事ができる——もしかして、そこまでされるかも知れない。

 念には念を入れるべきだ。調べられる先手を打って、ハードディスク空き領域を完全消去するべきだだ。

 あるいはどうしようも無ければ、パソコンそのものを無いものにする、破壊するか、持ち去って隠してしまっても良いが、タイミング良くそんな事が起きれば、それはそれで疑われる原因となる。ならば必要な分だけこっそりと消す必要がある。

 ならばやはりハードディスクを消去して……

 そんな事を考えながらずっと走っていた鈴木は、息を切らしながら、夕方の誰もいない新聞部室に入る。

 もう七時だった。とは言えこの時間まで誰かが残っている事も良くある事だったのだが——今日は誰もいない。

 その幸運に感謝しながら、鈴木は棚に数台ある新聞部のパソコンの中から、自分が他の数人と共用しているノートパソコンを取り出しそれを立ち上げる。

 ああ、危ない所だった。立ち上がったパソコンにログインしながら鈴木は、この間職員室でこっそり写真にとったテスト問題の画像ファイルがそのまま残っているのに気付く。

 他にも、別の時に記憶して来たテスト問題をテキストファイルに落としたとき自動保存されていたバックアップファイルとか。

 それを見て、ああ、確かめて良かった、と鈴木は思う。

 うっかりミスで残っているファイルはやはりあるものだ。

 この間のテストの時のように家のパソコンで作業をしては間に合わない時に、部室でこっそり作業した時とかに、ファイルを少し残してしまっていたのだった。

 鈴木は、そんなファイル達を、何度も何度も画面を見直しながら、を全て消して行く。一つ一つのフォルダを確かめて、使ってそうな言葉を検索をかけてファイルを探す。

 そのまま集中して三十分も経っただろうか。何度見ても、遂には、岩切里佳やテスト問題流出と関連ありそうなファイルが無い事を確認できて、鈴木はやっと一息をつく。

 しかし、これではまだ対処は中途半端なのも彼には分かっていた。

 ファイルを完全に消すためには、この後にハードディスクの空き領域を完全消去する必要があるのだ。

 でも、それほどパソコンに詳しいわけでもない鈴木には、直ぐに適切なコマンドも、必要なソフトも思いつかない。

 それであれば、そのへんに詳しい兄に助けてもらおうと思い、鈴木はノートパソコンを家に持ち帰ろうと思った。あと、念のため途中で家電屋に寄ってハードディスク消去ソフトを勝っておくか。そして明日朝早くここに持って来て元の棚に入れてしまえば誰も気付かないだろう、と。

 それならば善(悪)は急げだ。鈴木はノートパソコンを閉じ、それを自分のバックに入れて持ち帰ろうと持ち上げるのだが……

「鈴木さん。わたくしは悲しいですわ。次の部長にもと思いましたあなたが、こんな事をしていたなんて」

「部長!」

 鈴木があわてて振り返って見た、部室の入り口には、新聞部部長 瑞鳳美也子とその妹 新新聞部新入部員の瑞鳳春香がいたのだった。

「春香の言ったとおりでしたわ。鈴木さんは証拠隠滅にこの部室に来る。そしてパソコンを持ち替えるかも知れないと」

「部長、違いますよ、俺は……」鈴木は冷や汗をかきながらも必死の言い訳をする。「そんなんじゃなく、急いでいる原稿を書くために戻って……どうも時間がかかりそうなので家にパソコン持って行って作業をしようと……」

「なるほど……そう言う可能性もありますわね、私もそうであったらと思いますわ」

「そうでしょ、部長。私を信じてください。新新聞部の連中の言う事なんて信じる方が……」


「下郎! 恥を知りなさい!」


 松島美風にも負けない凄まじい勢いを持った瑞鳳美也子の声に、鈴木は思わず動きが止まる。

「私もあなたの事を信じたかったのですが、話を聞いてこちらの方に、そのパソコンにある仕掛けをしていただきました」

 と言われて会長の後ろから現れたのはリック、落合六然だった。

「この人にあなたの今のパソコン操作を全て記録するソフトを入れてもらいました。あなたの今やっていた事はもう全て別のパソコンに記録しております。鈴木さん、あきらめなさい——最後くらいは潔くしなさい!」

 静寂に瑞鳳美也子の強い声の残響があった。

 その瞬間、力なく椅子から崩れ落ちる鈴木。

 それを見て瑞鳳美也子は嘆息しながら、

「全く、困った子です事、良いですわ、しかしここからこの子を立ち直させるのも上に立つ者の務め……約束は本当ですこと? 春香?」と言う。

 すると、その厳しくも優しい顔を見ながら首肯した瑞鳳春香は言う。

「もちろん。——こちらの条件ものんでくれれば、この鈴木の処罰と公開はすべて新聞部の胸先三寸で構わない。こちらで勝手に新聞沙汰にする気は無い」

「……ほほう、あの浦戸のお嬢さんが随分と譲歩してくれましたわね。後が怖いですわ」

「……姉さん」

「——ああ、そうでした。今は松島さんでしたわね。わたくし達瑞鳳家とかつてこの地を争った浦戸家ではなく、傍系の松島家の子になっておいででした」

「………美風さんはそれでも……」

「——いえそうですわよ。それでもあのお嬢さんは怖い人ですわ。私でも、余り関わり合いにはなりたくありませんですわ。今回はやむを得なく協力しましたが春香——これで貸し借りは無しでしてよ。あの岩切さんの事もこちらも不問としますので」

 頷く瑞鳳春香。

 それを見て、瑞鳳美也子は少しほっとしたような顔をしながらも、直ぐに何か思い出したかのような神妙な顔になると、

「……それにしても、今度は本家の息子ですか。また面倒くさいのがこの学園にやって来た事で……」と言う。

「本家?」その意味が分からずにきょとんとする瑞鳳春香。

 すると、

「ああ、春香。あなたはまだ知らなくて良いですよ。我々瑞鳳家と浦戸家の本当の関係、そしてそこに絡むあの山屋敷の人達の秘密。しかし、ここで山屋敷の直系がやって来るとは何か運命を感じますわね……」

 と面倒くさいといいながらも、至極面白そうな表情をして言う瑞鳳美也子。

 瑞鳳春香は、姉のその分かったような分からないような発言を聞いて更に質問しようと口を開きかけるのだが、面白そうにしながらも凄みを奥に潜ませた姉の表情に思わずその声を飲込むのであった。

 

   *


 ……そして場面はまた例の公園に戻る。


 僕、山屋敷青葉は、男達は撃退したものの岩切里佳に問いつめられていた。

「……で、どうしてくれるわけよ。あいつらは追っ払ったし、あなたがそんな強いのも、何かわけありなのも分かったけど。これで全て解決だなんて思ってないわよね」

「それは……」

「あの連中、もしかしたらしばらくはおとなしくはなるかも知れないけど、あんな奴らすぐにまた私にちょっかい出してくるわよ。負けたら手を引くなんて約束ずっと守るわけなんて無いじゃない。どうするのそしたらまた守ってくれるのあなたが?」

 非難しているようでも、期待しているようでもある微妙な様子の岩切里佳の言葉だった。

「私は、始終守ってもらわないといけないのよ。それにあいつらは情けないチンピラだけど、バックにヤクザだっているのよ。復讐でそいつらが出て来るかも知れないのよ。私だけじゃないわ。家族がいやがらせうけるかもしれないのよ。何? 婿入りでもして私の家で警備員してくれるの?」

「それは……責任は……もちろん……」

「責任? あなたが? どうもそちらのお嬢さんの命令が無いと何もできないらしい、半人前のあなたが?」

 岩切里佳の言葉に僕は思わず押し黙ってしまう。彼女を救おうと無理矢理承諾させた今回の恋人ごっこと喧嘩だったが彼女にとってはやはりありがた迷惑だったのかも知れない。そう思うと僕の気持ちは沈んだ。

 彼女の経済問題は何も解決してないのだし、その意味ではあの不良連中は彼女にとっては必要悪なのに僕はその収入源を絶ってしまったのだ。もちろん彼女のやっている事は間違っていたにしても。

「……どうしたのさ、あんたは極悪非道のブラック新聞部の一員だったんじゃないの? 私の事なんて鈴木のしっぽ掴むために利用するだけなんじゃなかったの? 何神妙な顔してるのよ? 良くはしらないけど鈴木を陥れるためにこの茶番があったんでしょ。甘く行ったのかしら? それが上手く行ったら一緒に処分されるのは私だけどあなた分かってるの? あなたは私の人生を台無しにしてくれたのよ」

「岩切!」

 見かねたのか美風の咎めるような言葉が飛ぶ。

「……お前がむやみに学校に裁かれる事はない。そのように我々は動いている」

「なにそれ? へえ、あんた達の事を信じれと? 極悪非道上等の新新聞部の連中を信じれと……もう……いいよ……もう私は」

 と言いながら、その瞬間、なぜか岩切里佳は泣きだした。

「……もう無理だよ。私は、そんな善意なんて堪えられないんだよ。なんで馬鹿にしないのさ、見捨てないのさ。そうしたら私はあんたらの事を恨んで、それを励みにして、またこすっからい小金稼ぎに戻れるのにさ」

「里佳さん……」

 地面に膝をつき、泣き崩れる岩切里佳——里佳さんに、僕はそれ以上声をかける事ができなかった。

 そのまま沈黙し、回りは静寂に包まれ、彼女のすすり泣くような声だけがその中で響いた。

 それは後で思えば一瞬の事なのだろうが、僕に取っては永遠にも思えるような時間が過ぎたあと、

「でもさあ……嬉しかったよ」と里佳さん。

 彼女の言葉に当惑しながら、

「嬉しかった……?」と僕。

「何でもするから君を助けたいと思った気持ちは嘘じゃなかったのさ。偽物でもさ、本気で恋人を助けようと思ってくれてたんだろ、あんたは……あれだけズタボロになっても」

「それは、そうですが……」

 僕は迷い、微かに首を縦にでも横にでもない方向に動かした。

 素直に首肯する事ができなかったのだった。

 彼女をあの連中から救おうと思った気持ちは本物だったが、そこに鈴木を追いつめるために利用すると言う打算の気持ちも入ってたのは事実だからだ。

 僕は彼女を利用し、そのせいで彼女は生活的も、荻野学園で学ぶと言う夢的にも追いつめられ厳しい状況へと追いつめられた。これも事実だった。

 軽々しく、軽率に、ある正義を貫こうとしたらそのせいで救おうと思った者まで破滅させる事になってしまったのだとしたら……

「あんた、本当に馬鹿だね」

「はい?」

「こんな私の言葉真面目に聞いて」

「…………」

「私の言ってるのなんて、全部逆恨みじゃん。ろくでもない事してたのは私なのは事実じゃん。君は、そんなの気にしないで堂々としてれば良いのに。そっちのお嬢さんみたいにさ」

 岩切の見る方に振り向くと、そこには浦戸のアニキじゃなかった、松島美風部長が、厳しくも優しい目でじっと僕らを見つめていた。その姿は確かに堂々として、迷い無く、凛とした様子であった。

「あ〜あ。なんか馬鹿らしくなって来たな。これじゃ私だけめそめそして情けない奴みたいじゃない」

 里佳さんは立ち上がりながらそう言った。

「ああ、もう、ちゃんとけじめつけよう。こんなんで泣き出すなんて、どうせ、私にはもう限界だったのよ。もう」

 けじめ? 

 その言葉に何となく不安になる僕。

 そんな表情の僕を見て、少し嗜虐的な笑みを浮かべると、

「でも、その前に、あんたに一つ御願いして良いかしら。このまま君らにやられっぱなしなのもしゃくなので」と里佳さん。

「はい?」

「……あんた、何でも私の言う事一つ聞きなさい。それが私のお願いよ。あんたは、私の事を極悪非道に利用したんだから、そのくらいはかなえるべきよ」

「——はい」

 僕は力強く首肯した。

 何を言われるかは分からないがここで頷かないのは彼女を信用していないような気がして在り得ない。

 なので、

「何でもします」と僕は言った。

「ああ、何でもしますなんて言っちゃって良いの? 私ひどい事させちゃうかも知れないわよ」

「それでも——僕にできる事ならば」

「ふん」里佳さんはまだ目に涙を溜めながらも面白そうに笑うと「じゃあ目を閉じてそこに立って」と言った。

 なるほど、こう来たか。

 と、僕は合点が言った。

 最後に僕は思いっきり殴られるんだ。

 でも、それ彼女の気持ちがすっきりしてくれるのなら何発殴られたって良いくらいだ。

 僕は、そう思うと晴れやかな気持ちになりながら、彼女の拳が顔に飛んで来るのを待ち構えたが……


「チュッ!」


 僕は唇に感じた温かく柔らかい感触にびっくりして思わず目を開けてしまった。

 びっくりして思わず後ずさろうとする僕を、里佳さんは逃がさないとでも言いたげに、背中に手を回してがっしりと抑えると、ますます強く唇を押し付けて来るのだった。

 そしてそのまま、僕は唇をまさぐられ、啄まれ、頭がぼうっとしてぐるぐると回り、気づけば倒れかけたところを里佳さんに支えられ、それでも唇を離してもらえずに、もう動転して気絶してしまいそうな状態になったところで……

「まあ、この辺で勘弁してやるか」と言った。

「おい岩切」

 この一部始終を見ていた美風さんは少しあきれ顔で言う。

「これがお前の言うひどい事か?」

「そうよ。だって私みたいな奴がファーストキスの相手なんだからこれ以上はない嫌がらせでしょ。どうせならもっと大事なもの貰ってもよかったのだけれど」

「なるほどな……」

 更にあきれ顔になりながら美風さんは言う。

 その言葉を聞きながら、

「でも、これが、こいつに取って嫌がらせになっているのは……」

 気付けばその前の喧嘩でふらふらになっていた僕は、頭がさらにグルグルと回り初め。

 そのまま……

「——絶対に違うと思うのだけどな」

 気を失うのであった。 

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