善四郎と剣 その2



一刀斎が善四郎を見つけ出したのは、

神子上みこがみ家の遠縁にあたる家であった。

泥のように汚れ、下働きをさせられていた。

善四郎という名は父の幼名、善三郎からつけられたものである。

善四郎には兄弟はなかった。母はとっくにこの世から去っていた。

父を失った彼は、全くの天涯孤独であった。


一刀斎は、遠縁の家の者に五百文をたたきつけた。

「これだけあれば十分であろう」

こうして、一刀斎は善四郎を連れて旅立った。


一刀斎は旅すがら、善四郎にあらためて正直な自分の心境を話した。

善四郎の父の死は自分に責任の一端がある。

お前の人生についてできるかぎりの支援をしたい。

だが、自分に出来る事は剣だけである。

したがって、お前が望む道があればその道の専門家にあずけるようにする。

何か望みはないだろうか?


善四郎はひとこと、

「私は父のような剣士になりたい」


一刀斎は少し考え、善四郎に話した。

自分は天涯孤独で親兄弟もいない。

子どもと接した事はないし、ましてや育て方などわからない。

だが、お前が剣の『弟子』となるならば『師』となる事はできよう。

それでよいだろうか?


こうして、一刀斎最後の弟子が誕生した。

善四郎が数えで十の冬であった。




一刀斎は修行場に木曽山中を選んだ。

たまに山篭りで使用していた小屋があったのである。

ここで、善四郎の修行が始まった。


一刀斎は山中にある、沼に善四郎を連れてきた。

沼というより、池である。

水が非常にきれいで透明度が高い。

深さは膝まではあろうか。


一刀斎は池の端に立つと、手にした木刀を無造作に振るった。

『ぶぉんッ!』

すると木刀の風圧で池の水が裂け、池の底が見えた。

一刀斎は善四郎に木刀を渡すと言った。

「やって見よ」


善四郎は来る日も来る日も、池に向かって木刀を降り続けた。

そしてある日、ついに木刀の風圧で池の底まで見えた。

修行の開始からすでに五年が経っていた。


一刀斎は、それを確認すると今度は池に船を浮かべた。

浅い池とはいえ、船が浮かべられる場所である。

水深は腰の深さほどはあろうか。

そこで一刀斎は船に仁王立ちになると、無造作に木刀を振るった。

『ぶぉんッ!』

すると、木刀の風圧で池の水が裂け、池の底が見えた。

一刀斎は善四郎に木刀を渡すと言った。

「やって見よ」


善四郎は来る日も来る日も、船の上で木刀を降り続けた。

水深はより深くなり、今度は何しろ船の上だ。

木刀を降る時のバランスも問題になる。

しかしある日、ついに木刀の風圧で池の底まで裂けた。

修行の開始から三年が経っていた。


一刀斎は善四郎の基礎ができたのを知ると、鐘巻自斎から伝えられた五種類の秘太刀を授けた。そして、より実戦的な受け太刀による修行を開始した。

善四郎は数えで十八になっていた。


朱印状を携えた八重と一刀斎、善四郎が会ったのはこの時期であった。



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