第6話 ラノベの主人公はなぜ騙された事に気付くのが遅いのだろうか?
なぜハル先輩はポストの上に包みを置いた男を「新聞部」の鈴木と呼んだのだろうか?
僕がまだ見た事も無い男を「新聞部」と呼んだのか?
もしかして、彼は僕がまだ会った事のない新聞部の部員なのか?
でもそれにしては先輩たちが彼の名前を読んだ時の口調はとてもよそよそしく。
とても「仲間」に対する言葉遣いとは思えなかった。
でもそうしたら、——どう言う事なのか?
その場であっさりと聞いてしまえば良かったのだが、盛り上がってる先輩たちに、聞くのも野暮な感じがして聞きそびれてしまった僕は、その日はそのまま、打ち上げと言って連れて行かれた美味しいお好み焼きやで腹一杯になるまで驕ってもらい、その後は、駅前で先輩たちと別れたのだった。
そして下宿に帰ってから、何かすっきりしない悶々とした時間を過ごしてしまうのだった。
——いや、この時、既になんとなく自分でも答えが分かっていたのかもしれない。
でもそう思いたくはない。
でもそうかもしれない。
いやそうで無いかもしれない。
そんな結論のでない繰り言みたないなのが頭の中でぐるぐると回り続けたあげく……
寝不足になって登校した次の日の昼休み、僕はひょんな事からその答えを知る。
*
昼休みの最後、午後一の授業が始まる前にとトイレに行き、教室に帰って来た時の事だった。
教室の後ろの出入り口から中に入ろうとした僕は、中から漏れ聞こえて来た言葉に思わず足を止める。
聞こえていた内容は、
「だからさ——、あの山屋敷と瑞鳳がさ……随分仲良くてさ」
僕と瑞鳳春香の噂話だった。
ああ、やっぱり瑞鳳春香とへんな噂になりかけてる。
そりゃボッチ二人が仲良くしてるように見えればそう思われるのかも知れないけど、全然そんなんじゃないのに。
これは早めに何か対策を練らないといけないのかも。
できる限り距離を取ってみせて、冷たく素っ気ない態度するとか。
でも、そんなので気付いてくれる玉じゃないと言うか、面白がってますます周りを誤解させるような行動をしてしまいそうな奴だけど。
「でも、あの二人がくっつくてさもありなんって感じだよな。二人とも他に友たちいなさそうだし」
いや、瑞鳳春香も、取っ付きにくいが少なくとも悪い奴ではないのだから、友たちなとこまでは俺は否定しない。妥協しても良いが。なんで友たち少ない男女が一緒にいるとすぐにみんなそっち方面に結論を持って行ってしまうのだろう。
と俺は同級生男子たちのあまりに単純な思考に心の中で嘆息をするが、
「でも瑞鳳って外見は随分可愛くね? 山屋敷にはもったいなくね」
「まあ確かに普通にモデル系だよな、整った顔立ちだし、すらっとしたプロポーションだし」
「髪型もいけてるしな。それに通り過ぎると結構良い匂い」
なんだ、こいつら実はうらやましいのか。
それならいつでもくれてやる、と言うか付き合ってないと言うか、勝手にこいつら勘違いしているだけだけど。
「でも……」
でも?
「いけるかっていったらだめだよな、あれ」
「そう、いくら見た目可愛くても、ぜったい無理だよな。あの性格と行動。一緒にいられる山屋敷もただもんじゃないわ」
褒められてもちっとも嬉しくない、級友の僕の寸評。
なんか、これ以上聞いてても落ち込むだけだし、これ以上廊下で突っ立っているのもなんなので、咳払いでもして相手に気付かせてから中に入るかと思うが、
「そりゃ新新聞部に入るくらいだから山屋敷もただもんじゃないだろ。瑞鳳と一緒にいたいだけかも知れ……」
話しかけの級友たちの言葉は、勢い良く入って彼らの前に走って来た僕の姿に気付いて途中で止まる。
すると、
「あ、山屋敷、悪りぃ。別に俺ら、お前の悪口言ってるわけじゃなく、ただ軽い気持ちでおもしろがって……」
全然言い訳になってない、いじめっこ論理の級友の言い訳は無視をして、僕は、
「そんな事はどうでも良くて、教えてくれ!」
「「「……なにを?」」」
そう、本当に、今、瑞鳳春香と噂になっている事なんてどうでもよくて……
僕が聴きたいのは……
「新新聞部ってなんなんだ……」
*
放課後、先生に呼ばれてて少し職員室に用事がある、と嘘を言って、瑞鳳春香には先に部室にいってもらい、僕は少し遅れて部室棟に向かっていた。
渡り廊下ゆっくりと歩きながら、昼のクラスメイトの言葉がが何度も何度も頭の中で繰り返し再生されていた。
曰く。この学園には新聞部が二つある。
曰く。名前はただの新聞部と新新聞部。
曰く。新聞部は学園の出来事を感動的に伝えてくれる素晴らしいクオリティーペーパー。通称ホワイト新聞部。
曰く。新新聞部は学園のスキャンダルをある事ない事交えて暴くろくでもないタブロイド紙。通称ブラック新聞部。
曰く。新聞部は学園のみんなに支持されて教師の信頼も厚い。
曰く。新新聞部は学園のみんなから忌み嫌われているし先生たちからも疎まれているが、自主性を尊ぶこの学校の方針から一度できてしまった部はなかなか潰せいないのでなんとか存続している。
曰く。いや、俺は、新新聞部は教師の弱み握ってるって聞いたぞ。だから取り潰す事できないって。
曰く。と言うか、山屋敷、お前、新新聞部の事知らないで入ったの。
曰く。え——。お前、それ騙されてるくね?
「そうかもな」
部室の入り口。
僕は新聞部と書かれた看板の前に立つ。
そして、それに手を伸ばすと、その上に貼られた「歓迎」と書かれた紙を剥がす。
そこには、紙で隠された後ろには……
しっかりと「新」と書かれていた。
「新新聞部か……」
僕は声に出してそう呟いた。
騙されていた。
そう思うと心の奥底から怒りが沸々と涌いて来てしまっていた。
先輩達は、あんな良い人そうなふりをして、実は学園の嫌われ者。悪党集団。
僕をうまくとりこもうと優しげな言葉をかけて、その悪行の中に取り込んでしまおうとしていた。
残念だった。そして悲しかった。
そして、また、それ以上に、僕は怒っていた。
僕は、僕の物語の中で、主人公となるのはきっぱりと諦めたつもりだったのだが——悪役になる事は許していない。
そんな事は堪え難かった。
いくら居場所が見つかる。仲間ができると言っても。
僕は、そんなものになるつもりは毛頭無かった。
だから、今日は言うつもりだった。
こんな場所にはもう二度と来るつもりがな……っ、
「あら、青葉君今日は遅かったのね。先輩心配しちゃってたわ」
ドアを開け、退部の意思を伝えようとした瞬間、僕に駆け寄って来たサクラ先輩に抱きつかれて……
話そうとした口を、
——胸でふさがれた。
顔いっぱいに押し付けられる柔らかい物。
いやたぶん胸そのものはおしつけられていない、肩口なのだと思うが、それでも僕は動転して、パニックになって、手足をばたばたとさせて、
「ぷっ、——はあ!」
僕は顔を真っ赤にしながらサクラ先輩からなんとか離れる。
まだ残る先輩の匂いに頭がくらくらしていた。
それは、良い匂い等と言う甘っちょろい者ではなかった。脱法ドラックが危険ドラックと呼ばれるようになるならばこれは危険アロマと呼んで法律で規制するべきでは。そんな風に思える程の威力だった。
正直もう一度抱きつかれたら、僕は、今まで考えていた事を全て忘れて、何でも言う事を聞いてしまいそうだが、しかし、この人たちのペースに乗せられる前に、意思の固まっているうちに、退部の意向を伝えないといけない。
と思って口を開きかけるのだが。
「もう、ほんと、サクラはスキンシップが、ほんと、濃すぎるのよ。ほんと」
カメラを構えながら、マチ先輩が、
「でも、サクラ、やっぱりグットジョブ! その瞬間しっかり撮ったから、ほんと、後でこれネタに、ほんと、今度は青葉君になんか奢ってもらうんだから。ほんと」と。
「あの……」
「あ——ほんと。ただじゃ、データは渡さないよ。青葉君。返して欲しければ。ほんと、お姉さんとデートだよデート。ほんと、君のおごりで」
だめだこの人たちのペースに乗せられたら、言いたい事がこのまま言えなくなる。
と僕は、意を決してもう一度話そうと思うが……
「おい、青葉からかって遊ぶの面白いんだろうが、少し静かにしてくれ。リックがもう少しでパスワード破れそうなんだ……」
ハル先輩の言葉にみんなの注目が、部屋の奥でパソコンに向かっているリック先輩が、凄い集中した顔をして、キーボードをもの凄い勢いで叩いていた。
「おお、来るぞ、来るぞ、はは、ははは、ふざけるな、こんな位で、俺をだませると思うなよ。はは、ほらどうだ、ほら……」
なんかテンションが怖いんですけど。
「あれは、何を?」
さすがにこれは無視できなくて質問をする僕。
『昨日、君も手伝ってゲットしたメモリーだ、あれにはパスワードがかかっていた」
いつの間にか僕の横に立っていた瑞鳳春香が言う。
じゃあ、今、リック先輩はそのパスワードを破ろうとしているのだろうか。
確かにラノベとかに出て来るスーパーハッカー枠の人たちは事も無げにそんな事をする物だが。
現実にそんな事ができる物なのだろうか。
そんな僕の疑問が伝わったのか、
「今回は、パスワードをかけたのがどこの連中の物なのか分かってる。それならリックにとってはあとは時間の問題だ」
とハル先輩の解説。
「今、リックは新聞部のパソコンに侵入してるのさ。そして前もって仕掛けたキーロガーのデータからこの頃連中がよく使っているパスワードの類を抜き出そうとしてるんだ。昨日管理者パスワード変えたりしてサーバの方も何やら防御はしてるようだが……」
ハル先輩、今さらっと、犯罪っぽい事を口にしてなかっただろうか。
IT用語苦手なんで、言ってる意味が今ひとつ分からなくはあるのだが。
「はは、何だ、こんな脆弱性放っておいて、素人がパソコンにサーバーなんか建てようと思うなって言うの。へへへへ、ならこうなっちゃって——よし抜けた!」
リック先輩は眼鏡をキラリと光らせるとみんなに向かってガッツポーズ。
あがるみんなの歓声。
まあまあ、と抑えるような動作をしてから、キーボードで八文字程入力をするリック先輩。
そして、
「じゃあ、いくぞ、カウントダウンお願い」
「「「3!」」」
「「「2!」」」
「「「1!」」」
「「「 ——リターン!!!」」」
みんなの声に合わせて、リック先輩が、キーボードを勢い良く叩く。
すると、その瞬間にUSBのパスワードが解かれ、中のフォルダーが見える。
リック先輩は直ぐに、流れるような手つきでフォルダーを開け、中のワープロファイルをダブルクリックする。
そして、パソコンの画面を覗いたみんなが息を飲み……
「あちゃー。今日の三年の数学の試験の問題じゃないか」とハル先輩。「新聞部の鈴木、取材だとか言って職員室に出入りできる特権利用して、こんなもの手に入れたとはな。でも鈴木の奴、こんなものを手渡ししようって随分危ない橋渡るもんだな」
「あ、ちょっといい?」とサクラ先輩「それ私も思ってて、同じクラスだから——教室での岩切の様子怪しいの気付いて、見張ってと言ったのは私だけど、こんなもの手渡すとこ見られるリスク負うよりも家に送ってもらったりした方がずっと安全じゃない? もしくは部外者が入れない新聞部の部室で渡すか」
「新聞部で渡すは無いだろ。あそこ全員がグルなら違うが、あの歯の浮いたような事ばっかり言ってる、お坊ちゃん、お嬢ちゃん集団に、そんな度胸はないだろ。多分鈴木の単独犯行だよ。協力者がいるとしたら新聞部以外だろう」とハル先輩。
「なるほどね」同意の首肯をするサクラ先輩。「何もしらない他の連中に気付かれるリスクを考えれば、受け渡しは外でこっそりやりたい。でもそれらなら郵送の方が良くない。郵便物送ってる所見られても、届くの見られてもそれだけでは何にも分からないから」
「ああ、それは、こういうわけだ。簡単な話さ」リック先輩がワープロのメニューを操作して「変更履歴を見れば、テスト問題ができたのが昨日の昼前。テストは今日。郵送してたら間に合わないだろ」と。
「そういや岩切の様子が少しへんな感じになったのは昼過ぎからね。その辺で連絡入って、少し緊張したのかしらね」
「ん? ほんと? でも、ほんと、それならメールでデータ送って、ほんと、もらった方がよっぽど安全じゃない」
「それは無いわね」
「ほんと? なぜ? ほんと?」
「だってあの子PCもってないもの。うちのクラス、名簿にPCアドレスあるか書かせるので、知ってるんだけど。——持ってる携帯もガラケーだしワープロファイル受信するのはきついよ」
「なるほど、貰ったUSBでネカフェあたりで印刷する気だったのかな。でもネカフェ行くなら、そこでウェブメールとか受信すれば良くないか?」
「普段PC使ってない子が突然ウェブメール設定してとかやらせるのはめんどくさくないか。その打ち合わせして長く接触したりする方が危険と判断してもおかしくはない」
「「「なるほど」」」
ここで合意ができた状況の仮説にみんなやっと納得行った様子。
すると次は、
「ともかく、ついに連中のしっぽを捕まえたのは大きな進歩だ。現場の写真も撮れてるし、これで鈴木は追いつめる事ができる。そしてもっと、揺さぶりをかけて、岩切里佳の裏にいる連中もあぶり出して……」
楽しそうに、推理して、議論をして。
和気あいあい。
次の行動を話し合う。
でも、追いつめるとか、ゆさぶりとかなんだ?
良く分からないけど、テスト問題の盗難事件を見つけたと言う事なんだろ。
それならそれをネタに誰かを追いつめるとか言ってないで、先生たちに伝えるべきじゃないのか?
そんな事で良いのか。
いや、愚問か。そんな事がしたいからこの人たちはこんなところに集まっているのだろう。
僕はもう知っている。
級友たちが持っていた、この新新聞部の発行する新聞もしっかりと見たのだった。
それは本当の新聞部の出している物とは大違いの、醜聞記事ばかり、学園のスキャンダルばかりのひどい紙面であった。
僕は、うっかりと騙されるところだった。
ここは、低俗なスキャンダルまがいの事ばかり取材して、顰蹙ばかりうけている、札付きの問題サークルだったのだった。
こんなに良い人そうな仮面を付けてこの人達は……
ここは……
今も楽しそうに僕に向かって笑いかけているのが余計にイライラさせる。
ならば……
僕は、決心して、
「あの……お話盛り上がっている所悪いのですが……」
これ以上この人達の勢いに流されまいと、こんな所にいつのまにか交わってしまわないようにと、意を決して言う。
「ここは、本当の新聞部じゃ無いんですよね」
「「「「…………?」」」」
呆然とした表情で僕を見るみんな。
いや部長の美風さんだけは相変わらずの透き通った眼差しで、僕を事を残念そうに見つめている。
ああ、この人だけは信じられると思ったのに。
信じたかったのに……
「……僕、騙されました。だから、——ここやめようと思います」
僕は手に持った歓迎と書かれた紙をテーブルの上に置きながら言った。
みんなはまだ呆然とした様子で僕を見つめるが。僕はそれを睨み返し、
「もう行きます」と言い、
部屋の奥、美風さんの顔はもう一度見る勇気のでないまま部室を飛び出したのだった。
すると……
「待て! 山屋敷青葉」
「何?」
振り返ると——部室から飛び出した僕について来たのは瑞鳳春香だった。
「なんだよ、着いて来るなよ。引き止めてももうだまされないぞ」
「ここも新聞部だぞ山屋敷青葉」
「違うよ。少なくとも僕が思っているのとは全然違う」
立ち止まり、歓迎の紙を外した看板の、「新」の部分をじっと眺めてから、
「山屋敷青葉は『新』なのがそんな気に入らないのか」と瑞鳳春香。
僕も看板を眺めて「新」の文字をじっと見る。
「別に、新でも第二でもついていて構わないよ。違うんだよ。僕は、二番目の部活だとか、そんな名誉、だとか——褒められるだとか気にしてるわけではないんだ」
「……じゃあ何がいやだ」
「何が、って決まってるじゃないか。こんな評判の悪い、ろくでもない事ばかり記事にしてる新聞部。こんな所で高校時代を無駄にしたくないんだよ」
「…………ふん。大事なのは評判か」
瑞鳳春香は、僕を馬鹿にしたような表情で見た。相変わらずの無表情にも関わらず、馬鹿にされているのが分かるのが相変わらず不思議だったが——今はそんな事に関心してる場合ではなく、
「評判って、お前はここがどんなふうに呼ばれているのか知ってるのか」
「知ってる。ブラック新聞部だろ」
「知ってて入ったのか」
「悪いか?」
「ああ……お前もそう言うの好きなんだな。悪くはないよ。好きで入ったなら知らんよ
でも人に無理強いするな」
「無理強いする気はないぞ。と言うか勘違いするな山屋敷青葉。私が言いたいのはお前を引き止める言葉なんかじゃない」
「じゃあなんだ!」
瑞鳳春香に、弄ばれてるような気がして、僕の声はついつい少し語気が強まる。
相手を怖がらせてもおかしくないような強い口調。
しかし彼女は全く動ぜずに、落ち着いて、
「……そんなのが君の正義なのかい?」と言ったのだった。
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