第2話 ラノベの主人公はなぜみえみえの失敗フラグに気がつかないのだろうか?

 放課後。僕は瑞鳳春香に連れられて新聞部の部室に向かっていた。

 教室をでてそのまま廊下をずっと進み、部活棟になっている旧校舎に行く。その校舎をつなぐ一階の渡り廊下を二人で歩いている時に、

「しかしなあ君」と前置きも無く唐突に瑞鳳春香が話かけてきた。

 いままでずっと無言だったこいつに突然話しかけられて、

「なんだよいきなり……」と僕。

「思うのだが。君は、そんな馬鹿力で身体能力も高いなら、武道でもやれば良いのではと思うのだが。なんでそう言うとこは見学に行かなかったのだ」

 無表情だが不思議そうな様子がなぜか伝わって来る瑞鳳春香の顔。突然思いついたと言うよりは、前から疑問に思っていたが言うタイミングを伺っていたといった感じだった。

 ああ、なるほど、そりゃ、当然の疑問だなと思いながら、

「剣道とか、柔道とかか?」

 と僕が質問を返す。

 すると、肯定の意味の首肯をしながら、

「金属バットを折ってしまう君に剣道で竹刀は危ないかも知れないが、まあこの頃のカーボンの竹刀ならさすがに簡単には折れないだろうし、ぶつかり合うのが目的の運動部なんだから君が夢中になってだれか吹っ飛ばしてもほめられこそすれ、疎まれる事はないだろう。柔道ならなおさらだ。畳ぶち破ったら良い意味で伝説になれるぞ。そっち系の部活なら。——なんで武道系の部活には君は近寄らないんだい?」と瑞鳳春香。

「それは……」

 僕は答えを少し言いよどむ。ちょっとの間、言葉を探して何も言えずに口をぱくぱくさせる、みっともない姿をさらす事になってしまっていた。

 実は、僕は、ある事情——家庭の事情的なある事——から武道や格闘技皆異な事はできない縛めが科せられていたのだった。

 しかしそれは、実はあまり軽々しく話してよい事ではなく、何か適当な作り話で言い訳をしようかと、何もアイディアがないままに、僕は声を出しかけるが、

「いや、話したくないなら、話さなくて良いぞ」

 と質問を自ら引っ込める瑞鳳春香。

 あれ、こいつもしかして本当は良い奴?

「——実はな、部長の美風さんに君の話をされた時、同じような疑問を私は言ったのだがな……そうしたら部長はそう言う話は相手が話したくなさそうならしない方がいいぞと諭されたんだ」

 なんだ問いつめるのの止めてくれたのはこいつの意思ではないんだ。

 それは納得。

「だから、私はこれ以上は追求しないが——でもやはり興味深くはある。その内に暴いてみせるよ君の秘密を。ふふふふ」

 やっぱりこいつは、こいつだった。

 やっぱり要警戒だ。

 まあ自分から話さなければばれる事もないか。

 かなり変わった理由だからな。

 普通は分からないだろ。

 と思いながら、

「……まあその話はここまでとして——僕のほうから質問も良いか?」

「良いが……なんだい?」

「自分が新聞部に誘われる理由がさっぱり分からないのだが?」

 僕は警戒していた。

 あれだけあちこちで騒ぎを起こして、新聞部に取材されるならまだ分かるが、勧誘されると言うのは意味が分からない。なにか企みがあるのではと思ってしまっていた。

 不思議だった。僕の、いったい何が新聞部の興味を引いたと言うのだろうか?

 もちろん、新聞ネタとしては興味を引いたのかもしれないが、勧誘される理由が分からない。

 新聞部に僕が入れば、僕が起すかも知れない騒動を、いち早くキャッチできるかも知れないが(いや僕はもう騒動起す気はまるで無いのだが……と言うか最初から起す気は全くないのだが)、ネタとしては書きにくくならないだろうか?

 新聞部員をネタにすると言うのは、周りの人からみたら——新聞読者から見たならば、なんか身内でなれ合ってると思われないだろうか? 

 ネタが無くて身内をネタにしてるとは思われないだろうか?

 少なくとも僕はそう思う。同じように思う人も多いと思う。

 だからそれは、僕が勧誘される理由ではないと思った。

 でもそれなら。何故?

「……美風先輩は君みたいなのが好きなんだよ」

「へ?」

 少し顔の赤くなる僕。

 でも、直ぐに、

「おいおい。恋愛感情の話じゃないぞ。思春期男子」

 と僕の顔を見て釘を刺すように瑞鳳春香。

「会ったら分かるが、美風先輩はさすがの私もかなわない超美人で、君が一目惚れしても私は全く不思議に思わないが——逆は無い。美風先輩が君に惚れるいわれはない」

 ああ、そうですよ。僕は見た目はごくごく普通(くらいと自分では思ってる)。

 そして、雰囲気も、自分じゃ良く分からないけど、都会に出ると言うので身だしなみはだいぶ気をつかったのだけれど、たぶんまだまだ田舎臭く、どんくさい感じをしてるのだと思う。

 そんな僕が女の子に知らないうちに一目惚れされたとか本気で思ってたわけじゃないけど……

 曖昧な言い方すんなと僕は思う。

 で、ちょっとむっとした顔になりながら、思春期女子のくせにまったく思春期っぽくない瑞鳳春香に、

「じゃあ好きって何の事なんだよ」と言う。

 すると、

「美風さんはね……ああ、言っても良いのかなこんな話……」

 と言い淀み僕をちらっと見る瑞鳳春香。

 首肯で、早く言えと意思を伝える僕。

 これだけ悪評立ってりゃいまさらひとつやふたつ悪口を聞いたって動じないと思うが……


 

「変人が好きなんだよ」



 と言われさすがに落ち込む僕なのであった。


   *


「変人、変人? 僕が……? そりゃ入学早々に変な事したけど悪気は……」

 僕は、少し落ち込んだそのままに、ぶつぶつと不満の言葉をしゃべりながら渡り廊下を渡りきり、部室棟の旧校舎の四階まで上る。

 そして、階段が終わり、現れた廊下を左に曲がるとすぐに、

「着いたぞ」

 と瑞鳳春香が言う、

 どうやら変人収集家らしい先輩に、瑞鳳春香と同ジャンルに入れられた事について、くどくどと考えながら歩いていたら、いつの間にか新聞部の部室の前に到着していたらしかった。

「ここだ」

 部室の前には、新聞部と書かれた看板の上に歓迎と書かれた紙が貼られ、その周りには造花が飾られていた。

 どうやら新歓モードの部室であった。

 なんか思ったよりも普通の感じだ。

 変人収集家の部長の率いる部の活動拠点なんてどんなエキセントリックな場所だろうと思ったが、拍子抜けする程普通の様子だった。

 そりゃあ、高校の部活の部室を外から見たくらいでそんな極端に怪しい様子があるわけが無い。どこもこれも昔の教室を区切って同じような外見の入り口が並んでいるだけなのだから。

 でも、そんな入り口でも、他と変わりないその様子自体が少し僕を安心させた。

 中にどんな人達が待っているのか知らないが、少なくともこの入り口のおかげで僕は迷う事は無い。

 この普通の、特徴の無い入り口の先に進まないと、何事も始まらないのだとしたら、少なくとも何も判断できないこの入り口で迷うのは馬鹿らしい。

 進まないと分からないのなら、僕は進むしか無いのだ。

 そう決心すると、僕はドアのノブに手をかけるのだった。

 しかし、

「なんだ入らないのか? まだ決心が着かないのか?」

 瑞鳳春香が言う。

 僕は手をノブにかけたままそこでちょっと固まってしまっていたのだった。

 確かに決心がついていないのだった。

 鬼が出るか蛇が出るか、と、さすがにそこまでひどい事はないだろうけど、どんな人達が待ってるにしても入って見なければ分からない。だから入って見よう。そこまでの決心はついていた。

 しかし、そう決心したら、中に入る前に、僕は少し別の躊躇してしまう。

 それはここが新聞部であると言う事だった。

 新聞部であると言うその事自体が僕の手を止めてしまったのだった。

 僕は「新聞部」に入ってしまって良いのだろうか?

 そんな迷いがグルグルと僕の頭の中で渦巻いてしまっているのだった。

 いや、これは学校中の部活に目を付けられているだろう僕にとっては、良い申し出であった。

 この学園で自分の居場所は欲しかった。そんな些細な願いが入学早々に困難になっていってしまった自分に取って、向こうから仲間に入るように言われた事はとても嬉しい事であった。

 これは、ずいぶんと悪評が立ってるらしい自分にとって、もしかしたら高校で課外活動で充実する最後のチャンスなのかもしれなかった。

 でも僕は躊躇していた。

 それはここが新聞部と言うのが引っかかっていたのだった。

 なぜなら……

 アンディ・ウォーホルと言う有名な芸術家の残した「誰でも十五分間は世界的な有名人になれるだろう」と言う言葉がある。

 世界とは言わない。僕ももせめては、そのくらいの時間、この学校で、自分の青春物語の中で主人公になりたいって思っているのだ。

 でも、ぶっちゃけラノベとかマンガの主人公ってあまり新聞部には入らなくね?

 と言うのが、僕がこの部の敷居をまたぐのを直前で躊躇している理由であった。

 主人公が新聞部と言う物語が全くないわけではないけれど、それにしても殆どの学園物語の中での新聞部って、説明役、狂言回しや、邪魔者とかで、あまり主人公は入らなくないか?

 僕はそんな事が気になってしまったのだった。

 それはつまらないこだわりだとは思う。

 そんな事を気にするのは馬鹿らしいと自覚している。

 別に新聞部で自分としての精一杯の青春物語を作れば良いじゃないか。僕も、そんな風に思わないでもないし、自分の中の理性はこの機会に仲間と居場所を見つけその後で別の自分の望む青春物語を見つけて行ったら良いじゃないか。そんな風に考えている。

 でも、理屈でなく、どうしても払拭できない自分のこだわりであった。

 新聞部に入ると、自分はずっと、自分と言う物語の中でさえ脇役になってしまうのではないかと、そんな不安をどうしても自分は捨てられないのだった。

 ここに入ってしまうと、僕と言う物語の中で、この三年間、絶対主人公になれなくなってしまう気がしてしまったのだった。

 なんか自分の性格的にも、人の取材して、誰かが青春物語の主人公になるのをサポートしてそれで満足して、自分の物語を作るのを忘れてしまいそう。新聞部という場所は自分をそんな者にしてしまいそうなきがしてならなかったのだった。

 なので躊躇した。立ち止まった。

 しかし、すると、

「なんだ君はここまで来て何びびってるんだい。ここが合わなきゃ入らなきゃ良いだけじゃないか。もっとも君がまた何かやらかして追い出される可能性の方がずっと大きいだろうがな」と瑞鳳春香が僕の背中を押す様な事を言う。

 何か悪徳勧誘っぽい様な言い回しだが、いや言われて見ればその通り。

 高校に入ってからの今までの流れからすると、ここでも何か起きて(流石に爆発はもう無いと思いたいが)僕はやはり今度も居場所が見つからなかったとなる可能性の方がずっと大きい。

 自分に合うなの合わないなの、自分が主人公になれるなのなれないなの、そんなのは追い出されなかったらの話だ。今自分はそんな大層な立場からものを言えるような状態では無いのだ。

 ならば……?

 それに確かに合わなかったら入らなきゃいいんだ。新聞部と言うのがどうしても気になるのなら、見てから判断すれば良いんだ。

 そうだ。

 そう思えば……

「すいません。お邪魔します」

 僕は意を決して、ノックをしながら言う。

「見学希望の者です」

 すると、一瞬の沈黙の後、中で何やらガタゴト言う音と、「ちょっとだけ待って」とか言う声が聞こえた後……


「「「「「いらっしゃい」」」」」


 扉が開き、中から現れるのは満面の笑みの五人の先輩たちだった。

 みんな、優しそうな、聡明そうな笑みを浮かべ、立ちあがり僕を歓迎して手招きをしている。

 なんだ予想と大違い。

 みんな、誠実で明るそうな、良い人そうな先輩ばかり。

 僕は一瞬でその雰囲気の虜になり……

 呼ばれるれるままに部室の中に入り……

 こうして、僕の、大幅に間違ってしまった僕の高校時代の始まりとなる。

 その、禁断の扉は、この日この時に、あっさりと開かれてしまったのだった。

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