剣聖奥山休賀斎 その2


一刀斎は、まじまじ相手を見た。

この男がその名も高き、新陰流の奥山公重……休賀斎きゅうがさい


新陰流の達人にして、『徳川家康の剣術指南役』。

家康…『将軍家の剣の師』か!!


一刀斎の剣気が大きくなった。

一刀斎は腰から刀を抜いた。元より本気で戦うつもりではあった。


二人は二間ほどの距離を置いて対峙する。

そしてそのまま動かない。

時間だけが過ぎていく。

二刻もたったろうか、あたりが薄暗くなってきた。


どちらともなくつぶやいた。

「やれやれ、夜風は体に悪い」

「全く、そろそろ決着をつけますかな」


仕掛けたのは休賀斎であった。

一瞬で一刀斎との間を詰める……次の瞬間、一刀斎の視界から休賀斎が消えた。

否、休賀斎は地を這うかのごとく姿勢を低くしたのである。

そして下から上にすさまじい速さで切り上げた!!

『ギンッ!!』

刀同士の火の粉が出るほどのぶつかり合いの音が響く。


休賀斎が意外そうにうめく。

「ふーむ、『逆風の太刀』ご存知であったか」

一刀斎は薄く笑って答える。

「この前、仕掛けられたばかりでな」


次に仕掛けたのは一刀斎であった。

息もつかせぬ、連続攻撃である。

並の剣客では一太刀ひとたちの元に切り伏せられるであろうが、休賀斎は一刀斎の攻撃を正確にさばいていく。

一刀斎は休賀斎への打ち込みをどんどん早くしていく。

より早く、より早く、休賀斎はそのリズムの先を読み正確にさばきながら反撃の機会を狙っている……が。

そのスピードが最高潮に達しかけたとき、一刀斎が仕掛けた。

一瞬、一段階どころか、いきなり二段階攻撃のスピードを上げておいて、次に半段階スピードを遅くしたのである。

つまり、相手の『拍子をはずした』のである。


読者の皆さんは夜中、駅などで『止まったエスカレーター』に乗ったことがおありだろうか?

止まったエスカレーターに乗るとき、降りるとき、眩暈めまいに似た感覚がありはしないだろうか?

あれは、無意識にエスカレーターが動いているものとして体がそのスピードを計算に入れて動いているからである。

『拍子をはずした』とは正にこれに似た感覚なのである。

では、もし真剣勝負の最中にこのような眩暈に襲われたらどうなるだろう。

一瞬の油断もできないその刹那に。


『ギャンッ!!』

するどい金属音がして、休賀斎の剣が跳ね飛ばされた。

『勝った』

と一刀斎が思った一瞬、刀が岩のように動かなくなった。

見ると、なんと休賀斎が拝み手で一刀斎の剣を挟みこんでいるのである。


「いかがかな? 新陰流 真剣白刃取り」







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