第9話 ラノベの主人公にはなぜ選べない選択肢ばかり用意されるのだろうか?

 放課後、先を歩く瑞鳳春香に、僕は数歩離れてぴったりとついて歩いて行く。

 さすがに気になるのか、時々軽く振り返りながら僕をチラ見する彼女。

 部活棟に向かう渡り廊下を歩き、階段を上り、どう考えてもこれは新新聞部の部室まで着いてきそうと彼女は思っているだろうが……

 その通りだった。

 昨日あれだけの啖呵を切っていなくなった僕があっさり戻って来るのが不思議そうな瑞鳳春香の様子だったが——そりゃそうだ。

 今更、やっぱり仲間になりたいですなんて言って戻るような恥ずかしい真似を僕はするつもりはない。

 そうではなく。

 僕は、


「ともかく教えて欲しいのです。この騒動のいままでの顛末を」


 と新新聞部のみんなに言いながら頭を下げた。

 僕はみんなに、自分の気持ちを率直に、隠す事も無く伝えた。

 やはり自分は、ここに戻って来るつもりは無い。この新聞の方針には自分はどうしても賛成する事はできない。

 しかし、成り行きで関わってしまった、このテスト問題盗難に伴う騒動を途中で放り出していなくなるのは、この後もの凄く寝覚めが悪くなりそうなのでこの件が片付くまでここにいさせて貰いたい、協力して貰いたい——と。

 これは、随分勝手な言い分だと自分でも思う。あなた達の事、少なくともやってる事は嫌いだが、僕のために協力しろ、と言っているのも同然だったからだ。

 だから、僕は緊張して、どなられたりしてもしょうがないと言う気持ちで、下を向きみんなの答えを待ったが……

 しかし、先輩方の反応は、どうも、予想の斜め上の方向にからやって来たようだった。

「分かった、分かった。やっぱり寂しいんだな」

「何、この子、ツンデレ可愛い」

「ほんと、青葉君、ほんと、ここ記念に写真とって良い? 後で部員七人いる証拠に、ほんと、提出するから」

「(パソコンをかたかたと叩きながら)ふっ、個人情報ゲットだぜ(誰のだ)」

 と事実無根な上に最後は少し意味不明に怖かった先輩方の答えを貰う。

 相変わらず、マイペースで好き勝手、自分勝手で、お気楽ポジティヴ。ああ、この人達のやってる事は認められないが、人間的にはどうにも嫌いになれない——好きな人達だと僕は今こそはっきりと自覚するが、しかし、このまま、またもや向こうのペースに巻き込まれてしまうと全てがうやむやになりそうなので……完全にそうなる前にと僕は美風先輩に向かって、

「こんな事、いったい何時から続いているんですか」と言う。

 すると、

「うむ」

 美風先輩は僕の言葉に、深く首肯し、続けて、

「ルル」と言う。

 言われた瑞鳳春香は、無言で立ち上がると、奥のロッカーに歩いて行き、中から分厚いファイルを一冊取り出すと、それを胸に抱えて持って来ると僕の前に置く。

 僕は無言でそのファイルを開く。

 そこに書かれていたのは昨年の途中から続くこの学園でのテスト問題流出の疑いの記録だった。

 毎回公開される、校内実力テストでのクラスごとの平均点と標準偏差。

 それが不自然に、他のクラスにくらべて高くなるクラスが時々現れる。それにリック先輩が気付いた事が、この試験問題の漏洩に新新聞部が気付くきっかけだったと言う事だった。

 まあそれだけだと、単なる偶然か、教師の教え方がたまたまうまかったとか、うっかりテスト問題のヒントを授業で出してしまったとか言った事も考えられないでも無いのだが、

「ほんと、あの時の、うちのクラスとかかなりおかしかったのよね、ほんと」とマチ先輩。

「いつも赤点すれすれの奴とかが突然高得点とって、それだけでも変なのに、そいつその後しばらく、ほんと、学校終わった後にファミレス寄るとかを遠慮してて、なんかこれこいつ、ほんと、金なくなったなって……それでピンときたの。ほんと、こいつテストの点数上がったの、ほんと、お金さんでなんとかしたんじゃないかって」

 そのマチ先輩の直感に従って、新新聞部のみんなが網を張って、それにひっかかったのが新聞部の鈴木ともう退学したある男子生徒であった。

「退学?」と僕。

「うん。この学園の生徒にしては珍しくね。街の不良たちと親交があったみたいでね、そんなろくでもない連中と付き合うようになったら、あっという間に学校なんか馬鹿らしくなって、ドロップアウトさ。まったく将来ある若者がもったいない事だね」

 と偉そうに語るハル先輩。いや自分的にはあなたたちと交わるのも十分に真っ赤っかなんですけど——と言うのは心の中だけにしておいて、

「その退学した生徒と言うのは何をしてたんですか」と僕。

「ああ、彼が実際の実行役だったのだと思う。鈴木が盗んだテスト問題を、街の不良たちの元に持って行く。で不良たちは彼らの独自のルートを使って学園の生徒に問題を売りつける。まあただの運び屋だがな、直接不良たちとコネクションを持ちたくない鈴木と、職員室に潜り込んでテスト問題を盗み出すなんて事できないその生徒の理想的な連携だったんだろう」

 なるほどと、首肯する僕。

 そして岩切里佳は——

「そして、岩切里佳はその退学になった男の代わりと言う事だな。でも、まだそんな何回もこの運び屋の仕事はやってないと思う。彼女の例の感動的な新聞記事を書いたのが鈴木で、その時からの付き合いっぽいな。彼女ももともと、この学園の生徒にしては不良と付き合いが多い方のようだったが、さすがにこんな犯罪に手を貸すような奴じゃなかったようだ。記事ではあんな美談になってたが、やはり親の病気でいろいろと入り用な所を、気付かれた鈴木につけ込まれて利用されたようだな——それは許される事ではないが、同情はするかな」

 僕は、聞いて、鈴木と言う人に対する怒りがふつふつと涌いて来て、今にも部室を飛び出して彼を糾弾してしまいたいと言う気持ちでいっぱいになるが。

「ああでも、あんまり直情的に行動しても駄目よ、青葉君。鈴木の関与の直接的証拠はこの間のUSBメモリーの受け渡しの写真くらいしか無いのだから。完全シラを切られたら、駄目かもね。あの包みは落ちてたの拾って目立つとこに置いといただけで自分が持って来たもんじゃないとか言われたら」

「ほんと、先生達にも、うちらより、ほんと、あっちの新聞部の方信用あるだろうから。ほんと、もっと決定的な証拠がいるね、ほんと。まあそこはじっくり鈴木を、ほんと、追いつめるつもりだったんだけど。ほんと」

 ああ、確かに、ファイルを見ると、この人達は鈴木と岩切里佳の事をずっと追いかけて、追いつめて来ていたようだ。このままじっくりとこの件に取り組んで行ったなら、そのうちにこの二人の悪時の決定的な証拠を見つける事もできるかも知れないけど。

 しかし、

「——でも山屋敷青葉はそれじゃ嫌なんだろ。直ぐにでもこの件を解決したい」

 と言ったのは瑞鳳春香。

 頷く僕。

 そして、合わせて頷くみんな。

 それを見て、

「——お願いします」と僕は頭を下げる。

 すると、ちょっとの間その場は静寂が支配して、僕は一体みんなはどんな表情をしているのかと、不安になりながら顔を上げるが……

 そこにあったのは、みんなの笑顔(一人無表情)。

「やるしかないわね」

「やるか」

「ほんと、やるしかないわね、ほんと」

「ああ、やった方が確率的に良いな」

「…………(頷くだけの瑞鳳春香)」

 みんなが一斉に言う同意の言葉、

 僕は、不覚にも、少し感動する。

 一度はこの人たちには着いて行けないと思い、それは今も正直変わってないのだが、しかし都合良くこの瞬間だけ頼って来た僕の事を受け入れてくれた事に、僕は感謝する。

 何も問わずに、皮肉も言わず、僕をまた受け入れてくれているこの人たちに。

 ハル先輩、サクラ先輩、マチ先輩、リック先輩、瑞鳳春香。

 そして……みんなの視線の集まる美風さん、

「うむ」

 部長は大きく首肯しながら、決意に満ちた表情で言う。

「よし、それでは、これから、三日後発行の号外の編集会議を始める!」

 号外の見出しは——」



 『驚愕! 試験問題流出事件の犯人は!』


 あいつだ。

 僕は心の中でその男の名前を唱えたのだった。


   *


 下宿に帰り、風呂上がり、部屋に戻った時、僕は自分のスマホの着信ランプが点滅しているのを見て、すぐに着信に向かってコールバックをした。

 コール三回で取られた通話の相手は、表示の通り、もちろん妹の萌葉だった。

 しかし、

『——喝!』

 いきなり父親かと思うような気合いを入れて来る萌葉だった。

『悪い奴がいるから枷を解きたい? 笑止千万! お前の正義とはそんなものか!』

 萌葉の、父親譲りのあまりの大声に、耳がキーンとしたので、一度スマホを耳から離してから、

「父さんがそういったんだな?」と僕。

「そうだよ。送られて来たメールの内容見せたけど。残念だけど父様の許可は出なかたっと言うわけ。どうする兄様」

 僕は一瞬息を飲み、

「しょうがない……やれるだけやるだけさ」と。

「うん。しょうがないね。でも兄様なら大丈夫だよ」

「何がだよ」

「——だって兄様は丈夫だから簡単に死なないでしょ。丈夫だから大丈夫」

 人の事をまったく化物みたいに……

 こっちの大変さもしらない言い草の妹に少し僕はムッとなるが……

 ——でもまあそうか、

 確かに丈夫さは門下一だったのはその通りなのだが。

 今の僕の価値ってそんな物なのかよ。

 ……いや確かにそうだな。

 自分から手を出せないのなら……

 ああ、それなら勤めるか。メイン盾。

 僕が時間を稼いでるうちに、みんながなんとかしてくれるだろ。

 それならば、そんな役にも意味があり……

 と思っていると、

「あ、でも、もっと良い案もあるよ」と考えを遮るように萌葉。

「なんだ」

 ああ、どうせ兄様なら死んでも生き返るだろうとか、そんなろくでもない事しか言わないだろうと僕は適当に聞き流すつもりの返事をするが、

「母様から聞いた話。あのね、浦戸のアニキ、そっちの学園にいるって言ったじゃない。アニキね、もう免許皆伝らしいよ——だからアニキも兄様の枷を外せるんだよ!」

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