第11話 ラノベの主人公はなぜ簡単に分の悪い勝負を受けてしまうのだろうか?
新新聞部が新聞部の一人がやっていたテスト問題の横流しに気付いた。
そうしたら新新聞部はどうするだろう。
事は学校新聞などというものの適正を越えた大きな事件だ。まともな連中ならば、教師にその事を伝えて適正な処置を願うだろう。
しかし、新新聞部は、スキャンダルの暴露とか、それをネタにした脅迫とか、非道上等のろくでもない連中だ。教師に判断願うなんて言う殊勝な事はしないだろう。最悪の形でそれを公開しようとするか、もしくは公開をネタになにか交換条件を提示した取引を求めて来るだろう。
どっちも今回の主犯、新聞部の鈴木にとっては好ましい事ではないが、どっちの方がよりましだと言えるだろうか。
と思えば……
答えは一つ。それはもちろん後者。取引に応じる事だ。
なので、ポストの上にUSBを置いた時の写真を送られて来た時の鈴木の反応は、新新聞部の出した選択肢二つ——これを新聞沙汰にされるか取引に応じるか——であれば選ぶまでもない事だった。
鈴木は取引に応じる事にした。
しかし彼はそれほど焦っているわけではない。
まだ決定的な証拠は掴まれていないとは思っている。
岩切里佳にUSBを受け渡そうと、ポストの上に置いたときの写真があるにしても、それは何かと思って触ったところを撮られたとか、落ちていたのを拾っただけとか、いくらでも言いようはある。
まだテスト問題盗難の犯人と自分が言い切られるだけの証拠はそろっていないと鈴木は思っていた。
大体学校側だって、ホワイト新聞部の部員とブラック新聞部とどっちを信用するかと言う事だ。
新新聞部の連中が優等生にまた無理筋の難癖をつけていると思ってしまうのではないか?
いやきっとそう思てくれるだろう。と鈴木は思っていた。奴らに——新新聞部の連中に譲歩をしてやる必要は無いと思っていた。
しかし念には念をいれたい。自分が悪事を行ったのは鈴木自分自身が知っているのだから、それがもしバレたなら。少しでもそう思えば、新新聞部の出した取引条件、
『学園前駅の先の住宅街の中の人気の無い公園にちょっと来てもらって今後の話をさせてもらいましょうか。できれば特ダネの共有など……いえそれはテスト問題の流出とかそう言うのでなくていいですから……それに釣り合うようなネタだったら……我々は今ネタ不足でこまってましてね。どうですか今日、この時間にこの場所で……』と、放課後すぐに声をかけて来たハル——中野栄の突然の申し出に乗る事にしたのだった。
つまり、このまましっぽをつかめるかどうか分からないテスト問題流出事件の件を追うよりも、もっと良いネタを提供してくれるなら、それでこの件はもう無しにしてやろうと言う事のようだ。
それならば自分の新聞部では扱えないような下劣なネタでもくれてやれば良い。信頼されている新聞部員として教師にも学生にも入り込んでいる自分には、様々な情報が集まっている。
最近のめぼしいものは……教師の不倫から、二年の学年三位の優等生のカンニングの証拠。それが気に入らないなら、別にこの後二、三個ネタを提供してやる約束をしたってよい。
ホワイト新聞部として何処でも怪しまれずに入って行ける自分が情報提供者となる事は、基本いつも隠れて行動しないと警戒されて何もネタを掴めないブラック新聞部の連中にとっては随分な利点となるはずだ。
魚心あれば水心あり。これであの下劣な連中とは取引が可能だろうと自信満々に指定の公園に向かった鈴木であった。
しかし、彼がその場で見たものは……
地面に這いつくばって、蹴られ続けている山屋敷青葉。
ひどく惨めで、情けない様子であったが、彼の目は全く死んでいなかった。
不屈の意志を持って、その状況を耐え忍んでいるのだった。
その上、見る者が見ればその目には余裕の様子がある。
しかし、彼を蹴る男達にはそんな男の意思などの機微の分かるわけも無く、
「おいおい、相変わらず弱っちいな。なにしに来たんだよお前は」
なので、
「……お前らを叩きのめすためだ」
と言う青葉の言葉は少し予想外だったようだ。
そしてその予想外の言葉に、
「おいおい……」
男達はみんなゲラゲラと笑い始めた。
「……ウケる。なんだこいつ。今年一番面白いぜ。お前の言葉」
「おい、男、お前に勝てる要素が少しでもあるのかよ。一対一でも俺ら誰にも彼なさそうなのに、六人相手にどうする気だよ」
「……負けなければ、負けない!」
「は? なんだそれ?」
「自分が負けたと言うまでは、僕は負けてない!」
「は?」
また笑い出す男達。
そして一人が、青葉の顔を踏みにじりながら、
「おいおい、萩野学園のオボッッちゃんよ、そんな事を言って良いのかい。今まであんたの事を気を使って手加減してやってたの分からないのかい? 俺ら本気出したら、お前怪我くらいじゃ済まないぜ」と。
「——アニキ、余りやり過ぎると……」
青葉の顔を踏んでいた男は、忠告を受け、
「そうだな、こいつを半殺しにするのはなんの躊躇もないが、怪我を見て回りが騒ぎ出したら面倒くさいからな」
顔から足を離すとつばを吐きかけながら言う。
「おい、お前、この辺で勘弁してやってもよいぞ。お兄さん達は優しいからな、今日の迷惑料も極安でかんべんしてやるし、このまま土下座でもして許しを……」
「うるさい!」
青葉の反抗の言葉に一瞬虚をつかれる男。
その隙に地面を転がり、立ち上がる青葉。
しかし、それは立つのもやっとなぼろぼろの様子で、立ったからと言って青葉にはその後何もできないのだが、
「おいおい、まだ立ち上がれるのかよ……」
男達の中から、少し恐怖の気持ちさえ混じったような、びっくりしたような声が上がる。
「……なんだお前根性だけはすごいな。それに免じて、もう許してやるって言ってるだろ。年長者の慈悲には素直にすがるもんだぞ」
「うるさい! 逃げるのか!」
「逃げる……?」
男達は何を言われたのか分からないような様子。
「そうだ、戦いから自ら去る者。それを逃げると言わずに何と言う」
「はあ?」
男達は、困惑した表情ながら、青葉の売り言葉に少しイラットした様子。
「度胸も無く人を殴り、とどめを刺す勇気も無い弱虫のお前らに、この僕が負けるわけは無い。事実こうやって立ち上がりお前らに相対している。これでここから去るのなら、お前らの負けだ!」
「はあ?」
せっかく出した譲歩の条件にも全く譲らない青葉の言葉に、男達の理性をつなぎ止めていた糸がぷっつりと切れてしまったようだった。
「おいおい、お前、自分が何言ってるのか分かってるのか? 萩野のおぼっちゃんに大人げないと思って俺らが加減してやってるのを知らずに何を意気がってるんだ、こりゃ!」
「おい、ふざけんな、こりゃ!」
「骨の一本二本じゃすまんぞ、小僧」
男達は、次々に青葉を脅かす言葉を吐く。それらの言葉には、さっきまであった余裕のような者が消え、青葉を少し怖れている、その決意を怖れているようにも見えた。しかし、それ故に、余裕無く本気で怒り始めているからこそ、男達の暴力は本気になる。
「この、ぼけ!」
顔を殴られまた地面に転がる青葉。
しかし、また直ぐに彼は立ち上がり、
「……はっ。まだ、この位か。あんた達、本気でやってんの?」
と言う。
その挑発に男達は更にカッとなる。
「おい、お前、死んでも知らねえぞ。俺らを本気で怒らせたお前のせいだからな」
「男、お前、謝るならこれが最後のチャンスだぞ、おい!」
「おい、俺らはもう殺し以外なんでもやってるんだからな。お前をどんな目にあわすかわかってるのか、どさんぴん!」
しかし、その言葉を聞いて、何と青葉は笑い出す。
「なんだお前、恐怖で気でも狂ったのか? 何がおかしい?」
と言う男達の方がかえって恐怖の表情を浮かべていたが、気持ちの問題はともかく、身体的には追い込まれているのは青葉である事には変わらない。
男達は、その恐怖を叩き潰してしまおうと、全員が青葉ににじり寄った。
すると、
「何がおかしいって、あんた達おかしすぎないか?」と青葉。
「何がだ! ふざけんなこりゃ」
「「死んでも知らないぞ』とか『殺し以外はなんでもやった』とか、怖じ気づいているのが丸わかりですよ。最後までやる勇気もなく、僕が脅しに屈するのを待ってるんでしょ。そんな連中に僕は……ぐっ!」
腹を殴られて地面にまた倒れる青葉。
「おんどりゃあ! ふざけんなよ! 俺らがやれんとおもってるのか! 死にさらせこら!」
と言うと、男は思いっきり、足を振り上げて、青葉の顔を踏み抜こうとするが……
「やめなよ!」
男の足の踏み下ろされる先に身体を入れて、青葉の頭を守るように抱きかかえて間に入ったのが岩切里佳であった。
完全に力が入る前の中途半端なところで男の足を止めたものの、岩切里佳の背中は相当強く踏み込まれていた。
「……っ。あ……あんた達……大人げないよ」
胸を圧迫されしゃべるのが相当に辛そうな岩切里佳であった。
「……こ……こんなお子さんに本気になってさ。殺しちゃったりしたらマジ冗談にならないって」
岩切里佳の言葉に男達の怒気が少し緩む。
確かに言われてみれば、ここでやりすぎると男達もただでは済まない。もう未成年ではない者も多い彼らは、これで警察沙汰になるのはあまり利口とは言えない。その手の損得に目ざとい彼らには、それは十分意理解できていた。
問題は、青葉が譲らずに謝らず、なめられたと思ってる、彼らの自尊心が満たされない事だが。
「お詫びなら、私が何でもするからさ」
それは岩切里佳が何とかするつもりの様だった。
「おい、おい、里佳ちゃん。随分献身的に彼氏を守るじゃないか」
「彼氏の不手際の始末なら、彼女の仕事だよ。こんなふがいない奴だけど、私を必死に守ってくれるためにやってくれてるんだ、その意気に免じて許してやってよ」
「許す? まあ確かに、俺らも大人げなかったような気はするよ。でも里佳ちゃんよ。なんでもやってくれるって、本当になんでもやってくれるんだろうな?」
「…………」
「俺らは、本当になんでもやっちゃうぞ。お前も良く知ってるよな」
「…………もちろんよ」
「あっはは、こりゃいいぜ。惨めだよな。お前がいくら頑張ったところで、こうやって女は俺たちの思うがままだぞ。情けないな、おいお前」
「寝取られだぞ、男。NTRだぞ、おい」
岩切里佳の思った通り、男達の自尊心は、青葉の彼女(と言う事なっている)自分を思うがままにする事で何とか落ち着きどころが見つかりそうだった。
もっとも、
「何でもするって……今回は、言い逃れは難しいかな……はは、こんな連中、触られるだけでも反吐がでるけど」
と青葉にだけ聞こえる小声で言う岩切里佳は決してそれを望んでいるわけではない。
「なら……」
岩切里佳からするりと抜けまた立ち上がる青葉。
「おい、君!」
びっくりして悲鳴のような声を上げる岩切里佳。
「……僕も、まだあきらめるわけにはいかないな」
青葉足元もふらふらのぼろぼろの状態であるが、いままでで一番の決意をみなぎらせながら言う。
「おい、お前ら、僕を殺しもしないうちに、終わると思うなよ。まだまだ、何も、終わってないんだぜ」
男達は、今度こそ隠しもせずに青葉を恐怖の眼差しで見る。この男、青葉は、本当に殺しでもしない限り、ずっと男達に歯向かって来るだろう。
そう思えば、男達は、本気の殺気をもって青葉に襲いかかろうとしている。
「あんたら、止めてよ。本気になるなんて馬鹿らしいじゃん」
もう岩切里佳の制止など何の効き目も無い。
男達は、今にもたおれそうな青葉につかみかかり、また押し倒そうと襟口を掴んだ時……
「待て!」
天地をつんざくような、鋭く、また気高い声がそこに響いた。
その声の方向に皆が一斉に振り返る。
「その勝負しばし待たれよ」
そこに立っていたのは新新聞部部長 松島美風であった。
「はあ? なんだお前」
「なんだ女? なんの真似だ」
突然現れた松島美風。彼女の自信満々、ただ者ならぬ様子に、男達は気後れしている様子ではあるものの、たかだか女子高生一人が現れたくらいでびびるわけにもいかない。
「お前、邪魔する気か?」
「お前もただでは済まんぞ!」
男達は、脅しの言葉を次々に美風に投げかける。
しかし、彼女は全く動じた様子もなく、
「……勝負の途中に推し参り失礼つかまつる。しかし、しばし待たれよ。私はその男に用がある」
美風の視線は一点に青葉を見る。その鋭くも優しく、厳しくも包むような目。青葉はその瞬間、全てを察した、そしてその次に来る言葉も。
「山屋敷青葉! 星辰無刀流免許皆伝者としてお前に問う!」
「はい!」
美風は、あの浦戸のアニキだ。
青葉はその瞬間確信した、
男だとばかり思っていたアニキが、アネキだったなんて……?
なんで名字が変わってるのかとか……?
青葉には分からない事ばかりだったけど、あの目は、自分を見るその目は間違えようもなかった。
美風こそがここで今、自分の縛めをとける唯一の人物だったのだ。
「お前はなぜあきらめない」
「守るためです!」
「何をだ」
「全てです」
「全てとは何だ」
「未来です」
「未来とは何だ」
「譲れないものです」
「何故譲れない」
「それは大切なものだからです」
「それはお前自身より大切なものか」
一瞬考え込む青葉。
そして、
「自分は弱い人間です。もしかしたら自分より大切なものなんて無いかもしれません」
と言う。
「ならば、譲るか。この場を私に譲るのも可とするぞ」
「いえ」青葉はじっと美風の目を見つめながら言う。「譲りません。大切なのは、自分ならば、それ故に自分の回りの未来も全て自分は大切です。その未来こそが自分であれば、自分はそれを背負います!」
「ふむ……」
美風は少し考えたすえ、
「……まだまだ未熟な答えであるが、今日のところはこれまでは許すとする」
背負ていた竹刀袋から剣を取り出す。
剣——しかしおもちゃの剣であった。
祭りの夜店ででも売っていそうな、子供しか喜んで買わないようなビニール製の長さ五十センチ程度の剣。
青葉はそれを見て、首肯すると、今までのふらふらの様子が嘘のように軽やかに歩き、美風より剣を受け取ると、振り返り男達に向かって構える。
それを見て、美風の勢いにあっけに取られていた男達も我に返る。
「……と言うか、何が始まるのかと思ったらなんだそれ?」
「そんなおもちゃの剣でどうしようって言うんだ」
男達は意地悪い嘲笑で思わず口元を緩ましていた。
しかし、
「青葉。分かってるな。剣以外は使うのを許しておらぬ。その剣だけで未来を掴んでみよ」
美風の声にはまるでふざけたところは無かった。
「はい!」その指示を受けた青葉にももちろん。
その様子は、男達を更にイライラさせたらしい。
「もう頭に来た、こいつらまとめて全部締めるぞ! まずはこの小僧を……」
と言うリーダー格の男の言葉を皮切りに、次々に青葉に襲いかかる男達。
まずは先頭にいた大男が青葉に殴り掛かる。
しかし、青葉は最初の男の拳を寸前でかわすと、そのまま男の勢いを利用しておもちゃの剣を脇の下にひっっかけるとまるで合気の投げのように男を中に舞わす。
「ぐへっ!」
しこたま強く背中を地面に打ち付けた男の漏らした声であった。
「この野郎!」
次の男が青葉を殴ろうとする。しかし青葉はその男の腕を剣でいなすと、そのままみぞおちに剣の柄をめり込ませる。
「ぐっ……」
口から泡をふいて男は倒れる。
「「「ふざけんな!」」」
今度は男達は三人一緒に青葉に飛びかかる。
しかし、青葉は、その突進を空中に飛び、タックルを仕掛けて来た男の肩を踏み台にする事で彼らの後方に着地すると、
「はっ!」
一人を後ろから、剣を脇腹に突き刺し悶絶させ、次に振り返った男の首筋に剣を当てる。
ビニールのおもちゃの剣の技とは思えぬ威力であった。タイミングとスピード。到底武器となり得ない偽物の剣を、青葉は最大限に使い、男達を倒していた。
残り一人、どうもレスリングか何かの経験者らしい男は、もういちどタックルを仕掛けて来る。
それに対して、青葉は、今度はもう飛んで逃げる余裕はないので、タックルを上から潰し、その際に首筋を剣で押さえる。
するとチョークスリーパーの要領であっさりと落ちる男。
それを見て、
「な、なんなんだ、お前は!」
ただ一人残されたリーダー格の男は恐怖を隠そうともせずに震える声で叫んだ。
「……これだけやらかしといてただで済むと思うなよ」
男は、このままでは敵わないと踏んだか、尻のポケットからジャックナイフを取り出すと、刃を出して構える。
「死にさらせ! この……」
男はナイフを下から切り上げながら襲いかかるが、青葉はそれをあっさりと避ける。
大降りの、避けられて当然のような振りであった。その程度の技量ではナイフを持ったところで青葉には触る事もできそうに無いように見えた。
しかし……
男も慣れたもの、大降りはフェイントで、振り抜く前にナイフの方向を変えると、もう一つ首筋を狙った細かいフェイントの後、最後に腹に向かってナイフを突き立てる。
男は中々の技量のようであった。恐怖と、怒り心頭で、本気で青葉を殺す気でナイフを振るっているようでもあった。
チンケな不良のナイフの一突きではあったが、彼の渾身の一突きであった。
それには、さきほどから超人的な動きを見せていた青葉も、対応できずに棒立ちになってしまっているように見えた。
すると、男の顔に残酷な笑みが走った。ナイフが青葉の腹の寸前まで達し、彼はこの勝負の勝利を確信したようだった。
そして、
「クソガキめ!」
男は心底嬉しそうな笑みを浮かべ青葉の腹にナイフを突き刺した……
——はずであった。
——彼は確かに青葉の身体をナイフで突き刺したと思ったのだ。
しかし、男は今何もない宙にナイフを突き出して、ぽかんとしてしまっているのに気付く。彼は、確かに青葉を刺したと思ったのに……
「『星辰無刀流 空蝉の断』か。あの天才少年、技はそのまま順調に成長したようだな」美風は感心したように呟く。「ただし、心は未だ歳並みにもいたらずか。やはり師匠から聞いた通りの男のようだ」
男は残像を、青葉の残像を刺し貫いたのだった。『星辰無刀流 空蝉の断』。相手が確かにしとめたと錯覚させる程に直前に身体を避ける事で相手にしとめたと勘違いさせて油断を誘う。青葉の学んだ星辰無刀流の秘技のひとつであった。
そして、
「はっ!」
美風の呟きなど聞こえぬ青葉は気合い一閃、振り下ろした剣は男の肩口を叩き、そのまま男がバランスを崩して倒れたところに腹に柄を突き刺し、
「ぶほっ!」
男は泡を吹いて気を失う。
しかし、それを見ても油断せずに直ぐに立ち上がり、すぐに斬新の構えをする青葉。
終わってみれば瞬く間の出来事であった。
青葉にかかって来た男達は、気を失うか、うめき声を上げながら倒れていて、立上がれる者は誰もいない。
信じられないような光景。おもちゃの剣を使った、冗談のような勝利だった。
そして、青葉が構えじっと様子を見据えている数分のうちに、男達は正気を取り戻し、息ができるようになってやっと立てるようになる。
しかし、男達は、誰一人として、再び襲いかかってこようとはしなかった。
暴力が日常になっている彼らだから分かる、青葉との間の圧倒的な力の差。完全に心が折れていた彼らには、もう青葉に襲いかかるような気力は残されていなかった。
罵声を浴びせて来る事さえ無かった。
男達は一同顔を見合わせると、立ち上がり、じりじりと後ろに下がりながら、公園の出口まで行くとそこからは一目散に走って逃げ出していったのだった。
つまり……
——終わった。
青葉はほっと一息をついた。後は裏で鈴木を罠にはめていた新新聞部のみんなの行動しだいだが、それは抜け目無いあの先輩達の事、人を陥れるとか騙すとかそう言う事に関しては、絶対的な信頼感があった。
普通なら、あまりそう言うの信頼したくないのだが、今回はそれが頼りだった。
そしてあの人達ならばきっと上手くやっているはずだ。青葉はそう思いながらもう一度深呼吸をして、緊張を解き、一気に出た疲労にその場に座り込みそうになるが……
何か厳しい強い視線を感じ、まだ誰かいるのかとはっと振り向けば、
「で、あんた、この始末この後どうつけるのよ」
ひどく非難がましく青葉を見つめる岩切里佳の姿がそこにあるのだった。
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