(5)

「……ひ」

「ひ? ひ、にゃんだよ」


 白猫はじれったそうに前足で顔を洗いながら再度尋ねた。


「ひ、引っ越しの挨拶に」


 参りました……と言葉尻がすぼみながらもなんとか要件を言うことが出来た。

 頭のなかは白猫の毛のように真っ白だ。


「ふーん。その箱? にゃか身がなんだか知らにゃいけど、ぐっしゃりしてるにゃ?」

「……ああーっ!」


 大声で叫ぶ。

 声を吸収する建物などないこの町で、私の声はどこまでもよく響き渡った。


「うにゃあ。うるさいにゃあ。耳が痛いにゃ」

「ああ、お菓子……どうしよう、もったいない……って贈り物潰しちゃったよ、どうしよう」


 家主そっちのけで狼狽える私。

 腰を抜かした拍子にお菓子の箱を踏み潰してしまったようだった。

 ショック。


「はあ……ドジだにゃ」

 そんな私を半ば諦めたように見下ろしていた白猫は、くるりと振り返るとトントンと廊下を進んでいってしまった。


「今、お茶を淹れるにゃ。お菓子はもったいないから、食べよう。入るにゃ」

「……え、入れ?」


 お菓子の箱を潰してしまった、というショック以上のことが降って湧いてきた。

 この、謎の屋敷に入れと言うのか……。

 私はごくりと一回、苦いつばを飲み込んで靴を脱いだ。

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