第10話 ラノベの主人公も強くなる為には裏で修行してはいないだろうか?
火を知るならば火は知らず。
水を知るならば水は知らず。
土を知るならば土は知らず。
気を知るならば気は知らず。
本来何物もなかりせば。
我が剣切るは何物でもなく。
切る我れ無くば色も無く。
色が無ければ我も無い。
ただ剣のみが我となれば。
塵とともに鏡も消える。
「うぉおおおおおおおおお!」
*
星辰無刀流。それが僕の学ばされた家伝の剣の流派の名前だ。
僕の一家を宗家として伝わる剣の流派だった。
日本の表の歴史には殆どその姿を現さないのだが、識者には過去の大きな政変の陰にはその剣ありと言われる程の勢力を政治の裏側で誇った一派らしい。
いや「らしい」と言うのは、今は剣で社会がかわるような、そんな時代ではないだから、僕の一家は、外からみれば単に歴史の古い剣技を守り伝えている家族にしか見えないし、実態もそんなもので——僕にとってはは権勢を誇ったらしい過去の事なんてまるで実感がないものだったからだ。
でも、この家に生まれた者の務めとして、僕は小さい頃から剣の修行を始め——そしてやはり血は争えないのか——中学校に上がる頃には家流始まって以来の天才とさえ言われる程の腕を持つに至っていた。
実際、大人の修行者に比べたって、それなりの腕にまで自分はなっていると言う自信はある。
稽古でぶつかる大人の中でも僕に確実に勝てるのは師範代クラス——自慢じゃなく——単なる技だけの話で言えばもうそう言う域に僕はは達しているのだった。
しかし、それはあくまでも「技」の話だ。
剣を振るうのは身体のみではない。
心。それが無い剣は自らを切り刻む。
僕にはまだそれが無い。剣を振るうだけの心が。
だから、僕はまだ稽古以外で剣を持つ事が許されぬ半人前だ。
その心ができるまで、その間、剣を振るう事が許されるのは免許皆伝の師範代に許可されたときだけ。そしてその許可は、生半可な場合では出る事もない。自らの命が危険になった時でさえ、義も理もあっっても、必ずしも許可が出るわけでもない。
それは時に理不尽で、意味不明な、まるで禅の公案のような問いかけに対して、正しく悟った時にだけ許可が出る。そしてその許可を判断できる者だけが面書皆伝となる。僕にはまだまだ遠い話——なので今のところ、僕はやたらと体力があるだけの高校生にすぎないのだった。
いくら人間離れした技を持っていても、それを勝手に振るう事はできない。なので、剣も体術も、僕が学んだ全ては今は役立たず。まだ心なく剣は使えない。これは星辰無刀流に生きる者に取って絶対の掟だった。
破った場合は破門、すなわち僕の場合は親子の縁も切られると言う強い罰則をもった、誓いだった。ひどく厳しく。ひどく長い修行を要求される誓いだった。
でも、それで良いのかも知れない。この今の日本で剣を生かす道なんて限られていて、弱い気持ちでそれをふるったならば、その剣は自らを滅ぼす事になるのだろう。
なので、
<我が剣をふるうのは、自らを捨て、義を達すときのみ>
<我が無く、それ故に我を助く時のみ>
その時を見いだせるようになった時にこそ星辰無刀流の免許皆伝者となる。
そして、技だけなら家流始まって以来の天才と言われたこの僕も、この精神につてはまだまだ未熟——故に自ら戦いを行う事は禁じられているのだった。
今の僕にあるのは修行で鍛えた身体だけ、相手には手を出せない。
しかし、それで、それでも僕ができる事。
それは……
「まったく、そりゃ一度は何でもするって言ったけど、こんな馬鹿な事やらされるとは思わなかったわ」
僕は、背中に抱きつきながら小声で呟く、たぶん呆れ顔をしてるだろう岩切里佳の言葉を聞きながら、目の前の柄の悪い男たちを睨む。
「お前は馬鹿か」
この間、岩切里佳を土下座させ詰問していた男が僕に向かって言う。
「馬鹿で結構!」
僕の言葉を聞いて苦笑いをするその男。
男に一緒について来た他の五人も、あきれ顔で笑う。
「俺らと喧嘩して勝ったらその女から離れろってのか」
「そうだ!」
「俺らは何人がかりでも良い?」
「そうだ!」
「お前の女のためか」
「そうだ!」
へへへ、と気味の悪い笑いを浮かべる男たち。
「なんとも、あの里佳が随分と一途なお子さんを捕まえたもんだな。おまえ……」男は僕を馬鹿にするような目でみながら「こいつが、どんな女か分かって付き合ってるのか? お前みたいなお子様なんて利用されるだけ利用されて捨てられるだけだぞ」
「構わん!」
「構わない? はは、里佳も随分と酔狂な奴にほれられたもんだな」
「里佳、どんな事やってこいつ捕まえたんだよ。こいつの童貞でも貰ってやったのか。おい、うらやましいな」
「おいおい、里佳ちゃん。そっちの方はお固い子だと思ってたら、いつのまにかそんなスケベになってたのかい。それなら、俺らにもお願いするよ。いいだろ。こんなガキよりも」
なんとも下衆な、連中の物言いに、
「だれがお前らと。ふざけんなクズ」
岩切里佳は小声で怒りの言葉を呟くが、
「おい、里佳ちゃん、何その顔。俺たちじゃ嫌なのかい。そんなガキとはやれるのに? おいおいプライド傷ついちゃうな」
「あらら、そんな俺らを怒らしたら、無理矢理でもやっちゃうよ——。
前はやりそこねたけど。今度は逃がさないよ」
一斉に嫌らしい笑いを浮かべる男たち。
僕の肩に抱きついていた岩切里佳の手が強く、ぐっと握られる。
言われ放題で悔しいのだろう。
僕も怒り心頭。
僕は、岩切里佳がどんな人なのか僕が全部分かっているわけではない。
でも女の子に言って良い事と悪い事ががあり——こいつらは今言っては行けない事を——畜生以下の欲望をそのまま垂れ流している。
僕は、いくら偽恋人、恋人のふりをしているだけの関係としても、だからこそ、そのふりを頼んだ当人として、そのせいで彼女が受ける侮辱には責任を持たなければならない。
そのためには僕は耐えなければならない。
正直、このまま怒りに身を任せて、星辰無刀流を破門になっても構わない、この連中をぶちのめしてしまいたいと言う気持ちを抑えきれなくなる。
しかし、たとえすぐに連中を打ちのめしたとしても、それで岩切里佳が救われるわけじゃない。僕が今しなければならないのは、そんな事ではないのだ。
僕は時間を稼がねばならないのだ。
僕は耐えねばならないのだった。
そのため……
僕は今日の昼休みの岩切里佳との会話を思い出す。
「あの連中と。もう一度喧嘩がしたい? それが黙ってる為の条件? なんなのそれ。意味分かんない。あんたマゾかなんかなの。のこのこ出かけてったって、またぶちのめされて終わるだけじゃないの」
「それでいいんです」
「それでいい? ぶちのめされるだけで?」
「そうです」
「ますます意味が分からないわね」
「その間に鈴木は終わりになります」
「新聞部の鈴木?」
「奴を新新聞部で罠にかけます」
「はあ? そんな事されたら私、困るんだけど」
「金づるが無くなってですか?」
「鈴木だけでないわ。あんたが喧嘩したいなんて馬鹿な事言ってる、あの連中だってそうよ。両方ともいけ好かないクズどもだけれど、私には大事な金づるなのよ。余計な事はしたくはないわ」
「不正の片棒担いで得た金でもですか」
「ふん。あんたは、やっぱり、そんな甘っちょろい事言うのね。じゃあ他にどうやって金がやって来るって言うのよ。バイトとか甘い事言わないでね。不自由無く親が金を出してくれてる家の子が、小遣い欲しさにやってるのとかとは違うのよ」
「違います」
「なに? 違いますってどっちよ。私は君ら見たいなお坊ちゃんと違って認めてくれたの? それともそんな事は認められないって事?」
「両方ですかね。——里佳さん。それ、答え両方とも正解になりますよ。あなたが僕ら見たいなあまちゃんとは違う境遇に置かれているのは認めた上で、そんな事は認められないって言う事ができます」
「ふん。そんな、へ理屈言われて、しゅんとでもなると思ってるの。別にあなたとディベートやりたいわけじゃないわ。もし論破されたって、それが何よって事だわ。私はそんなので心は全く動かないで今まで通りやるだけの事よ。それより……」
「それより?」
「——あんたの今の口ぶりだと、どうも昨日の私の事もう部活の仲間にばらしちゃってるみたいね。——それじゃ取引は無しよ。何でもしてあげるって言ったのあれは無しだわ。あんたがもう漏らしちゃってるんじゃ私があなたを口止めする必要性がないもんね」
「そうですか……」
「残念ね。あんた。せっかく大人になるチャンスだったのに。おしかったわね。そんな良い子ちゃんじゃ、もうしばらくチャンスも無いでしょうし」
「違いますね」
「違う? あなた童貞じゃないの? 意外ね」
「いや……それはそうですが」
「そうですが?」
「童貞ですが……」
「キスもまだでしょ?」
「いえ……」
「いえ?」
「………………はい。まだです」
ふっ。という岩切里佳の笑い。
それに心が折れそうになる自分。
しかし、何とかそれに耐えきって、
「あの……違うってのはそれじゃなく。良い子ちゃんって言う方で……」
僕は本来言おうとしていた事に話を引きもどす。
「…………?」
「分かってます? 里佳さん。僕って悪名高い新新聞部の一員なんですよ」
「…………で?」
「——今までの事学校にばらされたくなければ僕と恋人になってください」
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