第8話 ラノベの主人公はなぜ次々に女の子がよって来ても至極冷静なのだろうか?

 夜の公園での喧嘩は——結果から言うとぼろ負けをした。

 ボロぞうきんのように打ちのめされた。

 僕が何も手を「ださない」まま。次々に殴られ蹴られ続けた。

 そのままだと死ぬまでは行かないでも骨の一本や二本折られそうと言う状態だっのだが……さすがの騒ぎに誰かが警察を呼んだのか、パトカーの音が聞こえ初めて僕は危ない所で助かったのだった。

 本当にズタボロだった。

 僕は何も「できない」まま転がされ、反撃せずに地面に転がっていた。

 男達は、そこを容赦なく殴り、蹴った。

 不幸中の幸いは、連中はさすがこういうのに慣れているのか、体ばかり攻撃してきたので、顔に跡が残ったりして下宿に帰ってからおばさんに不審がられたりするのは避けられたようだった。

「ちょっと転んで制服汚してしまいました」

 僕は帰ってからそう言って薄汚れた制服の理由をごまかした。

 おばさんはなんとなく信じられないような表情を浮かべていたが、僕の詳しくは聞いて欲しくなさそうな様子を見て、

「あら青葉君、気をつけてよ。若いからうっかり転んじゃうなんて何でも無いとおもってるかもしれないけど。ひどく転んだ時、——そんな時はちゃんと大人に相談するんだよ」

 と言ってくれた。

 意味深な言葉だった。

 ああ、たぶん、おばさんは全て分かった上で言ってくれたのだろう。

 にぶい僕でもそれは良く分かった。

 その上で僕の決意のような物も分かってくれて、余計な詮索はしないで、そしてそれでも堪えられなかったら自分に相談してくれていいんだと言ってくれてるんだろう。

 そのおばさんの大人の温かさに、思わず涙がでそうだった。

 それは、何と言うか、とても嬉しかった。

 裏切られ(心理)、打ちのめされ(物理)とても弱っていた僕は、思わずそのまま全て打ち明けて、相談してしまいそうな感じだった。

 しかし……

 この件はもうちょっと自分で頑張って見たかった。

 そうでないと自分はこのまま負ける。自分に負けてしまうと言う気がしてならなかったからだった。


 ——なので僕はその夜、妹にメールを書いた。


   *


 次の日の昼。

 僕は、校庭のどこか適当なところで弁当を食べようと思って、教室から出る所だった。

 昼食を食べる環境などにこだわりも無い僕は、昼の弁当は教室で淡々と一人で食べ、その後は自席でぼーっとしているのが常だったのだが、今日はちょっとそこにはいづらい感じだった。

 午前中の間、瑞鳳春香の(相変わらず無表情でありながら)僕を非難したような視線にさらされていて、昼くらいはそれから開放されて過ごしたかったのだった。

 いや彼女の視線だけならまだ良いが、

「なんだもう倦怠期か」

「男がんばらなきゃ」

「どうせ直ぐ仲直りしてもっと仲良くなるでしょ」

 と僕と瑞鳳春香が付き合ってる事が当然の事実として語られる状態に、自分の落ちた穴の深さを知り、そんな現実から少しの間逃避したいと言うのもあったのだ。

 しかし、弁当を持って、教室からでかけた所で、僕はある人に引き止められる。


「青葉くう——ん」


 サクラ先輩だった。

「こらこら、昨日はあんな事言って出てって先輩は悲しかったぞ」

 またいきなり抱きついて来て、肘で僕の胸をスリスリして来る。

 その様子を見てざわざわとなる教室。「誰だあれ」「部活の先輩?」「あんな人いるなら俺も新新聞部に」とか言う声が聞こえて来る。

 ああ、なんだこの衆人環境でこの仕打ち。この人は絶対僕を何かひっかけようとしている。

 それは分かっている。

 ——わかっているのだけれど。

 鼻孔に満ちる甘い匂い。

 この人、ぜったいフェロモンよりもっとヤバい物質放出してるよなと思わせる、なんか理性が飛んでしまいそうな、くらくらしてしまう匂いだった。

 この状態だと、やはり。言われたら何でも言う事聞いてしまいそうな気がする。いやきっとそうだ。

 だから、

「ほーら、ほーら、どうした。反省したか?」

 上目遣いで僕を見ながら籠絡しようとしてるその手管——分かっているが逃げれない蜘蛛の網のようなその罠から、

「はぁ——、先輩、話すなら少し離れて……はぁ、はぁ」

 心の中で腿にナイフを刺して、と言うくらいの必死の思いで

「ちぇ、せっかく昼休みやってきての後輩とのスキンシップなのに」

 なんとか身体を引き離して一息つく。

「なんですかいきなり」

「何? 理由も無く来ちゃ……だめ? うふっ!」

 そう言い悪戯っぽく笑うサクラ先輩。

 くらっ。

 しまったこの人には遠隔攻撃もあるのか。

 それをくらって——

 ああ、自分の中で何か壊れそうな感じがする。

 このまま先輩に言われるがままに何でも言う事聞いてしまいそうな。

 今、伝説の、セイレーンの歌に誘われ海に身を投げた舟人たちの気持ちが良く分かる。

 その人たちはその人たちで幸せだったんじゃないだろうかと。そんな事を思わないでも無い。

 なぜなら今の僕が同じ気持ちだから。

 このまま先輩の見え透いた罠に身を投じてしまいたい、そんな風に思わせる破壊力満点のサクラ先輩の「うふっ」だったが、

「そんな嘘でしょ、昨日の今日で、理由があってきたに決まってるでしょ」

 と僕はマストに縛り付けられたオデュッセウスの姿を思い浮かべながらなんとか理性を取り戻して言う。

 すると、

「……あらら、お見通しなら単刀直入にいっちゃうけど」

 とサクラ先輩は言い……


 僕はサクラ先輩のせいで少し出遅れたので、校庭まで行くのでは無く、近場の中庭辺りで弁当を食べようと、内履きのまま行けるようになっている学校の校舎の間に作られたこじんまりとした広場に行く事にした。

 まったく、しょうもない事で時間を取られて、少しむっとしながら僕は空いていた二人掛のベンチに座った。

 先輩の目的はもちろん僕の慰留と様子見にもあったのだろうけど、本当のお願いはもっと下世話な物だった。

 もうすぐ部活へ学校から予算が降りる時期なのだが、それが決まるまでは、形だけでも良いから部活に入っていて欲しいと言う事だった。

 なぜなら、部員七人から活動費の額が上がると言う事らしかった。

 どうも、学校の規則で六人以下の部は同好会らしく、七人以上の正式の部とは、馬鹿にならない予算の差がある。

 なので、僕にいろいろ思う事はあるのかも知れないけど、もうちょっとだけ協力してくれないかとの事だった。

 そう言われて、僕は——一瞬迷ったが——肯定の意を伝える。

 あの部に対して騙された事を怒ってはいたが、一宿一飯の恩義があると思えば、同好会に転落させるとか、そこまで意地悪をするのはやり過ぎと思ったのだった。

 それに、これを断ったら、サクラ先輩がさらにうふふ攻撃を仕掛けて来るだろうから、そうしたら僕は必要以上の物を妥協してしまいそうで恐ろしかったので戦略的に撤退をする事にしたのだった。

 僕の同意を取り付けると、サクラ先輩はうれしそうに、

「ありがと。こんど何でも言う事聞くからね」

 と言うとうきうきした足取りで去って行ったが、

「なんでも好きな事ね……僕がヘタレで大した事できないの分かって行ってるなあれ」

 と少し苦々しげに呟く。

 すると、

「——じゃあ、私が何でもして良いって言ったらどうする?」

「えっ」

 僕は後ろから突然話しかけられてびっくりする。

「ここ座って良い?」

 振り向き、僕は声をかけてきた人物が誰なのかに気付き、びっくりしながらも、肯定の首肯をする。

「ありがと」

 そう言い、僕の隣に座ったのは岩切里佳だった。

「昨日は余計な事をしてくれたわね、あんた」

「あ……、すみません」

 自分的には別に悪い事とは思っていないが反射的に謝ってしまう僕。

 すると、

「あの連中の扱いなんて私は慣れたもんなのよ。ああやって平謝りに謝って、するとその内に人間どうしてもこいつ可哀想って気持ちが爪の先位でもできるもんだから、その隙につけ込んで、相手を許せるあなたは偉いって、相手の自尊心くすぐって、後は一気に妥協点探すのよ」と岩切里佳。

「…………」

「もともと、損害って言ったって商売が成立してなかって言うだけだから、貰えるかも知れなかった金がこなかったってだけ。信用だなんていってふっかけてきてるけど、そもそも損害っていったって、彼らの期待に応えれなかった迷惑料払えっていったぐらいの事なのよ。無理筋な事は彼らも分かってるわ。数万ってくらいで妥協できたはずよ」

 と、もう何度もこんな事はあった。こんな屈辱は耐え忍んで来た、と言った表情で岩切里佳は語った。

「ほんとよけいな事してくれちゃって……奴らにまた一から交渉し直しよ。あなた全然私を助けてないわよ、ヒーローさん」

「それは……」

 何か言おうとしても言葉が出なかった。彼女の言う事が本当だと僕にも分かっていたのだった。

 でも僕はあの場を放っては置けなかったのだが、それは結局岩切里佳をさらにマズい状況に追い込んだだけだったのだ。

 それに、

「そもそも、あんた激弱っちいじゃない。それで良く私を助けようだなんて思ったものね」

 ——その通り。

 僕は何も出来ずにただ彼らに殴られるままだったのだ。

 弱い奴が、無謀に飛び出しただけと思われても仕方ない。

 だって、僕はそういうの「止められて」いるのだ。

 ある理由から……

「……まあ、起きてしまった事はしょうがないわ。あんたも悪気があっての事じゃないんだろうから。それはもう良いわ。それよりも……」

 それよりも?

「あんた何をして欲しい。私は本当に何でもしたげるわよ」

「え——っ、なんで」

「おいおい、そんな派手に驚かないでよ。一体どんな事想像したのか不安になるじゃないの。流石にアブノーマルなのはできれば遠慮させてほしいんだけど」

 はい、一瞬で走馬灯のように駆け巡るどんな想像をしたのかは秘密です。

「でも、なんなんですか、唐突に。僕はそんなお礼をされる程、役に立たなかった、むしろ迷惑かけたと言うのは里佳さんが言ってた事じゃないですか」

「は、はは——」

 岩切里佳は僕の言葉に面白そうに笑い出した。

「おい、おい。お礼な分けないだろ、あなたほんと面白いな。昨日の自分の様見て、お礼されるわけが無いと思うだろ」

 首肯する僕。

「お礼じゃないよ。口止めだよ。昨日の事は誰にも話して欲しくないんだ。そうしてくれたら何でもしてあげても良いって言ってるんだけど……」

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