剣聖奥山休賀斎 その3



「うむ、これは」

一刀斎もさすがに驚いた。

このような技があるとは。

休賀斎はニヤリと笑い、

「先ほどはお主の手妻てづまにかかったが、これはどうじゃな?」


一見、この状態は刀を持っている一刀斎の方が有利に見える。

だが、休賀斎はこの体勢での駆け引きの研究をし尽くしているのだ。


一刀斎の刀はまるで万力ではさまれたかのように、全く動かなくなった。

さらに、前に押そうとすれば引っ張られ、引こうとすれば押し込まれる。

こちらのバランスをくずそうという訳である。

しかも、休賀斎は非常に低い体勢をとっている為、重心が低い。

刀を捕まえられている、一刀斎よりもはるかに安定した姿勢なのだ。

なるほど、このままではこちらの体勢が崩されそうだし、かといって剣を離せば正に敵の思うツボ……剣を取られてこちらは無腰か。

ならば、剣を離さず姿勢をかえなくては。


一刀斎は、一瞬で手を離しそのまま跳躍した。

そして、休賀斎が刀身を持ったままの刀の柄の先に軽業のように立ったのである。


「むむう……これは」

今や、休賀斎が拝み手で持つ刀の柄の先に老人とはいえ、ひとりの全体重がかかっている。

休賀斎の技を持ってすれば、白刃取りの体勢で人ひとりを支えるのはそれほど困難な事ではない。

しかし、長時間この体勢ではいられない事は明白だ。

しかも、一刀斎は刀の上を少しづつ前に進んでくる。

休賀斎に向かって。

軽業師のように刃の背の上をゆっくり、ゆっくりと蝸牛のような速さで。

「こ、これはたまらん」

今度は休賀斎が刀を離した。

一刀斎は地面につく前に、休賀斎に刀を取られまいと刀を足で跳ね飛ばす。


これで、一刀斎も休賀斎も素手になった。

しかし、戦いは終わらない。

戦国期の剣術というのは、総合格闘技である。

組討の技も当然あるわけだ。

すぐさま、素手での戦いが始まった。

そして、しばらく揉み合いが続いた後……

どちらともなく笑い出した。


「やれやれ、これは剣術どころではない」

「せっかくの着物が泥だらけじゃ」


一刀斎が立ち上がった。

「やれやれ、引き分けか……。朱印状の謎解きは他の方法を考え申す」

少し残念そうである。

朱印状を懐に入れ、帰ろうとする一刀斎を休賀斎は手で制した。

「お主は宣言どおり、『負けなかった』。朱印状の秘密をお教えしよう」

立ち止まる一刀斎。

「それはかたじけないが……」

「別によい。元よりその朱印状は拙者には関係のないものじゃ」


休賀斎は続けた。

「その朱印状は一枚ではない。何枚あるかは知らぬが……」


「その朱印状を集めた者……流派は、二代将軍となる徳川秀忠公の剣術指南役となるのじゃよ」




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