第4話 ラノベの主人公にはなぜ都合良く可愛い妹がいたりするのだろうか?

 その後、新聞部のみんなと楽しい会話をしていたらあっと今に学園の規定の退校時間の午後八時間近になってしまい、僕は後ろ髪を引かれる思いでみんなと別れを告げた。

 帰る方向が僕だけ西の正門だったようで(他の人は東にある通用門)、校舎の前でみんなとあっさり別れてしまうのは名残惜しかったが、明日からまたあの人たちと会える(ああ瑞鳳春香は置いといて)と思えばなんか帰る足にも元気が出て来るように感じた。

 それに、正門から帰って良かった事もあった。

 正門の近くには学園の周知事項が貼られている掲示板があるのだが、そこに学園新聞が貼られていたのだった。

 今までは気にも止めなかったそれ。

 こうやって新聞部と関わりができてから、あらためて眺めてそれを見てみたら、気付くと没頭して読んでしまい、危うく門を締められて閉じ込められそうになるくらいだった。

 まったく、素晴らしく感動する記事だらけだった。

 インターハイ全国大会でベスト十六までいったフェンシング部の健闘の記事。学校近くの公園の美化活動にはげむ園芸部の記事。OBの芸術家が世界的な賞をとったと言う記事。どれもが困難の中、真っすぐに生きた人達の、努力の結果を讃え、後進への勇気を与えてくれる記事だった。

 他は五月の体育祭にむけての周知や、校内模試等の連絡事項も書いてあって、もうこれは生徒のお遊びと言うよりはこの学園に必須の新聞、先生達もきっと頼りにしているであろう、そんな感じがする紙面だった。

「すげえや」

 と言う言葉が思わず口から漏れた。

 それほどにレベル高く完成された新聞であった。

 それを見て、僕は、思わず武者震いをした。

 こんな凄い所に入ってしまい、足を引っ張らずにちゃんとやっていけるのだろうかと。

 あんな傑物そろいのメンバーの中で、僕に何ができるのだろうかと。

 僕なんかがいたら迷惑なんじゃないのかと。

 しかし、

「でも、頑張らなきゃ。僕なんかを受け入れてくれた恩に報いるためにも」

 そう思い、できる限り頑張る事を帰り道で何度も誓うのだった。

 まったくそう思わせる程に良い記事ばかりだった。

 特に……家族の病気で退学の危機までになった女生徒がクラスメイトたちの助けを借りながらその難局を乗り切ったと言う記事に僕は感動した。

 助け合い、友情。時には反発して、しかし最後には分かり合い、みんなで海で叫んだ。

 なんか思い返すと、海に行った意味が良く分からなかったが、ともかく感動した。

 そして感動を思い返す事が僕をさらにやる気にさせた。

 とても良い気分だった。

 もうすっかり暗くなった道を、僕は、この学園に入ってから初めて感じた充実した気持ちのまま、下宿先へと向かうのだった。


   *


 いや、実は、「向かう」と言う程の距離も無く僕は下宿先に着く。

 それは萩野学園の敷地からほんの目と鼻の先、歩いて数分の場所にある。その名前は萩野寮と言った。

 この名前、なんかいかにも学園運営の寮と言った感じの名前だが、実はここは萩野学園とは直接はなんの関係もない。

 さすがに、この紛らわしい名前は学園の許可をもらっているようだが、それ以外はまったく学園に無関係のおばさんが経営するこの下宿——荻野寮は、学園に遠方から入学する学生を当てにして、近場の利便性で売ろうと、学校からほんの数分程の所に建てられたものだった。

 実際、——学校至近、加えて、賄い付き、料金格安。学校に近い代わりに繁華街からはちょっと遠いが、そんなのは学業には関係ないし、これだけ見ると、いろいろと好条件のそろったお得な物件だ。

 なので、この萩野寮、昭和の時代の最盛期には、二十ある部屋が全部埋まるくらいの盛況だったと聞く。しかし、今は僕を入れて下宿しているのは三人だけしかいないと言う、がらがらの下宿であった。

 交通機関の進歩や少子化やらなにやらで下宿して通うような学生が減っていると言うのはあるのだけど、近くには、部屋が満杯になっている下宿もあるのに。ここはガラガラであるのはやはり少々さびれ過ぎている。下宿料や立地、間取りなんかの条件は変わらないかむしろ荻野寮の方が良いくらいなのに?

 それは実に不思議………………ではない。

 その不人気の原因は、寮に実際に来てみれば一発で分かった。

 なにしろ、建物がぼろぼろなのだった。三十年以上も前に立てられて、老朽化したまま、まったく建て替えもしないままでいるこの下宿は、もしかして廃屋かなんかと間違えられかねないくらいにがたが来てしまっていた。荻野寮の安さと立地に惹かれてここの下見に来た荻野学園入学予定者も、そのボロさにびっくりして、そのまま絶句して、建物の中を見る事も無くて去って行く者がほとんどと言う事だった。

 まあ、それも無理は無いと僕も思う。

 なにしろ、まず外見がやばい。

 壁は野放図に蔦がからまりまるでお化け屋敷のようだし、人が入っていない部屋の窓ガラスは、割れても直すののもったいないからとベニヤ板とかが貼られているのが荒れ果てた感じを助長する。

 それに、建物の中も最悪だ。

 床は所々、下の梁がくさってて、うっかりそこに足を落としてしまうと踏み抜いてしまうし、注意深く歩かないとささくれだった廊下で足を切ってしまう。

 部屋に入り込むすきま風もひどい。もう春とは言え結構温度の下がる早朝とかは。外より寒いんじゃないかと言うくらい冷え込んでしまう。春先でこれでは、冬を迎えたらこの部屋の中はどうなってしまうんだろうと僕は今から恐怖する。

 その他も流れにくいトイレとか水の出が悪い風呂とか……

 まったく——こんなんじゃ下宿人が集まらないのも当然と思う。

 僕は親の古くからの知人の紹介と言う事で事前に何も調べる事無くここに住む事になったのだが、普通に下見に来ていたら、ぜったいここに住もうとは思わなかっただろう。

 なので、ここに来た時にはさすがに愕然。親にすぐに連絡を取って、下宿先を変えれないか交渉しようと思ったのだが……

 しかし住んでみると、こんな下宿にも良い点はあった。


 それは……

 

「あら、青葉くんお帰り」

 玄関を入って直ぐの所にある、食堂から顔を出して挨拶をして来るのは、多賀おばさん。この下宿のオーナー兼管理人で、料理も掃除も全て一人でやっているもう五十代のはずだが一見三十代にさえ見えるような。まったく衰えの見えない、矍鑠とした女性であった。

「何? 今日は遅かったね。部活にでも入ったの?」

「はい!」

 僕の嬉しそうな声を聞いて、微笑む多賀おばさん。

 僕が部活に入らないで、暗い顔して帰って来るのをおばさんは心配してくれていたのだった。

 二日前には元の下宿生が顧問やってる部活紹介してあげようかとまで言われて恐縮していたのだが……

「なんだ。よかった。青葉くんは、良い子だけど、どうも引っ込み思案だからね、うまくこっちの子たちとやれるかわたしゃ心配だったんだよ。なんだ、良かったよ。これで青葉くんを親御さんから預かった責任がやっと……」

 なんか今にも泣き出しそうな感じの多賀おばさん。

 僕はなんだか大げさになって来た、話を収束させようと、あわてて、

「——いや心配しなくても大丈夫ですから。僕、結構こっちの子たちとうまくやってますから(たぶん明日からは)」と取りなす。

 でも、

「いや、それでも嬉しいよ。これで青葉君の高校生活も青春も本当にスタートだよ……しほり!」

 感極まった感じのおばさんの勢いは止まらない。

 そして、

「なによ……」

 と厨房から出て来るのは、多賀おばさんの妹の子供と言う多賀しほりさん。アラサーのOLで、この下宿と同敷地の社会人向けアパートに住むが、炊事の片付けとか時々手伝いにくる、気っぷのいい、好感の持てる美人のお姉さんだった。

 しほりさんは、アラサーでまだ結婚できない事を少し悩んでいるとおばさんからは話を聞くが、本人の明るく、さっぱりとした様子を見ると、そんなのは本人が望んだら直ぐにでもかなうように思えるのだが。

 まあ、大人の事情は良く分からないけど、僕らから見てしほりさんが理想的な、落ち着いた頼れるお姉さんなのは間違いなく、

「青葉くんが、部活に入ったのよ。赤飯焚いて。赤飯」と言うおばさんの焦った言葉にも、

「なに、おばさん、大げさでしょそれ。と言うか青葉君を逆に馬鹿にしていない。青葉君みたいな良い子は、部活くらい何処でも入れるでしょ。何大げさにしてるんだか……青葉君だっていままで迷ってただけよね」

 ねっ? と言った感じで首を傾けるしほりさん。

 僕は、しほりさんの助け舟に、

「は……はい」と少し動揺しながら答えるが、

 すると、

「でも良かったよ。人はやっぱり居場所と言うのが大切なんだよ。そう言うとこできると人は強くなれるよ。変える場所があってこそ人は冒険できるのだから……だからうちの死んだ主人なんて……」

 と話は、おばさんの半生を語り始めた。

 結論のでないわりに、いやそれだからこそ長い、とりとめも無い話。いつもの事で、これが始まると僕はその間、食卓から離れられなくなってしまうのだが……

 でもそれは嫌ではなかった。

 本気で人を思いやって行動しているおばさんの話は、聞いてて心地良いものだった。

 そして、話しながら、おばさんが焼いたハンバーグを食べる、僕。

 ——感動する。

 味だけにではなく、僕がこの下宿の好きな所に。

 

 それは、この暖かな雰囲気になのであった。


   *


「……と言うわけで、なんか兄ちゃんも入る部活決まりそうだよ」

 夕食が終わり、風呂にも入った後のもう午後十時頃。

 突然かかって来た妹からの電話に僕は今日の新聞部での出来事の報告をしていた。

「ええ、本当に? 兄様が入れる部活なんてあったの?」

「なんだい、お前、その言い方は。兄の事なめ過ぎじゃないか」

「なめてないよ、兄様。なめてないから言うんだよ。兄様の斜め下方向の実力を正当に評価するからこそ妹は驚愕して言うんだよ。嘘でしょ——って」

 と一才下の萌葉からのなんとも可愛くない言い草だった。

 まったくこいつは相変わらず可愛げが無い。まあ外見も十人並みだし、それでやたら可愛いふりされても対応に困るから、この可愛げの無いのでちょうど良いくらいだが……

 しかしだ。ライトノベルとかの主人公には、皆、判で押したかのようになぜか可愛い妹がいるもんだが、僕の妹はこの通り。この可愛げの無い妹と言う存在だけでも、僕はやっぱり主人公の器では無いのではと思い知る。

 ああ、そう言う意味では、それが自分の物語と言う慎ましい範囲での目標であっても、主人公にならなければとか言う妄執を断ち切った事は、自分の為には良かった事だったのかも知れない。

 こだわりを捨てたら新たな道が開けたみたいな。考えても努力してもわからなかったのに、ふとした事から悟りを得ましたみたいな。

 そう言う意味では、妹が可愛くなくて感謝と言う事か。

 でも、まあそんな身内に殺されそうな発言はしないで、

「なあ、萌葉。兄ちゃんはお前が知ってる兄ちゃんじゃないんだよ。成長したんだよ。お前が知らない間にな」と偉そうに説教をしてムッと来た自分の自尊心を慰めようとするが、

「ええ、たった二週間ちょっとで? そんなんで兄様変わらないでしょ。兄様の事情知ってる地元のみんなが気を使ってくれたからこそ、兄様はなんとか中学生活送れたんだし、そっちじゃ、誰も気を使ってくれないだろうから、とにかく騒ぎ起さないようにじっとしてた方が良いと思うけど」とまた可愛くない反論。

 ——いや正論か。

 下手に動いて騒ぎを起こして学校にいづらくなるよりも、なるべく目立たないように学園生活を送った方が良い。

 それは昨日までは全く正し言い分だった。

 ——でも俺は変わったんだ。

 ——居場所も見つかった。

 ——もういままでとは違うんだ。

 と、僕がその居場所、新聞部の話をすると、

「でも、新聞部ね? 兄様そんなのやれるの? 文章なんかかけた? 初体面の人に話しかけて取材なんかできる?」と萌葉。

「うっ」

 確かに。そう言われてみれば、自分にそんな事ができるのかとはなはだ疑問だ。

「それにやっぱりさ。記事とか取材とか、やれるかやれないかは置いといてさ、新聞部って兄様にはあわない気がするよ」

 諭すような。少し悲しがるような妹の口調。それが何を言いたいゆえなのか僕は良く分かっていた。次の萌葉が言うだろう言葉も……

 しかし、

「何故?」とあえて僕は尋ねるが、

「はあぁあ——分かんないかなあ。そんな脇役みたいなとこでおとなしく……」

 と言った後、それ以上は話すのもめんどくさいと言った風の萌葉のため息。

「…………」

 僕もそのため息に対してなにもつっこみを入れずに……

 ちょっとの間の沈黙。

 しかし、それに耐えきれずに、

「まあ、良いわ。まあ結局、兄様の人生だから好きにすればと思うけど……」と話し始めたのは萌葉の方。

 それに、

「ああ、まあそうするよ……で今日は遅いから」とこれで会話を打ち切るつもりで続けて僕。

 すると、

「まあしょうがないか。また失敗すると思うけど……まあ……いいやこれ以上言うの止めとく。せっかく兄様やる気になってるのなら。でも……ああ、やっぱりいいや。やっぱり言わない」

 萌葉はもう少し何か言いたそうだったが、言うのをやめてくれたようだった。

 どうせ僕が新聞部でうまくいかない理由をいろいろ言おうとしたのだろうが、やる気になってる僕の様子に気付いて、流石に話すのを止めたのだろうか?

 萌葉は可愛げは無いが空気は読める妹なのだ。

 沈黙すべきとこではしっかりと沈黙してくれるのだ。

 でも、

「…………」

「…………」

 となるとどうも会話の弾まない今日の兄妹。

 ——潮時の様だった。

 もっと学園での青春を満喫してからならここでいろいろ自慢げに話す事もできるだろうが、今の段階ではちょっっと話したくないようなエピソードしか自分は重ねていない。

 妹の方も、それが分かっているから、切り出す言葉を失ってしまっている。

 なので、僕はここらで会話を終えようと、

「じゃあ、お休み。また電話をかけて……」

 と言って電話を切ろうとするが、

「あ、待って。兄様。忘れてた。今日電話かけた、一番の目的まだ果たしてないわ」と言い出す萌葉。

「目的? 何だそれ」と僕。

「聞いたらびっくりするよ。兄様」

「何?」

「いや、何って……兄様の学校、そこに浦戸のアニキいるみたいだよ」

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