小野次郎右衛門


江戸。夕暮れ時である。


全身、真っ白な老人である。

白髪、白い羽織、白い袴。腰には刀を一本。

大きな屋敷から出てくる。

徳川家の武将、大久保忠隣の屋敷である。

今年、徳川家は幕府を開き、将軍となった。

したがって、幕府要人の屋敷という事になる。

奥山おくのやま様、お待ちください。今、輿を用意させますので」

見送りする、大久保家用人が引き止めるが、

「なんの、お気をつかわずに……」

そのまま屋敷を出る。


健脚である。

歩き方には余裕があるが、かなり足取りは速い。

余程、体を鍛えているようだ。

そこへ、大声で叫ぶ声が聞こえた。

「逃げろ、暴れ馬だっ!!」

見ると、人ごみに向かって暴れ馬が。

しかも、あばれ馬の進路には恐怖で身をすくませる兄妹だろうか、男女の幼児が二人。

白い老人、『奥山おくのやま』は全く躊躇せず暴れ馬の前に飛び込んだ。

見事な身のこなしだ。

そして、女の子を抱えると走り抜けた。

実は、男の子も助けようとしたのだが、奥山と同時に別の方向から飛び込んだ影が男の子を救い出したのだ。

馬はそのまま、少し離れた武家屋敷の塀に激突して倒れた。

ほこりがおさまると、道の反対側に男の子を抱えた旅姿の老人が見えた。

奥山は泣いて礼をいう母親に女の子を渡すと、早々にその場を離れた。

『子どもが無事でよかった。しかしあの男、何者だ? 只者ではないようだが』


伊東一刀斎は泣いて喜ぶ母親に子どもを渡すと、その場を立ち去った。さきほどの奥山とは逆の方向である。

一刀斎も先ほど、女の子を救った男が気になっていた。

「ワシとほとんど同時に動けるとは。並の剣客ではない」

相手を武芸者と見たのは、相手の刀のつくりが実用一点張りの地味なつくりであったせいだ。


「一体、何者じゃろう」

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