第3話 ラノベの主人公はなぜすぐにうかつな契約をしてしまいがちなのだろうか?

 自分が開けてしまったのがまさしく禁断の扉であった。

 少し大げさに言えば、ここをくぐる者は全ての希望を捨てよ的な地獄編入り口的なものであった。

 そう分かるのはあの部室に入ったその時ではなく、少したってからの事であったが、あの瞬間は、僕はまるでそんな事は考えもしていなかった。

 開けたのが禁断の扉とは思いもしなかった。

 いや、それどころか、その瞬間には、僕は、思いもよらない暖かい歓迎を受けて舞い上がってしまい、それまでの警戒を、あっさり全て取り去ってしまったのだった。

 なぜなら、先輩達は本当に暖かく素晴らしい人達だった(その時は)。先輩達は、僕を、他意の無い、心からの笑みで部室の中に向かい入れてくれたのだった。

 それはまさしく満面の笑みと言うものであった。

 僕を本心から歓迎している様子が伝わって来るとても素敵な笑顔であった。

 僕は、それを見て、思わず顔がほころんでしまう程に、嬉しく、感動していた。

 今どの部活にも避けられているこの僕をこんなに自然に向かい入れてくれるとは。

 何と言うか、——嬉しいのに、笑顔なのに、思わず涙がこぼれそうな状態だった。

 僕を認めて、必要にしてくれてる人達がいる。

 そう思うと、なんか、それだけでも満足してこのままこの状態で部活を終えても良いような気さえして来てしまうが、

「まあまあ緊張しないで、こっちに来て座ってよ」

 さすがいつまでもつっ立っているわけにはいかない。

 男の先輩に優しく声をかけられて、緊張も解けると、僕は部屋の中央まで歩いて行く。

 すると、先輩たちは、僕をソファーの真ん中に座らせると、次々に自己紹介をして来た。

「君が山屋敷青葉君だね。ボクは落合。落合六然(りくぜん)。六に前と書いてりくぜんだ。副部長をやっている」

 まずは僕の右隣、僕の緊張しないでと声をかけてくれた先輩だった。

 賢そうな眼鏡をかけ、理知的な風貌で、これはきっとこのクラブの頭脳になってる人だなと思わせる感じさせる雰囲気の人だった。

 でも声にはとても優しさが溢れ、ああなんか頼りになりそう。そんな風に思わせる人だった。

「落合くんの事はリックと呼べば良いから」

 そう言ったのはそのさらに右隣の女の先輩。

 リック?

 ああ六然だからか。

 じゃあこの先輩の名前は?

 と気になると、

「私は榴ヶ岡桜子。サクラと呼んでね」と僕の心を読んだかのようにタイミング良くサクラ先輩。「新聞の文章のとりまとめとかやってるわ。まあ私たちの新聞のデスクってところかしら。と言っても、みんなの助けがあってやれてるだけなので、大して偉くないんだから……緊張しないで、気軽に話しかけてね」

 言葉の最後に「うふっ」って付きそうな艶っぽい言葉遣いのサクラ先輩だった。

 と言うか容姿もこれが高校生なのかって言う色香に満ちた雰囲気とプロポーション。

 僕はなんか恥ずかしくてしたを向いてしまう。

 初体面の人なのに見るとどうしてもいやらしい目繊になってしまうのが恥ずかしく顔を下げるが、

「よろしくね」

 と、うつむいた僕の視線にあわせて、自分も顔を下げてウィンクしてくるサクラ先輩。

「うふっ」

 今度は本当に「うふっ」って言われて。

 それに今まで以上にドキッとする僕。

 それを見て更に面白そうに笑みを浮かべるサクラ先輩。

 うわっ。もしかしたらこの人、小悪魔系?

 僕にそんな人に対応する能力無いから、ここから逃げ出した方が良いのかと僕は腰を少し浮かすが、

「おいおい、サクラ。新入生をいきなり誘惑はやめとけよ。怖がって逃げたらどうするんだ」

 と僕の肩を少し抑えあんがらリック先輩。

「なに青葉君、こんなか弱い乙女は怖くなんか無いわよね」

 いや何と言うか本当は(自分の理性の限界が)怖いのだが、

 とサクラ先輩にウルウルした目で見つめられると、

「は、はい」と思わず首肯してしまう僕。

 ああ、でも本当に怖い。自分が怖い。

 いきなり略称で読んでくれとフランクな感じで対応してもらい、なんか自分が好かれてるとあっさり勘違いしそうで。

 こう言う人がサークルクラッシャー(真)と呼ばれるんだろうかと、(物理)と呼ばれた僕とは違う破壊力に恐れおののき……

 取りあえず逃げるのは止めたものの、まだ少し警戒してソファーの上で小さく縮こまってしまっていた僕だったが、

「ほんとサクラは怖くないよ。ほんと乙女なんだから。青葉君が気に入ったからちょっかい出してるだけで、ほんと心配しなくていいんだから、ほんとリックが余計な事言うんだから……」

 と「ほんと」を連発して話しかけて来たのは僕の左隣の女の先輩。

「あ、ほんと、私は真知、福田真知。ほんと、マチって呼んでね。ほんと青葉くん歓迎するんだから」

 マチ先輩はサクラ先輩とは対照的に小柄で可愛い感じの人だった。と言うか先輩どころか中学生にしか見えないようなロリータ系の、庇護欲を刺激されるとというか、守らなきゃって思わせるような感じの人だった。

 小動物系の、ひたむきで真面目で細かい動きをしながら僕の事をじっと見つめている。

 僕は、マチ先輩のその一生懸命な表情に思わず見蕩れてしまっていた。

 そうしたら、

「マチはこう見えて写真のプロなんだよな。何度も一般の写真コンクールで入選してて、この学校に写真部無いからここに入ってくれたけど、そうでなきゃ……」とマチ先輩の左隣の男の人が言う。

「なにハルくん、ほんと何言ってんの。ほんと、写真部なんかあったって私は、ほんとここ入ったと思うよ……だって、ここ、ほんと楽しいもん」

 マチ先輩に話しかけて、ハルと呼ばれたのは、爽やかな感じのイケメンの先輩。

「ああ、俺はハル。栄光の栄と書いてハルだ。中野栄。主に取材とかインタビューとか中心に活動している。

 ——よろしく」

 そう言った後。中腰から手を伸ばし僕に握手を求めて来るハル先輩。

 僕もその手を握り返す。

 僕はその温かい手で自分の手を強く握られると、思わず、この人は信用できる、信頼して良い人なのだと、そんな気持ちが沸き上がって来る。

 すると、その自分の気持ちが嬉しくて、ぎゅっと握り返すと、

「いてて!」

「すいません」

 しまった。

 ついうっかり。またクラッシャーの伝説を重ねてしまうところだった。

 先輩の手を握り潰したとかしゃれにならないが、

「大丈夫だ青葉くん。君の強い気持ち確かにうけとめたぜ」とサムズアップして言うハル先輩。

 ああ、なんとか手はだいじょうぶだったようだ。

 それを確認して、ほっとする僕。

 それを見て、更に安心させるように。歯をキラリとさせるイケメンスマイルをしながら、

「ともかくよろしくな」

 と言いながらもう一度手を差し出すハル先輩。

「は、はい」

 僕は少し焦りながらも、今度は力の加減をして握手をする。

 そして、また心からの笑顔。

 なんとも……

 なんとも格好良い先輩だった。

 外見も、仕草も。

 「強い気持ちなんて」下手な人が言ったら臭くてたまらないのに、この人が言うとすっと入って来るのにびっくりだった。

 たぶん外見と同じで心がとても爽やかな人なんだろう。

 そんな嘘の無い気持ちで言ってくれるから僕もすっと受け入れる事ができる。

 僕はすっかり感服していた。

 ハル先輩に。そして他の三人の先輩にも。

 それぞれに個性があり、しかし他人を思いやる気持ち、仲間としてみんなで一緒に活動して行こうと言う気持ちが強く感じられる。

 本当に、素晴らしい人達だった。

 この新聞部。

 部長が変人好きだなんて言うからどんな人達なんだと思っていたが、良い人ばかりじゃないか。

 瑞鳳春香の言った話はどうも信用ならない感じだった。

 そうだ、部長が変人を集めてるのでなく、瑞鳳春香の濁った視点からだから良い人が変人に見えるじゃないか。

 でこいつは部長が変人好きだと誤解している。

 僕はそう思いたる。

 ありそうな事だ。

 こいつならそれくらいはずれかねない。

 と僕は瑞鳳春香をついじっと見つめてしまうが、

「何?」

 僕の非難する視線に気付いて反応する瑞鳳春香。

 すると、サクラ先輩が僕が瑞鳳春香を気にかけているんのかと思ったのか、

「ああ、そうね、ルルちゃんの自己紹介は必要か微妙よね。ちょっと場が気まずくなってたかな……気付かなくてごめんね……うふっ。ごめんね」と。

 うっ。

 もともと微妙な間を計って気まずくなってたなんて高度な話が瑞鳳春香との間にあるわけがないので、サクラ先輩に謝ってもらう必要はないのだが。

 故無く謝られると、無理矢理なにか許す事を作ってでも許していまいそうな自分が怖くなる、破壊力抜群のサクラ先輩の「うふっ」であった。

 今後この部に僕が本当に入るのならば、この能力に僕(の理性)がどこまで堪えられるのか、何を譲って謝ってしまうか不安になるが……

 まあ、しかし、それは置いといて……

 ルルちゃん?

 こいつが? 瑞鳳春香が?

 そんな可愛げな相性で呼ばれてるの?

 この部ではみんなが相性で呼びあってるのだから、そりゃこいつにもあっても良いのだが、なんだか可愛らしそうな愛称で呼ばれてもにこっともしないのが、こいつらしいと言えばこいつらしい。

 でも……

 僕はルルちゃんだなんて絶対よばないぞと心に誓い瑞鳳春香を睨める。

 すると、僕に睨められた意味が分からず、きょとんとした表情で僕を見つめ返す瑞鳳春香。

 すると、サクラ先輩は、

「ああ、でもルルちゃんの紹介なんにもしないってのはおかしいわよね。本人が知り合いにするのは恥ずかしいかもしれないから私が代わりにするけど……」

 少し勘違いしながらも、また気を回してくれて、瑞鳳春香の紹介を始める。

「ルルちゃんは、新入生なので、もちろんこの部に入ったばかりなんだけど。もういきなり大活躍なのよ」

「へえ……」

 何をだろ? コミュ障(本人自覚無し)っぽいこいつの活躍できそうな事なんて鉄面皮でのポーカー勝負くらいしか思いつかないけれど。そんなの新聞部ではやらないと思うし。

「ほんと、何かと思う? 私達も、ほんと、びっくりしたんだけど……ルルちゃんってほんと何でも知ってるのよね」

 とマチ先輩が話に絡んで来た。やはり「ほんと」を連発する人だ。これは口グセなんだろう。

「ほんと、青葉君知ってた? ルルちゃんは実は、ほんと入学試験でトップのお利口さんだったのよ。ほんと」

「えっ?」

 僕は入学式に新入生代表として挨拶をした男子生徒の顔を思い浮かべていた。

 あの男が試験トップだったわけじゃ無いのか?

「……先生達はもちろんルルちゃんに挨拶してもらおうとしたみたいだけど」とサクラ先輩に会話は戻り、

「あんなののために時間を取られるのは馬鹿らしい。事前の練習とか、原稿とか要求してきたし」と瑞鳳春香が答える。

「……ルルちゃんの強固な信念に負けて泣く泣く入試二番目の人に変わってもらったと言うわけなのよね。この学園では前代未聞らしいけど」

 ああ、先生達、大変だったんだろうな。こいつとは交渉成立しそうも無いからな。

「それで、ルルちゃんには新聞記事の事実関係チェックをお願いしているわ。文系理系、彼女一人で何でもこいなのよ。頼りになるのよ」

 へえ。

 ただの変人かと思ったら天才だったのかこいつ。

 それなら、まあ少しぐらい変でも許容しといて、今後こいつが社会に貢献して行くのを高校の人間関係なんかでつまづかせてはいけないな。

 と僕は少し優しい目で瑞鳳春香を見ると、こいつはいつも通りの無表情ながら僕が心を許しただけ、ちょっとだけ、優しくなったように見える視線を返す。

 あれ、ちょっとこいつ良い奴かもと僕は思ってつい微笑する。もちろんそれは深い意味は無く、極々小さな共感にすぎないと僕は思っていたのだが……

 しかし、先輩方には、このやりとりがなんか意味深なアイコンタクトに見えたらしく、

「あれ、ほんと、もしかして、ほんと二人、ほんとわざわざ同じ部活に入るくらいだから、ほんとそう言う関係で……」

 マチ先輩から誤解され、

「それ絶対違いますよ」

 と否定すると、

 今度はサクラ先輩から、

「青葉君ひどーい。そんな否定の仕方……でもかえって本当は好きな照れ隠しかな……」

 とか突っ込みが入って……

 何だこれ。

 こんな甘酸っぱい感じの緩いやり取りが続いて……

 僕は困りながらも……

 

 ああ、なんかいいな。ここ。

 

 僕は、引っ込み思案なはずの自分が、あっという間に溶け込んだこの気の置けない仲間みたいな空間にまったくまいってしまっていた。

 僕はこの瞬間、この部に入ろうと心に決めたのだった。

 もちろん、まだ何もしゃべらない新聞部の部長がどう言う人かで決心が変わる可能性はあったけど。僕はそれについては全く心配していなかった。

 実はこの部屋に入った瞬間僕は思っていたのだった……

 この人は僕の理想を人間にしたみたいな人だって。

 それって外見が好みとか、恋愛的に好きだとかそういう事じゃない。

 いや、これは瑞鳳春香の言った通り。部長は外見も素晴らしかった。

 長い黒髪に透き通った鳶色の瞳の整った顔立ち。すらりとしているが、出ているところは出ている、その身体の滑らかな曲線。そして内面からにじみ出るような清楚な雰囲気。

 この人の見た目が嫌いな男子がいたら一度脳を検査してもらった方が良いと言い切れる程のまさしく絶世の美少女であった。

 ——でも、僕が理想と言ったのはそんな表面の事じゃない。

 さっきからの和気あいあいとした部員のやり取りを慈愛に満ちて眺めながら、しかしきりりと精神がひきしまったような強い意志を持っている目。リラックスしているようでありながら——いや究極にリラックスしているゆえに——その自然体のもたらす、美しい身体の姿勢。

 この人は凄い人だ。僕は直感でそう思った。

 まるで無我の境地に至った武道のたち人の身のこなしのような、そんな極めたような雰囲気がこの人からはビンビンと感じられた。

 そんな人が、僕がこの部から逃げ出したくなるような、へんな人なわけはない。

 僕はそんな確信を持っていた。

 だから……


「うん、それでは最後になるが私がこの部の部長、松島美風だ。美風と読んでもらって良い」


 予想通りに意思と力に満ちた、その透き通るような美しい声。

 僕は、その声を聞いた瞬間、主人公だなんて知るもんか、そんなものよりも大事な事がある、それを確信した。

 信頼し合える仲間と居場所がそれだった。ここにはその全てがある。

 そう僕は確信した。この瞬間。この時。この新聞部でこの後の三年間を過ごす決心を僕は固めたのだった。

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