雨に濡れず帰る術

「……傘無いの?」

上からけだるそうな声が降ってきた。顔を上げると、ヘッドホンを首に掛けた隣の席の奴が立っていた。……奴が自分から人に声を掛けるなんて珍しい。いつもあのヘッドホンをつけて一人音楽を聞いているから。まるで周りとの関わりを避けるように。実際、私も隣の席だというのに数えるほどしか話したことが無い。その数回も事務的な会話だったから話したといえるのか微妙だけれども。奴は俗に言う一匹狼というのだと思う。

「だったら何?」

「いや、無いなら送ってやろうかと思って」

……はい? 今"送ってやろうか"って言った? 早く帰りたい私にとってその言葉自体はとても嬉しいのだけれども。奴がそう言ったということが信じ難いのと、ついさっきありえないと思っていた展開が自分に起こったことに衝撃をうけて、私の頭はフリーズしてしまった。

「おーい、聞いてるか?」

呆然としている私の目の前で奴が右の掌をひらひらさせる。

「聞いてるから」

ハッと正気にかえった私は努めて冷静に答える。

「で、どうする?」

と、奴が私の制服の左袖を掴み尋ねてきた。……いや、どうするもなにも送る気満々だろコイツ。というかコイツ、どうして私を送ろうなんて思ったのだろう。まあいいや、今日は奴の好意にあまえよう。

「……送って」

私はそう答えると、鞄の口を締め、それを右肩に掛ける。そして靴を履き立ち上がった。奴はなぜかその間ずっと、私の袖を掴んだまま離さなかった。

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