それぞれの剣

善四郎と剣


話は少し前に遡る。

善四郎と八重は山の庵を出て中山道を京へ向かった。

目指すは京の鐘巻道場である。


山を下りる際、善四郎が八重に頼んだ事がある。

神子上みこがみの名は一刀流と深く結びついている。このまま名乗れば曲者の仲間にすぐ気づかれてしまうだろう。山を下りている間は他の名を使いたい」

八重は

「わかりました。私も合わせましょう。そうだ、伊東一刀斎様のお名前から文字をお借りして、『斎藤』というのはいかがでしょうか?」

「うーむ。ならば、今日から私は『斎藤善四郎』ですね」


旅なれた八重に久々に山を下りる善四郎。

当初は緊張していた八重であったが、善四郎の口数は少ないが明るく屈託のない態度に好感を持ち、すぐにうちとけたのだった。


そうして、木曽山脈のふもとまで来た時である。

道脇の繁みの中から二人の男が飛び出した。

善四郎は八重をかばって下がる。

何奴なにやつ!?」

「!! この者達は山道で私達を襲った者達です」


八重を襲った四人のうち、一刀斎に切られた者が二人、逃げた者が二人いたと聞いたが、その者達か。

善四郎は納得すると二人に話しかけた。

「逃げたのではなかったのか? もう朱印状は持っていないぞ」


「こちらも戦場往来の武士もののふだ、意地がある。仲間が切られたのにだまって帰るわけにはいかん。せめて、娘を連れて行く」

「幸いあの爺いは、いないようだしな」

これが本音だろう。


善四郎は木刀を抜いた。

二人は木刀を見て一瞬、ぎょっとしたようだが気を取り直して武器を構えた。

得物は長巻ながまきと槍だ。

いずれも木刀に対して大分だいぶんリーチにおいて勝っている。

今回の襲撃のために用意したらしい。


善四郎は木刀を構えながら、無造作に二人に近づいていった。

敵の長巻と槍が善四郎に触れたかどうかという瞬間、善四郎は目にもとまらぬ速さで木刀を振った。

一瞬で長巻と槍が宙に舞う。

木刀に跳ね飛ばされたのだ。


長巻を跳ね飛ばされた男は腕がしびれたのかうずくまった。

が、次の瞬間、砂をすくうと善四郎の顔に向かって投げかけた。

目潰しである。

卑怯ではない。これも兵法である。

この時期、戦国時代の気風が残る『関が原』直後である。

武士同士の決闘も実戦的なのも当然だ。

死んだら負けなのである。

目潰しを使う、足を払う、とにかく生き残るために戦うのだ。


善四郎の視覚が奪われたのを見ると、

すかさず槍を持っていた男が抜刀し、善四郎に切りかかる。

長巻を持っていた男も抜刀し、善四郎の側面に回りこむ。

見事な連携プレーといったところか。

元は一刀斎を倒すためにたてた工夫かもしれぬ。


だが、二人の剣は全く善四郎に当たらなかった。

目の見えぬはずの善四郎はひょい、ひょいと刀を避けてしまう。

刀の風音で刀の接近が分かるのだ。


「もう、よろしいかな」

善四郎はつぶやくと目をつぶったまま、二人の得物を木刀で跳ね飛ばした。

その、あまりの勢いに二人ともへたり込む。

善四郎が目をカッと開いた。

「どうかな、武士もののふの意地は? 気が済んだかな?」

「き、切らんのか?」

「分かってくれればよい」


二人はお互い顔を見合わせていたが、鼻白んだように立ち上がった。

「お主、それほどの剣の腕を持ちながら……あの爺いとはえらい違いだな」

長巻を持っていた方の男だ。

「わしらの負けじゃ。わしは高崎市兵衛」

槍を持っていた男も名乗る。

「藤木左近じゃ」


「斎藤善四郎です。お二人にお聞きしたい……」

敗北を認めた二人は善四郎の質問に答えはしたが、なにしろ金でやとわれた者達である。朱印状の詳しい事は何も聞かされていなかった。

ただ、集められたのは四人どころではない。

数はわからぬが、腕に覚えの者達が多数集められ何組かに分けられたという。

「どこに行ったかはしらぬ。それぞれの組をたばねているのは只者ではない。すご腕の剣客達じゃ」


何かあったら京のある場所に連絡するように言われているという。

京のはずれの誰も住んでいない荒れ寺である。

「我らが知っているのはここまでじゃ」


「ありがとうございます」

善四郎は礼を言った。本心からであった。

「こちらこそ、命が助かったのじゃ。礼を言う……じゃがお主、我らから委細を聞きたいから切らなかったのではあるまい」

高崎は続けた。

「いくらお主ほどの達人でもそのような甘さ、剣客として生きていくには不要じゃ。いつの日か、お主の首をしめる事になろう」

これも本心からの言葉であろう。


「ご忠告、ありがとうございます」

善四郎は一礼した。

「さらばじゃ」

「縁があったらまた会おうぞ」


二人が去った後、八重が口をひらいた。

「あのような者達に頭を下げるなんて! 私をさらおうとした者たちですよ。私の供を殺した者は一刀斎先生に切られましたが、その仲間なのですよ?」


善四郎が応じる。

「いや、あの者たちも腕に覚えがありながら世に認められない為にあのような事になってしまったのです。不幸な境遇のせい、といえましょう」


八重もさすがに少々あきれたようだ。

「まあ、本当に仏様のようなことをおっしゃって。あの者達が『わざと切らなかった』と言っていたの……あれは、では本当ですの?」


「はい」

善四郎は八重を見つめると言った。

「私は、未だ一度も人を切った事はありません」




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